28 とある女の話

Side:イーリス


「おい!ギルド長!おれは旅に出る!」

マイちゃんがいなくなって数日、私はいい加減我慢の限界だった。そしてこう宣言したのだが、ギルド長であるディッシュはまるで「何言ってんだ?アホか?」とでも言いたそうな顔をしている。


そして返答もないのでイライラもまた募る。


「おい!ギルド長!私は旅に出る!」

「何言ってんだ?アホか?」

予想通りの回答だ。逆にムカつく!今すぐ殴り倒してやりたい!が、私にはマイちゃんの元に駆け付けるという崇高な使命がある。こんな退屈な街でぐずぐずしてはいられない。


「マイちゃんが私を呼んでる気がする!」

「本当に何言ってんだお前……」

「仕事ならヘックがいれば大丈夫だろ?」

「そりゃそうだ」

自分からの提案だがあっさり肯定されるとそれはそれでムカつく。ヘックの野郎……調子に乗りやがって!


「いたっ!何すんだ!」

とりあえず一発殴っておいた。


「これで謹慎処分、ということで……行ってくる!」

「謹慎ってお前な……はあ、そう言う事なら勝手にしろ!」

良し!ギルド長の許可は取った。


「もしかしたら……もうここには戻ってこないかもしれない……」

「いやもう戻ってくんなよお前……」

なんだその言い方は!まあいい。今はそれよりマイちゃんだ。きっとあのモップ女だけでは寂しくて今も泣いてるかもしれない。お姉ちゃんが優しく抱きしめて慰めてあげなくては!


そしてギルドから急ぎ泊っている宿へ急ぐ。

途中、カウンターで朝の受付ラッシュを必死に対応していたヘックには「旅に出る!」とだけ言い放ち宿へ急いだ。ヘックは「へっ?」と間抜けな声をあげていたが、まあ後でギルド長にでも聞けば分かるだろう。


宿に到着すると、長年親しんだ宿の女将さんには丁寧に旅に出ることを告げる。意外なことに「そうかい。また寄った時にはごひいきに」とあっさりした返答に少し驚く。結構仲良くやっていたと思ったのは気のせいだったのか。

そんなビジネスライクな返答に心を少しだけ痛めた私は、その痛みを振り払うように部屋に入るとギルドからパクったままの魔法袋に部屋の荷物を全部詰め込んだ。


そして宿から飛び出すと、神経を集中させる。


「マイちゃんは……こっちだー!」

私の中の何かがそう告げたのだ!マイちゃんは王都へ向かっている!と……


私はその事を何かこう神秘的な何かで多分当たっているのだと感じ取った。きっとこれが運命の歯車とか言うそんな感じの何かなのだろう。私はこの何かを信じ王都へと向かうことに決めた。


魔法袋には幸いなことにそれなりの食料も入っている。

そして私の脚力なら王都まで5日も走れば到着するだろう。


「よーし!待っててね!」


私は足にグッと力を籠めると「マイっちゃーん!」と気合の一声を放ちながら、王都に向けて全力で走り出した。


道中、多少の魔物と遭遇するもそれらは置き去りにするか、邪魔になるようなら拳で全て排除してゆく。さすがに真夜中には1時間程度の休息を取った。お腹もすくのでその間に一日分の栄養を貪った。


「マイちゃんのため!マイちゃんのため!マイちゃんのため!」

一心不乱に食料を口の中へと押し込めた。


ちょっと辛くなったがマイちゃんが待っていると思えば自然と笑みもこぼれるほどの多幸感を得ることに成功した。もう大丈夫!何があっても走り続ける所存だ!そう思って休憩時間を少し短縮してまた走り出す。


一心不乱に走り続ける私は、遂に5日目の早朝、王都の門までたどり着くことができた。ここに、マイちゃんがいる!泣きながら私を待っている!そう思って後少しの距離を歩き出す。


「おい!そこの、浮浪者みたいなお前!まずは身分証明になるものを見せろ!」

「くっ!こいつ、臭いぞ!スラム街の奴か?」

門番が持っている長槍を、なんと私に突きつけ静止させようとする……なんだこいつら……私を誰だと思っている!


