第6話 自分の家を見ていただけなのに――

「え――無事進級ぶじしんきゅう、おめでとう。特に浅井あざい。……改めて挨拶するか。今年もこの学年の担任をすることになった、北谷兼光きただにかねみつだ。今年もよろしく。今日からみんなも二年生となるわけだ。この陰陽科にとって二年生に上がると言うことは、今までの座学中心の学業から、いよいよ実技を含めたカリキュラムになる一年だ。この重大さがわかるか、浅井あざい。みんなが真面目に授業を受けてくれることを期待している。というか、真面目に受けろよ。俺はもう補修用の資料なんか作りたくないし、補修で余計な仕事なんかしたくないんだ。俺に残業させないようにはげめよ、浅井」


 露骨ろこつに俺を特別視した担任教師、北谷兼光きただにかねみつという男性が挨拶を終える。


 この世界の俺はどうやら、随分教師にかわいがられる事をやってきたようだ。


 正直、以前の世界(人生?)では、体験したことがない。

 全体の前での会話でこんなにも頻回に名前を出されて、一体どう反応するのが正解なのか。

 いわゆるパーリーピーポー的な存在のクラスメイト達は、上手く全体の笑いを取れていたかと思うが、俺にそんな高度な技術はない。


 下手くそな作り笑いをしてさらりと流している。


 担任教師の服装は、生徒のそれとは少し違う。

 この世界の服装の基準がどのようになっているかは解らないが、北谷教諭きただにきょうう浅黄色あさぎいろはかまに、紺色こんいろの上着を着ていた。


 衣冠いかんというものが存在しているのか、どの服が偉いのか。

 俺にはよくわからない。


 ――だが、一目で教師と生徒を見分けることができるのは有り難い。

 

 北谷教諭きただにきょうゆによる有り難いHRが終了すると、我々は体育館へと移動させられた。

 なんでも、間もなく学園長による新年度の挨拶、全校集会が催されるとのことだ。


 やがて全校集会が始まり、若年の教職員から紹介を受けた学園長が登壇とうだんした。


 学園長は白を基調とした束帯に身を包んでいた。

 顔は、しわが深くかなり年配なことだけは、遠い位置からでもわかった。


 ゆっくりとした所作で、マイクに口を近づけた学園長が言葉を紡ぎ始める。


「……みなさん、おはようございます。さて、我が国の誇るべき国旗。そこに刻まれた五芒星ごぼうせいは、五行ごぎょうを結ぶ時に一筆書ひとふでがきで書けるため、悪しき者が入る余地はありません。そうして結んだ後に出来る十箇所の点は、この大八洲皇国おおやしまこうこくのそれぞれの島、国民、そして皇帝陛下という存在を意味します。どれが欠けても五芒星は刻まれなくなり、かけがえのないものです」


 丁寧ていねいにゆっくりと発せられる言葉は、一言一句いちごにっくを間違えることのないよう細心の注意を払っているように感じられた。


「改めて、本校の生徒たる君たちは、陰陽道おんみょうどうに深い関わりがあるということを自覚していただきたい。陰陽科三年生に関しては、研究職を志し、進学する一部の者を除き、来年の今頃は既に軍属ぐんぞくとなっているか、陰陽寮に入っていることでしょう。そして命の限り、物理法則が通じない人々の悩みと向き合うことでしょう。妖魔ようま怪異かいい、国内の災厄やくさい、占術での災害予知さいがいよち。諸君への期待は非常に高いということを自覚し、日々を過ごして下さい。比較的守られた環境下にある学生の間に多くの事へ挑戦し、そして失敗してください」


 そこで視線を普通科の列へ移した。


「普通科生徒諸君に関してもそうです。太陰対極図たいいんたいきょくずが示すように、人にはどれほどいんばかりに見えてもようがあり、陽ばかりに見えても必ず陰があります。たとえ、完全密閉された暗闇に皆さんが閉じ込められても、その中に陽の意思を持つ皆さんがいる限り、完全なる闇とはならないのです。皆さん一人一人が陰であり、陽である。この世のバランスを保つため全員が助け合い、夢に向かって生きてくれることを期待し、私の新年度の挨拶とさせて頂きます」


