29 とある男の話

Side:???


「あー、疲れた……」

伯爵家に忍び込んだ俺は気づけば牢屋に確保されていた。そして目覚めてから思い出す恐怖。あの部屋に入った途端、まるで人食い大蛇に睨まれたような恐怖を感じ、次の瞬間には意識が途絶えたということは覚えている。


後から三人とも外に投げ捨てられたと聞いた。その証拠に俺の手足はボッキリと折れているようだ。目覚めてからずっと痛くてたまらなかった。

黒い仮面の男から牢屋内で依頼主のことなどを話せと脅された。折れている手足も蹴られたりでさらなる激痛とも戦った。最悪な時間を耐えた。だがこう見えても俺は一流の暗殺者だ。

間違っても依頼主のことを漏らしたりはしない。


そして3日間の拷問に耐え、最後には手足を治療されて釈放された。途中から依頼主については他の二人が洗いざらい話してくれたと言われたが、俺にしゃべらせようと嘘を言っているのだと確信した。


なぜそう言い切れるかって?

簡単なことだ。俺以外は依頼主のことを伝えていないからだ。俺が一番二人を信用していないからな。だからバレるはずはないのだ。あの二人は多分何も知らないと断定されて早々に帰されたのだろう。

よし!まずは依頼主のところに行って報酬を貰おう。秘密は守ったのだ!その報酬を頂いても良いはずだ!


いや、まてよ?依頼はそもそも失敗したんだったな。


危ない危ない!このまま依頼主、ワルジーのところへ行ったら叱責されるに決まっている。暫く身を隠すべきか……でも金がないな。なんならいっそのこと根城を移すべきかもしれないな。

すでに帰されたというあの二人とはもう会えない。仲間にしても足手まといが増えるだけ、ということが良く分かった。俺一人なら今回のことも切り抜けられた!はずだ……


「やっぱり王都を出るか……また稼がないとな飢え死にしちまう……」

俺はため息をつきながら王都を出ようと歩き出す。


「おっ?あれは?」

そんな俺の目の前に、気の抜けた表情をして立っている見覚えのある女が映る。


あれは……赤鬼!暴れ鬼イーリスじゃねーか!多少薄汚れているが間違いない!俺の目はごまかせはしない!


もう何年も田舎にひっこんでギルド職員として働いているのは知っている。しかも最近ギルドの仕事をさぼってるっていう話は俺の情報網にもひっかかっていた。それがこんなところに居るなんて……さては、ギルドを追い出されたか?

それに宿屋を恨めしそうに見ているな……もしかして金もねーってのか!


そうだ!この際あいつを仲間にしよう!

まるで天啓が降りたように冴えわたる俺の頭脳!


俺がアイツをうまく使って……いやだめだな。絶対に力では敵わない。だがあいつの下に入ってもいいんじゃないか?そして俺の持っている数々のノウハウを教えてやりゃーおこぼれぐらいにはあずかれるかもしれねーな!


そしてもしうまくいけば……「お前って意外と物知りでスゲー奴なんだな!良しお前、俺の男になれ!」なーんつってあの引き締まった体を味わえるかもしれねーな!そうと決まったら早速声をかけよう!善は急げだ!


「おい!おまぶっ!」

俺は赤鬼の拳が見えたかと思った時にはもう意識が刈り取られていた。


そしてここは見覚えのない天井……だが既視感はある……


「って牢屋じゃねーか!」

俺は飛び起きた。


「おっ!起きたか!」

その声の方に顔を向けると、おそらくこの牢の番をする監視官であろう男が笑顔でこちらを見ていた。俺は当然なぜここに入れられたのか、など何も分からず説明を求めた。


結局俺は女性に暴行を加えようとして返り討ちにあい、その際に雑貨屋の家屋に吹き飛ばされて雑貨を派手に破壊しながら気絶したらしい。婦女暴行未遂と器物破損という罪で再び投獄されたようだ。

もちろん弁明はしたさ。でも何を言っても聞く耳を持ってくれない……こうして俺はまた1週間ほど牢屋でお世話になることとなったのだ。


だが今回はただ「反省しろ」と言われるだけの投獄だ。拷問を受けるわけではないから比較的心は穏やかだ。こんな仕事をしていたら牢屋の一回や二回、朝飯前ってもんだ。俺はただただ時間が過ぎるのを待つ作業に没頭した。


「くっそー!あの女!絶対いつか痛い目に……まあそれは追々でいいか……」

俺はあの女への怒りを鎮めるように、海よりも深いため息をつくのであった。都会はもうダメだ……田舎に行こう……



Side:ワルジー・スカンダ


「ここは……」

俺は薄暗い部屋の中で目を覚ます。


痛む体を必死で起こし周りを確認すると、粗末な家具が置いてある薄暗く小さな部屋が確認できた。ベットと椅子、小さなテーブルとこの照明の役割を話していない小さなライトしかない小汚い部屋だ。


「そうだ……俺は……」

ぼやける頭で記憶を整理する。


俺は生意気な兄の娘、リーニャを暗殺すべく凄腕と言われた暗殺者に始末することを依頼した。その依頼が失敗したと報告を受けたその日、なぜか使用人などが数人休暇を申し出てきた。

その時はまあいいと思っていたが、次の日にはさらに多くの者が同じように休暇を申し出てきたのだ。当然のごとく私は叱りつけた。しかしその使用人たちは「これ以上ここにいたら生きていけない」とほざきやがった。


