第8話 ドアを開けた先は入浴と決まっている!

「いや、いい! 全然平気だから、階段二段飛ばしできるぐらい元気! 本当にありがとう!」


「あ……」


 階段に向けて早足で向かう俺の背後から、長光ながみつの声が微かに聞こえる。


 心配げな声だ。

 こんな義兄を心配してくれるのは有り難い。


 だが――俺の中身は『浅井安綱あざいやすつな』ではなく『西野安綱にしのやすつな』なのだ。

 他人である俺が彼女に心配してもらうのは率直そっちょくにいって心苦しい。


 なにより、もう病院になんて近づきたくないんだ。

 少なくとも、しばらくの間は現実逃避させて欲しい。


「……これが俺の部屋か……」


 床には脱ぎ捨てた衣服や教科書類やティッシュ、雑誌ざっし散乱さんらん

 本棚には何の秩序もなく本が並べられている。


 これはいかん!

 許すまじ!

 この世界は、けがれている!

 清掃せいそうだ!

 殲滅せんめつだ!


 ――健全な魂は健全な環境でこそ培われるのだ!


「――こんなもんか」


 約二時間後。

 清掃前の状態が嘘のように、部屋は整えられた。


 美しい……。

 なんて美しいんだ。


 整えられた衣服いふく

 均整きんせい本棚ほんだな

 不要な物は処分し、優先度の低そうなものは収納した。


 そして思春期の男子なら必ず持っているであろう書籍や映像記録装置を発見。


 即刻そっこく、処分してやった。

 慈悲じひも無し。


 この世界の俺には悪いが、今の俺はさとりの境地きょうちにいるのだ。


 はっきり言って、ゴミである。

 舞い散ったほこりが屋外にでるにはまだ時間がかかるだろう。

 換気かんきをしている間に、汚れてしまった身体を清めよう。


 着替えを持ち、俺は階段を昇って来るときに目に入った浴室よくしつへ向かった。

 やはり清掃せいそうは気分が良い。


 そして、身を清めた後!


 その時はスッキリした気分であの読んだことのない教科書の数々を読むのだ。

 きっと未知の世界が広がっていることだろう。


 未知みち既知きちに変える。


 なんと幸せな時間なのだろうか。

 その瞬間を考えると頬が緩む。

 とんとんとリズミカルかつ笑顔で階段を降り、浴室のドアを開いた。


 ――がちゃり。


「「――えっ?」」


 ドアを開けた先にあったのは――ひかりだ。

 桃源郷とうげんきょう

 たましいみそぎである。

 女神めがみが――みそぎをしている。


 病院で人の肌や身体など飽きる程に見てきたが、真の美を前にするとそのような慣れは関係ない。

 いや、そもそも別次元の芸術だ。


「え、あ、あの……!?」


 まだ状況が把握できないのだろう。

 長光はタオルで自分の身体を隠しながら狼狽している。


 湯で血行が良くなったのか恥ずかしいのか、頬は徐々にあかまってきている。


血行状態けっこうじょうたいは良いみたいだね。うん、肌もしっかり潤っているし、せすぎでも肥満ひまんでもなく、素晴らしい自己管理能力だ。ぜひこのまま「早く出て行って――――!!」


 ――はい、すいません。


 長光ながみつの叫び声を聞いて何事かと思ったのか、リビングから四十代と思われる男女が出てきた。


 あ、これはおそらくこの世界での俺の義父と義母だ。


 俺は目を見開いている二人に向け目を逸らすこと無く、苦笑くしょうを浮かべながらゆっくり床に座り――土下座どげざした。


 ……床が冷たくて気持ちいいです。

 素敵。


 ――すいません、おたくむすめさんの裸を見てしまいました。


 その後……約三十分間、両親に説教された。


 三十分の内訳うちわけは、のぞいたことを謝るよう言われたのが二分。

 残りの二十八分は、入浴しようとした動機を説明したことによる怒りだ。


 両親は、俺が部屋の清掃をしたことを嘘だと思ったらしい。

 嘘をつくのは悪い事だと説教され、俺が嘘をついてないと主張をする。


 結局、ごうやし清掃した部屋を実際に確認してもらうまで信じてもらえなかった。


 実際に部屋を見た両親の反応は、まさにはと豆鉄砲まめでっぽうを喰らったようだった。


 ……この世界の俺は、どこまで自堕落じだらくで信用がないんだ。


 夕食ゆうしょくの席でも、長光ながみつは俺と一切目を合わせてくれなかった。

 その日のうちにしっかり謝ろうと思い、俺は長光の部屋の前にいる。


 ――こんこん。


 部屋の戸をノックするも、返事はない。

 だが、確かに気配は感じる。


「長光、さっきは本当にすまなかった。もっとちゃんと確認してから戸を開けるべきだった」


 しばらくの間、無音が続いた。

 やがて室内から足音が聞こえ、ドアのすぐそばまで来たところで音が止まった。

 やがて少しだけ戸を開け、長光が顔を覗かせてつぶやいた。


「……もう、気にしてませんから。……いいです。それと、変なこと言わないで下さい」


「すまない。俺はただ、長光ながみつの素晴らしさを語りたかっただけで、恥ずかしい思いをさせる気なんてなかったんだ。ただ、お前の肌がいかに美しく魅力的で、健康的で素晴らしいものだったのか、それを伝えたかったんだ。例えるならそう、神秘的な魅力に包まれつつも輝きがとどまる事をしらな「最低ですッ!!」


 ――ゴンっ。


 再び戸が閉じられた。その日は二度と戸を開けてくれることは無かった。


 急に戸を閉じられたから、額を打った。

 じんじんと痛いです。


 思春期の乙女心は本当に難しい。

 宇宙や深海を調べる方が余程簡単だ――。



―――――――――――

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