第4話 義兄さん!? じょ、状況を整理しましょう!

「なんだと!? 貴様、どの立場で物を言うか……!」


「お、おちつけよ金平かねひら! 安綱やすつな今更いまさらどうしたっ? なんだか今日は様子がおかしいぞ!?」


「そ、そうだね、今日の安綱やすつなはちょっと変だよ?」


 しまった、などと後悔しても遅い。


 目の前にいる三人は、完全に私に不信感を抱いている。


 あれほど後輩指導の際に、対象者へ不信感を与えてしまったらリハビリは成功しない、などと偉そうに講釈こうしゃくを《た》垂れてきたというのに。

 なんと迂闊うかつな言動をしてしまったものか。


 たまらず謝罪と弁明べんめいをしようとした所、こちらを観察していた集団の中から、一人の女性が駆け寄って来るのが見えた。


「校門の前で騒いでどうしました? 義兄さん、また皆さんにご迷惑をおかけしているのですか?」


 その女性の姿を――声を認識した瞬間、私の中で時が確かに止まった。


 そして次に自分の鼓動こどうを自覚したときには、彼女に後光ごこうが差しているかのように神秘的しんぴてきで輝かしい存在に見えた。


 白――というよりは、陽光ようこう反射はんしゃして、銀髪ぎんぱつに近い。

 長い銀髪をポニーテールにまとめ、カーネリアンという優しく輝く天然石を思い起こすような瞳。


 今まで見た何よりも美しい。恥ずかしいことにそう思ってしまった。

 だが今は、彼女の美しさよりも、発した言葉の方が大切だ。


「に、義兄にいさん……私が?」


 かろうじて、しばり出した言葉だった。


「わ、私!? どうしたんですか、義兄さん。朝と随分様子ずいぶんようすが違いますが……。また何かおかしな遊びでも始めたんですか?」


 銀髪の女性は、一瞬驚いっしゅんおどろきそしてジト目をこちらへ向けてくる。


「おお、聞いてくれよ長光ながみつちゃん! 安綱やすつなってば、おかしいんだよ! 深刻しんこくそうにうつむいてて、ばッとこっち見たかと思ったらさ、金平かねひらに髪を下ろせとか、黒く染めろとか言い出してるんだよ!」


「え!? そ、そんな……!! いえ、でもそれは私もそう思いますので、真っ当なことでは? あれ? でも、適当な義兄さんが真っ当なことを言うと変だし……あれ?」


 ――長光ながみつ。銀髪の美しい女性の名前は、長光というらしい。


 美女は名前までも美しいのか。


 そう感じてしまうのは、彼女の印象を先に植え付けられてしまったからだろうか。

 きっと、普段の私であれば彼女の事をもっと知りたい、などと思っていただろう。

 だが最も知りたいのは、長光という名の可憐かれんな女性の個人情報ではない。


 他ならぬ私自信のことが、知りたい。


「私はこれから皆さんに、いくつかおかしな質問をします。いぶかしむお気持ちは解りますが、どうか質問内容にお答え頂ければと思います」


 四人全員が、特に拒否することもなく無言で先を促す。

 余程よほど、有無を言わさぬ迫力をかもし出していたのであろう。

 それだけ必死だったのだとご理解願いたい。


「まず、私は西野安綱にしのやすつなと申します。職業は理学療法士をしています。……今日は、ちょっとした気まぐれ(?)でここにいます。これが私の知る現状ですが……皆さん、いかがでしょうか?」


 自己紹介をした後の、開放的質問かいほうてきしつもん

 答える側からすると何が聞きたいのか決めかねる質問形式。

 ぼんやりとしてまとまりはなくとも、なるべく多くの情報を引き出すことができる質問形式こそが、最初の体面たいめんでは適しているだろう。


 今は何でも良い、どんなことでもいい。

 情報が欲しいのだ。


「えっと……、冗談にしても色々とたちが悪いうえに、すべってますよ義兄さん? なんですか理学療法士とか西野って。義兄さんの名字は、うちに養子入りした時からずっと浅井あざいじゃないですか」


 長光ながみつが心底悲しそうな顔をして、そう答えた。


「そうだぜ、安綱やすつな! いくら長光ながみつちゃんとぎくしゃくしてる関係だからって、あんまりだぞ!」


「う、うん。僕もそう思う、かな。それに、なんとなく来たんじゃなくて今日から始業式でしょ? 僕ら二年生になったんだから……」


「貴様が控えめな態度になるのは良いが、厚顔無恥こうがんむち傍若無人ぼうじゃくぶじんにしてこの上なく物臭ものぐさなお前が、いきなり当たり前のように『私』などと言葉使いを改めるなど気味が悪い。いつものように『俺は面倒だし、どうでもいい』と言っていた方が、いっそのこと安心する」


 金髪勘違い眼鏡の言葉に、皆が頷く。


 この一つの質問だけでも、随分受け入れがたい情報が大量に入ってきたものだ。


 私が養子入りしていて、長光さんと同じ『浅井』という名字?

 今日から始業式で、この学園の二年生?

 一人称が『俺』で、簡潔に言えば不真面目な無気力生徒?


 ここまでの情報だけでも受け入れがたい。にも関わらず何より受け入れがたいのは――長光という麗人と関係がぎくしゃくしている、だと?


 全くもって遺憾だ。

 某政府ぼうせいふお得意の遺憾砲いかんほうを大規模に発射したい。


 ともあれ何も知らない私は、一つ目の質問で既に不信感を強めてしまっている。

 更に不信感をつのらせ、また迷子のようになるよりは、少しでも自分を知っているらしい人と一緒に居た方が得策に決まっている。 


 ここまでに引き出せた情報から、自然な『浅井安綱』を演じた方が得策とくさくだろう。


 そうして――『俺』は次なる質問を重ねた。


「しつれ……、いや、悪い。ちょっとふざけすぎたよな俺。ただ、ちょっと体調が悪くてな。いつ倒れるかわからんから、今日はお前等と一緒に行動してもいいか?」


「貴様の体調が悪いだと? 馬鹿でも風邪かぜにかかるというのか?」


 殴ってはダメです。

 これは、暴言癖ぼうげんへきのある患者の言葉と思え!


「はははっ……ははァッ!」


「この流れで笑顔は気味が悪いですよ、義兄さん? いつにも増して……」


 耐えろ……。

 我慢は得意だろ?

 この程度、悲しくもなんともない。


 よし、落ち着いた。

 よくやった俺。

 急いでは駄目だ。

 ゆっくり今の状況を掴むためには、案内役は不可欠。


 申し訳ないが、目の前の方々には案内役となってもらおう。

 全くもって気が狂ったような馬鹿馬鹿しい仮説だが、否定できない現実がある以上、確かめて行くしか無い。


 私の脳裏のうりに浮かぶ仮説、それは――。


 これが夢でないなら、私は記憶がある状態で転生てんせい、あるいは平行世界移動パラレルワールドいどうでもしたのだ。


 流行の物語のようだが、もはやそうとしか自分を納得させることなどできない。

 これは一種の願望だ。

 そうであったらいいな、という願いだ。


 私――俺は、生活に強い不満を抱いていた。

 願わくば別の人生を歩みたいと思っていた。

 だからこの夢の様な今が、現実であればいい。

 そう思って無理矢理、理由を付けていることは認めるしかない。


 だから――とことん、この機会を楽しませてもらおう。


 もしかしたら瞬きするほどの後に、私の意識はまたあの神社へ戻って絶命してしまうことも考えられるのだ――。



―――――――――――

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