第9話 異常が無いなんて、異常です!

 世界移動をしてしばらくが過ぎた。


 期間にすると約一ヶ月間。


 最初は狩衣かりぎぬ――この世界の制服をきちんと着ることさえ苦労した。


 しかし、今ではこの世界での生活にも随分慣れた。

 起床したら学校にいき勉学・体術・剣術に励み、自宅に帰ってからは自由に読書が出来る。


 最近知ったことだが、この学園には立派な図書館がある。

 もちろん、貸し出しも可能。


 ――正直言って、毎日時間が足りない。


 やりたいことが多すぎるのだ。


 時間。時間、時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間。


 この世界の知識は、どれもこれも真新しくて、知的好奇心ちてきこうきしんを強く刺激するのだ。

 陰陽道の成り立ちから現在まで。

 この世界での剣術の立ち位置。


 世界情勢、現代社会、皇国史こうこくし


 ――学ぶ。


 たったそれだけを成すだけで太陽の下、胸を張って暮らせる学生生活。


 家に帰れば美しい義妹と優しい両親が待っている。

 料理をしてくれている。

 家庭がある。


 家事を手伝うと、驚愕される。


 だが、俺は一人暮らしで少ない時間の中でやりくりしていたこともあり、家事には一切困らない。


 正直言って、ゆとりある生活で楽しい。

 楽しくて仕方ない。


 あ、そうそう。

 どうやらこの世界では、西暦せいれきとは別に、皇国歴こうこくれきという年代の数え方をしている。


 西暦は俺が暮らしていた世界と一緒。


 皇国歴はなんと二千百九十年だ。

 それほど長く続く皇国、というのは世界に類を見ないものだろう。

 大したものだ。


「――人生なんてクソゲー。そう思っていた時期が嘘のようだ。神ゲーだな」


 昼休み。

 教室で一冊の参考書を読み終えた俺は、読了した余韻よいんに浸りつつ満面の笑みで呟いた。


 そんな俺の姿を、周囲は不気味な者に向ける視線で見ていた。


 光世みつよ長篠ながしの長谷部はせべは最初の数日は『また変なことを始めた』、『どうせ三日坊主だろう』と苦笑して見守っていた。


 しかし、ここの所はしきりに心配の言葉をかけてくる。


 以前の俺とは違いすぎる。

 なにがあった?

 そういった趣旨しゅしの質問を毎日のよう問われ、はぐらかし続けている。


 心配してくれるのは有り難いが、何も説明できることはない。


 北谷教諭きただにきょうゆに至っては、不審ふしんに思って、現役陰陽師としてあらゆる嫌疑けんぎを抱き、そして解消していった。


 妖魔ようまに対する退魔法たいまほう

 呪術じゅじゅつに対する呪詛返じゅそがえし。


 しかし、北谷教諭が汗で床を濡らすほど真剣に行った儀式は、一切効果が無かった。


 当然だ。

 俺は妖魔にかれても呪いをかけられてもいないのだから。


 早く『この俺』に慣れてくれることを祈るばかりだ。


 さて、そんな周囲の友人がかける心配以上に――平常心で俺を見てはいられない人物は他でもない。


 ――義妹いもうと長光ながみつだ。


 彼女は俺が家事、勉学、運動と真面目に取り組んでいることは『あり得ないこと』。


 そういった認識が人一倍強い。


 数日は黙って見つめてくれていたものの、世界移動後、約二週間が経過したあたりか。


 学校が終わると、嫌がる俺を長光が無理矢理に大きな病院へ連れていった。


 診療科は、神経内科――主に脳を診てくれる診療科だ。


 そこで検査の予約をし、MRI画像まで撮られた。

 受診時に医師と交わしていたやりとりは忘れられそうもない。


 診断結果は当然、異常なし。


「どこにも異常はありませんね」


「そんなッ!! だって、義兄がまともなんですよ!? 異常がないなんて異常です!!」


「……検査結果に異常はありませんから、あとはよく異常の定義について話し合ってみて下さい」


 面倒くさそうにする医師。去り際の俺に送る視線には、悲哀の情が籠もっていた。


 俺は凄く申し訳ない顔をして小さく頭を下げた。



 翌日、昼休みに食事を取ろうとしていた所を長光に誘導(強制連行)され、保健室に連れて行かれた。


 養護教諭との優しい面談の開始である。

 養護教諭は俺を机に座らせ、質問をしたり物語を作らせたり、文章を作らせたり。


 うん、一応俺も理学療法士免許を持っている人間だから解る。


 俺――完全に精神病が疑われていますね。

 

 しかし、養護教諭も長光も至って真面目。


 二人してそんっなに俺が真面目なのが可笑しいのか、おい。

 さすがに元の俺に同情してきたぞ。


 ――おい、やめろ。


 私じゃ解らないから、本格的な精神科医に診せたほうがいいかも、とか言うな。


 精神科受診料は高いし、その気になればなんかしらの診断名はいくらでも付けられるんだ。


 知能検査なんかしたら、きっと三十代と出ることだろうしな。


 よし、明日からはもっと十代らしく快活に遊ぶことにしよう――。



―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


楽しかった、続きが気になる! 

という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!

ランキング影響&作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る