第7話 檻にニガシテ……

「おむかえきてくれたから、もう帰って良いよ。今回のことはなんかの間違いってことにしておくから。被害者もいないし」


「――は? それでいいのですか?」


「いいのいいの、貴族家と面倒毎になんてなりたくないから。署長しょちょうも早く返せっていってるし。ほら、いくよいくよ」


 日本の――いや違うか。

 大八洲国皇国おおやしまこうこくの行政機関は大丈夫か?


 納税者のうぜいしゃの皆さん、あなたの税金はこんな活動に使われていますよ。

 声高こえたからかにさけびたい衝動しょうどうを抑え、俺は刑事けいじともにしゃばへと出た。


 ああ、解放された空気が美味し――くない。

 恐怖に歪んで、よどみきっている。


 ……どうか、安全な拘置所こうちじょに入れて下さい。

 今すぐに。


「……良い天気ですね、義兄さん」


「……そう、ですね」


「太陽はあんなにも堂々と、人々を照らしてくれています。一切こそこそしませんね」


「……はい、そうですね」


「そんな太陽の恩恵おんけいを受けることが申し訳ないなと、思わないのですか? 空き巣さん」


 違うんです。

 そんつもりじゃなかったんです。

 全て秘書が……いえ、何でも無いです。


 号泣記者会見ごうきゅうきしゃかいけんしようが何しようが、決して許さない。


 暗黒面あんこくめんちてしまったのではないかと思うほど、禍々まがまがしい気を放った長光さんがそこにはいました。

 お迎えは、長光ながみつさんだったようです。


 誰だよ、長光さんに電話した奴。

 嫌がらせの天才か!


 あ、そういえば朝の会話で言ってたな。

 この世界の俺は浅井家に養子入りしている、と。


 つまり、長光さんと一つ屋根の下で一緒に暮らしている、という訳か。


「――勝ち組に過ぎるな……」


「すいません、義兄さん。もう一度、いえ何度でも言っていただけますか? ――心から反省している言葉がその口から出るまで」


「本当にすみませんでした。心から反省しております」


「なんで謝るんですか? 私に謝っても仕方ないです」


 じゃあどうしろって言うんだよ。

 反省の言葉を口から出せって言ったじゃねぇかよ。


 あれか、感情がたかぶりすぎた女性には、その時に何を言っても無駄というあれか?

 都市伝説じゃなかったのか。


「面倒くさ……(ぼそ)」


「いま何か言いましたかッ!? だいたい、義兄さんは普段から!(くどくどくど)」


 真に女性がキレたとき、男性にできることは一つだけだ。

 嵐が過ぎ去るのを、頭を下げながらただ大人しく待つことだ。


「聞いてるんですか!?」


「はい、聞いております」


 こうして知りもしない浅井家あざいけに辿り着くまでの間、俺は暴風雨ぼうふううさらされ続けた。


 ……さすがに、この状態が気持ちいいと言えるほどの上級者にはなれませんでした


 さて、些末さまつな問題はあったが――とにかく、この世界での住居は把握はあくできた。


 自宅へともに入った後、長光ながみつは目線も合わせてくれない。

 可憐かれん義妹がいもうと、輝く銀髪が恐ろしい。


 だがここは胃を痛めてでも、つらかわあついと言われようとも長光に頼らなければならない。

 なにしろ、この家での立ち位置も生い立ちも何もかも、俺には解らないのだから。


「あの、長光ながみつさん?」


「……なんですか」


 目線を会わせず、台所仕事をこなしながら答えた。


 よしよし。

 無視されなかっただけ良い手応えだ。


「信じてもらえるかは、本当に解らないのだけれど……聞いて欲しい事があるのです」


 怪訝けげんな顔を浮かべながら、長光が上目遣うわめづかいに俺を見つめる。


 実に可愛い。

 心からびゅーてほー。

 俺がEDでさえ無ければ、間違いを犯しかねない。


 思うに、EDの男性とは究極の紳士なのではないだろうか?

 プラスでしかないですね。


 考えがれた。

 しかしいざ声をかけたものの、どうしたものか。


 ここで『実は俺、平行世界移動へいこうせかいいどうしてきた』などと現実味のないことを言っても、とても信じてくれはしないだろう。――であるならば。


「実は、今日は戸惑とまどうことばかりで記憶が混乱しているんだ……。本当にすまない。できれば俺の部屋と、この家での俺の立ち位置とかを改めて教えてくれないか?」


 心底、困った表情と声で俺は訴えかけたと思う。

 演技ではないからこそ、長光にも届いたのだろう。

 彼女は台所仕事を中断し、神妙しんみょうな表情で俺の顔を覗きこんできた。


「……義兄さん、追い詰めてしまったようですいません。一からちゃんとお話ししますから、そこのテーブルに座って待っていて下さい」


「ありがとう」


 彼女は俺が悩んでいる原因に、自分が関与していると思ったのだろう。

 短い時間で解った。


 ちょっと冷たい態度をとっているこの少女は、実は誰よりも優しい心を持っている子なのだ。


 俺は指定されたテーブル席に座る。

 テーブルには四つ椅子が用意されていた。


 だが、俺は自分がどの椅子に座れば良いのかすら解らない。

 こういった家庭のテーブルには、おおむね誰がどこに座るか決まっているものだ。


 仕方なく一番下座と思われる椅子を引いて座る。

 はたしてここでいいのだろうか。

 居心地が悪くて仕方が無い。


 そわそわしながら待っていると、コースターと麦茶を二個ずつお盆に乗せ、俺の対面にある席に長光が座った。


「……義兄さんの部屋は二階に上がって一番左の部屋ですよ。私の部屋はその隣です。義兄さんは、私とは血が繋がっていないそうです。詳しい事はお父さんとお母さんに聞かないとわかりませんが、物心ものごころが付いた時には一緒に暮らしていましたから……正直、実感はないですよね」


 微笑ほほえみみを浮かべながら長光が目を伏せる。


 俺はなんと返事していいのか解らず、部屋を静寂せいじゃくが包む。

 麦茶の入ったコップを握る手にぎゅっと力が入ったのだろう。

 握る指は白い。


 カラン、と氷りが溶けて音がなる。


 その音が合図かのように、長光が話を続けた。


「義兄さんは小さい頃から本当にえっちで、あまり真面目に生きているとは言えないですね。学校はサボるし、テストも追試ばっかりでしたし」


 なるほど、彼女が言う通りならこの世界の俺は目の前の義妹に嫌われる要素は充分。


 むしろ好かれる要素がないな。

 彼女にとって、そんな義兄と一緒にいるのは苦痛だろう。


 俺としても、最低限の事は把握できたと思う。

 一度、割り当てられた自室でゆっくり考えをまとめたい。


「そうだった、よな。だいぶ思い出してきた気がするよ。ありがとう、長光。ちょっと部屋で休んでくる」


「あ、あの義兄さん。体調が悪いようでしたら、病院にいきますか?」


 ――病院トラウマスポット




―――――――――――

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