第10話 式神召喚の儀式? なんか格好良い

 いぶかしげな周囲の視線もあったが、人の噂も七十五日ということなのだろうか。


 世界移動後、約二ヶ月が経過した六月の今。

 俺という異分子の存在にもだいぶ周囲の世界が慣れてきた。


 今週の始め。

 月曜日からは中間試験があった。


 そして週末の金曜日。

 今日は試験結果が掲示される日である。


 クラスメイト三人と一緒に、中間試験順位結果の掲示を見に来た。

 元々勉強が嫌いでは無かった、むしろ好きだった俺の成績は――四十人中で十位と大健闘。


 点稼ぎ項目は以前の世界でも共通して存在した基礎教養科目。

 逆に皇国史こうこくし陰陽術理論おんみょうじゅつりろんなど、以前の世界になかった分野は勉強期間が間に合わなかった。


 テスト期間中に教職員の皆様がしてくださった対応には、心から感謝している。


 なにせテスト二日目には、俺の斜め後ろから常に一人――監視職員かんししょくいんがついた。


 一日目の結果を受けて、教職員がカンニングを疑った結果であろう。

 だがそのおかげで俺は、周囲からカンニングの疑いはなく実力で順位を上げたと判断された。


「――すげぇじゃん!」


 地道に努力を続けて正当な評価を得られるのは、この世界の本当に良いところだ。


 以前の世界では、こうはいかなかった。

 努力をいかにしようとも、運が悪ければ、周囲の簒奪さんだつがあれば正当な評価は得られない。

 相応の対価も帰ってこない。

 いや、あるいは社会に出てからだけだったのかも知れないが。


 いかんせん学生だった自分なんて、最早覚えていないぐらい前のことだ。

 社会人になってからの事を一つ一つ、探るように思い返す。


 ――あれ?


 可笑しいな。

 勝手に涙が滲み出てきたぞ。


「ど、どうしたの安綱やすつな?――そんなにうれしかった? 沢山、努力してたもんね。よかったね!」


 隣で俺と一緒に掲示結果を見ていた光世がぎょっとしながら声をかけてくれる。

 長篠ながしの――国行くにゆきと、長谷部こと金平かねひらは戸惑っていた。


 違うんだ。

 テスト結果で泣いている訳じゃないんだよ。

 ちょっと前世の記憶を思い返すと、勝手にね。


 ――それだけ今が幸せだということだろう。


「いや、違うんだよ。ただ、幸せだなと思って……」


「そ、そうなんだ。うん、でも凄いよ! 努力が報われたね!」


 満面の笑みで俺の肩に手をぽんと置いてくる。

 

 なんだろう。

 男にやられると本来は不快なのに、光世みつよだと可愛く感じる。

 深入りしてはいけないやつだ、これ。

 違う世界に引きずり込まれる。

 ……具体的には、薔薇色ばらいろの世界に。


「……確かに、これだけ結果を出したのだ認めるしかあるまい。貴様も、やればできるんだな。正直言って、俺はお前を見直したぞ」


金平かねひらはよぉ、もっと素直に安綱を認めりゃ良いのになぁ。俺としちゃあ一緒に馬鹿やれる安綱も好きだったけど、真面目にやると気持ちを切り替えた安綱が結果を出せて……嬉しいぜ」


 金平かねひら国行くにゆきも、俺を祝福してくれる。


 この世界の俺は良い仲間をもっているな。

 大切にしよう。


 でもな、国行?

 お前はもう少し焦れ。

 俺の代わりに最下位になったらしいぞ、お前。


 ちなみに金平かねひらは学年首位、光世みつよは二十二位と可も無く不可もなく。


 金平かねひら居丈高いたけだかな態度を取るのには、それなりの実績があったのだ。


 ――まあ、社会にでると学生時代の学内順位など、ほとんど無関係なのだが。


 いや、別に負け惜しみじゃねいから。

 絶対、絶対違うから。

 悔しくは無いけど、近日中に引きずり下ろしてやるからね。


 ともあれ俺の新たな人生は、順調な滑り出しをしたと言えるだろう。



 帰りのHRの時間となった。

 教壇には担任の北谷教諭が書類を片手に立っている。


「……え~まあ、なんだ。色々とぉ違和感はあるが、とにかく中間試験、皆お疲れ。順位を上げた者、下げた者色々いたとは思うが……とにかく結果が大切だ」


 北谷はちらりと、よくやったなというような視線を向けてくる。


「さて、皆解っているとは思うが言っておこう。来週から陰陽科おんみょうかは、普通科と合同ごうそうクラス編成に変わる。実地研修――学内での護衛研修も近づいてきているからな。もちろん、授業によってはまたこのクラス面子のみで授業を受けることにもなるが……。基本的にはこの教室に朝集まって、このメンバーで授業を受けるのは最後になるな」


 え、なにそれ聞いてない。


「来週からのクラス編成はまた月曜日の朝、校内掲示板に張り出す。実際に護衛ごえいパートナーを決めてもらうのは学期末だ。また、誰を学内での護衛パートナーとしたいか、基本的には成績順に割り振るが……希望も一度、聴取する予定だ。希望が通るとは限らんがな」


 なるほど。

 世間体せけんていから希望はとるが、結局は自分達にとって都合のいいように事を運ばせようというのは、どこの世界でも一緒だな。


「――それにともない、近日中に式神召喚しきがみしょうかんの儀もおこなう予定だ。各自、しろを用意するなり儀式に備えておくといい。……まあ、しろがどうしてもないものは思業式神召喚しぎょうしきがみしょうかんとなるがな。おすすめはしないが、仕方ない。式神召喚は原則、学生生活中に一度のみしか許可されない。仮にも皇国に住まう八百万の神々の御力をお借りするわけだからな。気にくわないからもう一回、などという無礼な癖をつけることは許されん」


 いつになく真剣な表情で北谷は語る。

 それを聞いている生徒達も非常に真面目な面持ちだ。


 この世界では八百万の神々への感謝と信仰の気持ちが非常に強い。

 また、同時に皇国領土を創世したと伝わる皇祖神こうそしん

 その皇祖神の血を引くと言われている皇帝への忠誠も厚い。


 この深い信仰こそが、皇国を二千百九十年もの長きにわたって続かせている理由だろう。


 また、式神という、皇祖神の創世した国に住まう神々の成す奇跡。

 そしてその奇跡が二千百九十年もの間、豊穣ほうじょうを支え――夷敵いてきから国土を防衛してきた。


 ともなればある意味、強い信仰心は当然とも言える心理なのかも知れない。


「……まあ、今更の話だよな。んなことは、ここに入学した時から理解していることだろうしな」


 からっと表情をほがらかに変え北谷が笑う。

 つられて周囲の生徒達も微笑を浮かべる。

 当然だ、とでも言わんばかりに。


 ――すいません。

 全く理解せずここにいました。


 ちょっと居心地が悪い。


「ああ、そうそう。その話とは別に注意事項がある。――近頃、若い女性が行方不明となる事件が起こった。今は警察けいさつ捜査段階そうさだんかいで、本格的に陰陽師は動いていないが……、一部ではこれは妖魔ようまによる事件じゃあないかとの噂もある。噂の域を出ないが――この世に絶対大丈夫などという言葉はない。よく注意するように。では、これで解散とする。ほい、お疲れ」


 HR終了後。

 俺は親しい友人達三人と帰宅することになった――。



―――――――――――

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