「あ”?」

「ひぃ!」

「て、抵抗するのか!」

少し怒りを開放して睨みつける。


悲鳴を上げ、震えながらも立ちふさがり続ける二人の門番。そうか、この私と一戦交えたいというんだな!……とそう考えていたのだが、若い門番が今さっき『臭い』と言ったか?それは……私のことか?


私はあらためて自分の恰好を見る。

魔物の返り血がべったり張り付いているのが見えた。


そうか……臭いか……ずっと走ってきたからな。髪もぼさぼさ、あと、多少汗臭いな……それ以前に血なまぐさいが……

自分の姿を顧みて反省する。


これでは……マイちゃんに嫌われてしまう!


「ご、ごめんなさいね。火急な用があったから……今ギルドカードを見せるわね」

私は余所行き用の言葉を使いキラキラ光るギルドカードを門番に見せる。


震える手でギルドカードを受け取る門番がそれを少し見てからすぐに私に戻された。


「イーリス様でしたか!ご苦労様です!」

「失礼いたしました。お急ぎとのこと!どうぞお通りください!」

二人が道を開け敬礼していた。


「大丈夫よ。もう5日も走り続けていたから。こんな身なりだし仕方ない……そうだ、王都は久しぶりなの。すぐに湯を浴びることのできる宿はあるでしょうか?」

「それなら、冒険者ギルド横にある『よってけっ亭』がギルドと提携して、なんと部屋風呂を完備しておりますので丁度良いかと!」

さすが若い兵士だ。そういった情報にも精通しているようだ。


「ありがとう。じゃあ、仕事頑張ってくださいね!」

「はっ!ありがとうございます!」

「イーリス様もお気をつけて!」

私はそのまま敬礼で見送られ、気分よく王都の街中に入っていった。


しかし一度気になってしまうと匂いも汚れも不快だ。早くお風呂入りたい。というかマイちゃんに心も体も『浄化』されたい!まあ実際に浄化はあのモップ女がやるのだが、そこは気分の問題だ。

そう思いながらも数年離れてはいたが、それなりに慣れ親しんだ冒険者ギルドの前までやってきた。


「ここか」

私がいた時は古ぼけた宿屋だったと思うがすっかり新しくなったんだな。ギルド横にあるその『よってけっ亭』を眺める。


「おい!おまぶっ!」

入り口を見ていた私を不意に肩を掴む者がいた。瞬間的に汚らわしい何かが触れたと感じた時には、私の裏拳がその相手に叩き込まれていた。なんだか分からないが可憐な女性の肩をいきなり掴むような輩だ。

叩きのめしたところで大した問題にはならないだろう。ガラガラと甲高い音が聞こえたので、ぶちのめしたその輩がどこかに突っ込んだか何かしたのだろうが、それよりも今は宿屋だ。早くこの身を清めなければ……