なんでも街に買い物などに行くとお宅のスカンダ家には何も売れないと言われ、それどころか白い眼を向けられたとか……俺はハッとして他の物にも確認すると、みな同様の出来事を経験しているのだと……

これは兄の仕業だろうと確信した。


どうにかしたい思いはあるが何をどうしたら良いのか分からない。俺は対策を悩み苦しんだが妙案は浮かばなかった。

精々心を石に変えてあの兄に土下座して許しを請うぐらいしか……いやダメだ!そんなことは俺のプライドが許さない!絶対に誤ってなんてやるものか!いや、そもそも謝る必要はない。俺は何も悪くはないのだ。


結局、その日の夕方にはすべての使用人たちがいなくなってしまった。それと同時に12人、いや13人だったかな?まあ数はどうでも良いが、愛する妻たちも全員子供達をつれて出ていってしまった。

お昼ご飯も用意できない家には居たくないのだと……そうだった。バタバタしていて忘れていたが、俺もお昼は食べていない。用意させようにも、もうこの屋敷には誰も残っていないのだ……


途方にくれ、どうしたら良いのか分からなくなってきた時……あの男がやってきた。


日焼けなのか少し肌黒い共和国の男。

俺は、この男の提案に乗って目障りな兄の家庭からぶち壊そうと動き出したことを思い出す。そうだ!みんなこいつのせいじゃないか!


この男が軍部のトップである兄の家をめちゃくちゃにして混乱させたら、そのタイミングで共和国と周辺諸国の連合軍により一気にこの国を落とし、その手引きをした功労者である俺はこの国、いや領土のトップになるという計画に乗ったのだ。

その為に結構な金を使って強力な魔物の召喚魔方陣を購入した。リーニャの通り道に合わせ召喚させたのに……


そもそもこの男の提案がなければ、これまでもなんとかうまくやって来たのだ。それは今も変わらないはずだったのだ。絶対にこの男のせいでこのような緊急事態になってしまったのだ!それはもう間違いない事実!


「おい!お前の提案のせいで我が家はもう終わりだ!どうしてくれる!」

「はー?」

こいつ!間抜けな顔してすっとぼけやがって!


「はー、じゃない!お前のせいで兄に睨まれ、みんな出ていってしまったじゃないか!どう責任を取るのだと言っているのだ!」

「あんた頭沸いてる?勝手に自滅して責任おっつけるなよ!こっちこそ計画が狂って迷惑してるんだけど?」

この男……何を言っているのだ。自分勝手にもほどがある!俺の家はおしまいなんだ!取り返しがつかないんだぞ?俺は怒りに震え大きな声を張り上げた。


「お前のせいだ!責任をとれ!」

バカにはこのぐらいはっきり言わないと分からないからな。俺はしっかりと意見を言える男なのだ。


目の前の男、ベリトと言った男は冷たい目をこちらに向けてくる。これは少し言いすぎてしまっただろうか……だがこの男に責任を取ってもらうより他はないのだ。頬に冷や汗が垂れるのが分かる。


「分かったよ」

「へっ?」

その男、ベリトは何もなかったかのように笑顔に変わる。


俺はホッと一安心した。なんだ、やはり責任を感じていたのだろう。強く言えば言い訳もできないと観念したのだろう。やらかしてしまった責任から逃げる道はないのだ。これで一安心だ。こいつらに責任を持って暫く支援をさせ、再起のチャンスを伺おう。

耐え忍べばきっとチャンスは巡ってくるさ。生意気な兄の家をぐちゃぐちゃにするのはまた今度の機会だ。あの兄もその家族も絶対にゆるさない!俺は闘志を胸に抱いて目の前の男の次の言葉を待っていた。


「じゃあ、我が王、マモン様の元に行こうか」

「なにを……」

男がおかしなことを言うので確認しようと口を開いたのだが、その言葉の途中で腕を掴まれ、景色がひっくり返るような何とも言えない感覚になったと思ったら、目の前は古ぼけたこの部屋へと変わっていた。


「こ、これは!転移魔法!」

「そうだよ。僕の固有魔法さ。まあ暫く待っててよ。もしかしたら運良くマモン様に合うことができるかもしれないよ?それまではこの部屋で大人しくしててよね。おっさん」

「な、なんだと!」

たった今、書物だけの存在と思われていた伝説の魔法を体験した俺だが、それよりも自分がおっさん呼ばわりされたことに腹がたったのだ。若者のこういうところが最高にイラつくのだ!


「おいお前!俺をおっさん呼ばわりするな!今日のところは連れてきてくれた恩に免じて勘弁してやる!だが今後は口の利き方を気を付けるのだな!」

「は?おっさん……まだ自分の立場が分かってないの?あんたは失敗したんだ。生きている事に感謝してほしいぐらいだ!まずは口の利き方から気を付けろ?お前が気を付けろ!〇すぞ!」

予想外に強く反論された俺は、次の瞬間お腹に感じた痛みに悶え膝をついた。この男……まさか暴力に訴えるてくるとは……


「くっ……ゆ、ゆるさんぞ!この、暴力男め!」

そしてまた繰り出される男の攻撃。私は丸くなって頭を押さえ、必死にこの理不尽な暴力から身を守ろうと耐え忍んだ。


そして……気づけば意識は途切れたようで、痛みに耐えながら体を起こしたところであった。

なるほど……俺の人生がここで終わるかもしれないな……


何年振りかに流す涙が頬を伝う。

ああ、あの楽しかった日々に戻りたい……俺は叶わぬ夢を思い嘆くのだった。



何故だろう?ちょっとすっきりした気分!

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