第3話 この世界は夢?

「……私は今、おそらく夢を見ている」


 そうでなければ、私はつい重度じゅうど幻覚げんかくでも発症したのだろう。

 突然、私を包んだ環境は、それほどの重篤じゅうとくな幻覚症状でもなければ説明がつかない。


 誰か説明出来るのあれば、無知蒙昧むちもうまいな私に是非ともご教授願きょうじゅねがいたい。


 ――それは、桜並木さくらなみきに囲まれた坂道であった。


 私は風に舞う花弁かべんに包まれている。

 風の香りがほのかに甘くて――暖かい。

 唖然呆然あぜんぼうぜんと立ちすくみながら、自らの横を流れていく人の波を見つめていた。


「お前、ちゃんと課題やってきた?」

「おう、それな。これからお前のを写す予定」


 平安貴族のような服装に身を包んだ、十代とおぼしき男性達の会話。


 いつの日だったか。

 神社で正式参拝した際、拝見した御神職の姿を彷彿ほうふつとさせる。


「私の知る学生とは――制服が違いすぎる……」


 後々解ったことだが、これは平服へいふく狩衣かりぎぬと言い、正装せいそうである束帯そくたいと呼ばれる衣服とはまた違うらしい。


 会話内容はまるで学校に通う学生だ。


 皆、同じ紋入りの服装をしているが、少なくとも私の知っている学生はこのような和装わそうで歩くことはない。


 『集団でコスプレイベントを行っています』。


 そんなプラカードを持った誰かがいれば、如何いかほど安心できるだろうか。


「これは、なんなんだ……?」


 考えをぐるぐると巡らせ、答えも出せず戸惑とまどい続けている。

 そしてはっと我に帰って自分の姿を見て、また驚嘆きょうたん


 自分も周囲の男性同様、狩衣かりぎぬに身を包んでいた。


 思わずぺたぺた触れて見ると、紛れもなく触覚も正常。

 少し強めにパン、と胸を叩いてみると微かな痛みも感じた。

 痛覚も正常なようである。


「げ、幻覚を見ている訳でも、夢を見ている訳でもない……のか?」


 仮説が否定され、新たな仮説も立たない。


 ただ呆然ぼうぜんと突っ立て居ると、自分の横を通り過ぎる人々が、私を見ながらひそひそ声で話している事に気が付いた。


 とりあえず、訳もわからないままに人波ひとなみに飲まれ、同じ方向へ向かって歩みを進める。


 履いている靴がなんと歩き難いことだろうか。

 このような靴で歩いていては長期的に身体を痛める。


 こんな状況下でも、理学療法士としての逃れ得ぬ職業病ともいうべき思考のへだたりを感じる。

 数分も歩いていないだろう。


 坂道を登り切った所に、校門が見えた。


 何の変哲へんてつもない、ごくごく普通の校門。

 平時であれば、「ああ、学校の校門か」。

 ぐらいにしか思わなかっただろう。


 だが、今の私にとっては検分けんぶんするに値する。

 近づき至近距離しきんきょりで観察し、恐る恐る触ってみる。


「ベロベロと舐める様に見つめても、これは普通の校門だな……」


 気が付いた事は主に二つ。


 一つ目は、この学舎の名前は『大八洲皇国立おおやしまこうこくりつ 絆陰陽学園はんおんみょうがくえん』ということ。


 もう一つは、学園名が記された表札には、私を含む周囲の男性のはかま、女性のはかまに刻まれた紋と、同様の紋が刻まれていた。


「これはいわゆる……校章のようなものか?」


 校門にもたれかかりながら、泣きたい気分になり目を閉じて、眉間みけんに片手を当てる。


「一体、これはなんなんだよ? 神社で倒れたかと思えば、全く訳のわからないこの状況!」


 誰かのいたずらにしては質が悪く、大がかりなんてもんじゃない!


「誰でも良い、誰か助けてくれ……ッ!」


 今にも泣き出しそうだ。


「――おお、安綱やすつなじゃん! そんなとこでうつむいてどうした? 気分でも悪いのか?」


 まぶたを強くつむりながらうつむいていた時だった。


 ――安綱やすつな


 そう、間違いなく私の名前だ。

 私の名前が呼ばれた。


 驚愕きょうがくと喜びの入り交じったような、なんとも名状めいじょうしがたい顔をばっと上げ、私は声のした方に向け勢いよく首をねじる。


「な、なんだその顔は? 俺の顔に何かついてるか?」


「ぼ、僕たち何かした……?」


「普段から無気力で不気味な貴様だが、今日は別の意味で気味が悪いな……」


 三人の男が私の前で立ち止まり、いぶかしげな表情でこちらを見つめる。


「わ、私の名を……呼んだ? あなた方は……」


 一番最初に私に話しかけてきた男は、中肉中背ちゅうにくちゅうぜ

 片方のもみ上げだけ異常に伸びている男性だ。

 おそらく、アシンメトリーを意識した髪型なのであろうが、ここまで極端な状態にしている人は見たことがない。


 二番目に目に付いたのは、少しビクビクしながらこちらを見てきている男(?)だ。

 おそらく、周囲の男性の服装から察するに、この方も男性なのであろう。

 だが、くりっと大きな目に長いまつげ、さらさらした黒髪ストレートヘア。

 ウルフカットを意識しているのか、長い襟足えりあし

 これらの特徴がより中性的な印象を際立たせる。


 最後に、私を不気味と中傷した男性だ。

 攻撃的な金髪に鋭い目付き、シルバーフレームの眼鏡。

 髪型をアップバンクに整えて目を強調しているためか、より攻撃性が増して感じる。

 身長もおそらく百八十㎝近く、冷淡れいたんな印象を与える。

 どこかの任侠映画にんきょうえいがのチンピラ役のようだ。


 仮にも管理職かんりしょくとしては、この金髪を黒髪に変えて、眼鏡も黒縁に変えさせたい!


 メラビアンの法則によれば視覚情報は人の印象に五十五%も影響を与えるのだ!


 近寄りがたいマイナスの印象を与えるような身だしなみを放置しておくなど――断じてできない!


「髪を下ろして、黒く染め直した方がいい。爽やかで似合うならいいけど、似合わないです。外見が人に与える印象を考慮しなさい」


 気が付いた時にはそう言っていた。


 これは身についた癖であり、最早脊髄反射もはやせきずいはんしゃとさえ言ってよい。


 口に出してから、今の状況では他に言うことがあったよなと後悔した――が、既に遅い。


 後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。



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