 降壇こうだんする老体ろうたいの背中を、盛大な拍手が送った。


 当然、俺も手が痛くなるほどの拍手をする一人であった。

 始業式が終わった後、教室に戻るとすぐに下校となった。


 俺は今、寄り道していかないかという長篠くんの誘いを断り、一人下校している。


 先ほどの学園長の新年挨拶を思い出す。


 起きている事を総合的にみて、俺は陰陽道が現在も残っている世界に移動した。


 陰陽道について、俺は余り詳しくはない。


 平安時代に安倍晴明あべのせいめいという偉大な陰陽師がいた。

 天文などをみ、占いを行ったり怨霊おんりょうあやかしと闘っている。

 そんなイメージが先行する。


「歴史的には、明治政府の時に信憑性しんぴょうせいが薄いという理由で廃止されたはずだ」


 しかしそれは以前の世界の話で、こちらではそうではないらしい。


 話によれば軍隊にも配備されるほど、天災対策てんさいたいさく妖魔対策ようまたいさくとして確立された存在らしい。


 オカルトの一言で片付けられていた前世界とは大きく違う。


 そして俺はそんな陰陽道を学ぶ陰陽科学生の、よりによって二年生らしい。

 学園に入ってから学ぶもの、と仮定しても、周囲の生徒より少なくとも一年分知識が遅れている。


 俺は自分に素直に、そして自由に生きたい。

 ――今度こそは。


「――だが、果たして劣等生扱れっとうせいあつかいされることに俺は耐える事が出来るだろうか? 男としてのプライドが、断じて否と告げている!」


 そんな考えを巡らせつつ、散歩している。

 歩きながら考え事をすることはとても心地よい。


 学園を出た俺が、こんなにもすたすた歩けているのは――率直そっちょくに言って、この道を知っているからだ。


 そもそも、桜並木に彩られた坂道の時点で気が付くべきだった。

 俺の出身高校と同じ地理にある。


 他の道もほとんど同じだ。

 今は学園を出た後、最寄りの駅があるのかを確認しにきた。


 結果は――駅名からなにから、全て一緒だ。

 駅前に沢山居る学生の服装が、現代の建築物にまったく不揃ふぞろいで違和感をかもし出していることさえ除けば。


 狩衣姿かりぎぬすがたの学生達がスマホを弄りながら駅のホームにいるかと思えば、ぞろぞろと電車に乗りこんでいく姿はなんとシュールなことか。


 最も大きな指標である駅の存在を確かめた俺は、かつて実家があった場所を目指し、くるりと踵をかえした。若干、早足になっていたかも知れない。


 駅から徒歩で約十分の場所に、俺の生家はある。


 ――いや、あった。


 俺の生家には、全く異なる性名の表札があった。

 どこにも『西野にしの』の表札はない。

 『浅井あざい』でさえない。

 しかし、家の外見は全く同じという矛盾。


 久しぶりに見る自分の生家を懐かしく思う。

 一体、何年間実家へ帰れていなかっただろうか。

 少し笑顔で懐かしの庭を見て回り、壁を触り。

 玄関に入り、自分の育った部屋へと入った。


 そこには、どこにも俺がいた形跡はない。

 祖父母が買ってくれたという学習机も、両親が買ってくれた思い入れがあるベッドもなかった。


 胸に穴があいたようにセンチメンタルな気分で立ちつくしていた。


 それが――今から約三十分前のことですねぇ、はい。


「で、君は絆陰陽学園はんおんみょうの生徒さんなんだよね? なんでなんてしようと思ったの?」


「いえ、違うのです……」


「だからさ、何が違うの? ああ、とりあえず写真と指紋しもんとるからね。いいよね? はい。じゃここに手載てのせて。うん、そうそう。はい、じゃこっち向いて」


 ――びー。

 ――ぱしゃ。


「……君、写真映えしないねぇ。もっと顎引あごひかないと。あ、いま調書書ちょうしょかくからね。後で君にも見て貰うから――で、なんでこんなことしたの?」


「それでも、僕はやってない……」


 あの後すぐ改造クラウンに乗った人達に強制連行され、俺は警察署にきた。

 元の世界では補導ほどうすらされたことない優良な人生なのに……。


「現行犯逮捕だからねぇ。言い訳は見苦しいよねぇ、……ん?」


 新たに入ってきた警察官が、慌てた様子で取り調べしていた刑事らしき人に耳打ちする。


 驚きに目をかっと開いたかと思うと、警察官共々俺の顔を凝視して、ぽつりと尋ねる。


「……きみ、浅井あざいって言ったよね。あの浅井家あざいけの方?」


「あの、がどのかはわかりませんが……どうやら御反応ごはんのううかがうに、そのようです」


「……なんで人ごとなの?」


拠所よんどころない事情によって」


「ん~? まぁいいや。さっき学園に電話してね、君の実家に連絡してもらったんだけどさ」


 おい、待て。

 いつの間にそんなことをした!?



―――――――――――

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