そして私はその真新しい扉を開ける。あっ!もしかしたらここにマイちゃんも泊ってるかも!そう思って少し興奮しながら受付と思われるカウンターに足を進めた。


「いらっしゃいま……」

「マイちゃん!いますか!」

「えっ?マイちゃん?ですか?」

「はい!マイちゃん5才!素敵な金髪に黒い瞳が吸い込まれそうなメイド服の天使なんです!」

私が受付の女性からマイちゃん情報を入手しようと詰め寄った。


「な、なんなんですか!そんな子、いません!と言うか、いたとしても教えませんよ!大体何しにここに来たんですか!」

「あ、とりあえず3泊ほどお願い。私は早くお風呂に入らなきゃならないの!早く身を清めなければマイちゃんに嫌われちゃう!」

ちょっと失礼な接客をする女だと思ったが、それよりもまずはお風呂が最優先だ。そう思って宿泊することを伝える。とりあえず3泊でいいだろう。


「宿泊ですね。でもここは安いと言ってもそれなりにするんですよ?」

なんだ失礼な!私はそっと白金貨とともにギルドカードを置く。


「えっ……し、失礼いたしました!イーリス様ですね!今すぐお部屋をご用意いたします!一番良いお部屋で良いでしょうか!」

「お風呂がついているなら安いのでもどこでもいいの!場合によっては暫くその部屋に住むからそのつもりでお願いするわ!」

「はい!ありがとうございます!かしこまりました!」

そして慌てて動き出したその受付の女性。


私はその女性が奥に消えていくのを見送ると、しばらくの間、待ちぼうけていた。


暫くすると、別の男がやってきて部屋まで案内された。


「現在お湯を溜めているので、もう少ししたら入れます!では私は失礼します!何かあれば受付へお申し付けください!ごゆっくりどうぞ!」

そう言って案内の男は部屋を出ていった。


私は部屋にカギをかけ、そのまま浴室へと入った。

まずは浴槽にジャバジャバと流れ出るお湯の魔道具から桶を使ってお湯を汲む。丁度良い温度だ。それを頭からざぶりと被って汚れを洗い流した。装備している軽鎧を外しながら軽く汚れを落とす。

そしてその着ている濡れた黒のウエアを脱ぎながら絞る。このウエアは上下ともそれなりの耐性付きの物である。多少乱暴に扱ったとしても早々壊れるものではない。まあ私の全力であれば引きちぎることも容易いが……


ウエアの汚れを落とすとそのままタオル掛けにひっかける。そして下着も脱ぎ桶の中でジャブジャブと軽く洗っておく。こういったところも女性の嗜みだ。洗濯もできる女なのだ。

そして全身を備え付けのボディーソープで丁寧に洗ってゆく。頭もヘアソープでゴシゴシと泡立ててゆく。洗い終わると桶で泡を一気に落とす、中々のさっぱり感を得ることができた。それに全身が良い匂いに思える。

これならきっとマイちゃんも喜んで抱き付いてくるだろう。


私は妄想で顔がにやけるのを感じつつ、溜まってきた湯船に浸かった。

「あ”あ”あ”ー」とちょっと親父っぽい声がでてしまった。まあ暫くぶりの湯舟だ。前の宿にはなかったから仕方ないだろう。お風呂なんて普通は貴族か豪商ぐらいの家にしかないからな。

この蛇口のようなお湯の出る魔道具だけでも白金貨ほどだろう。燃料となる魔石の維持費も地味にかかるようだし……


私も金だけはあったから自宅とお風呂も考えた。

だがどう考えてもゴミ屋敷になる未来しか想像できなかったから断念した。そもそも寝るだけのために家は不要だと思ったからだ。お風呂付の宿はギルド周辺にはないからな。


そんなことを考えている間に体も程よく温まってゆく。


「よし!次は……ギルドにでも顔を出すか。すでにマイちゃんがいるかもしれないし!善は急げだ!」

ザブンと急い良く湯船から上がる。


魔法袋からタオルと着替え用のウエアを出すと、体を拭いて手早くウエアを着こんでゆく。使い終わったタオルと浴室に投げ捨ててあった装備などをまとめて乾燥の場道具に放りこんだ。無防備な紙装備だがまあこの辺に私の敵はいない。大丈夫だろう。


足早に宿を出ると隣の建物へと足を運ぶのだった。


◆◇◆◇◆


「じゃあギルド長を呼んでくれよ!」

私は冒険者ギルドに到着すると受付にマイちゃんのことを聞いた。だが何の情報も得られなかった。それなら仕方ない、とマイちゃんの最新情報を掴むべくギルド長にアポを取ったのだ。


ギルドはそういった情報が集まってくるからそう言う情報はギルド長に聞くのが一番だ。守秘義務なんかもあるのだが、私が丁寧にお願いしたらきっと教えてくれるだろう。


「久々に腕がなるぜ!」

指をバキバキとならし体をほぐしてゆく。


危ない危ない。マイちゃんと再開したときにうっかり乱暴な言葉が出てしまっては嫌われてしまうから。普段から丁寧な言葉を使わなくてちゃね。と改めて頭の中に反芻する。


「ふう、ギルド長さんが私のお願いを素直に聞いてくれたら良いのだけれど……」

私は、マイちゃん向けの柔らかな口調でつぶやくと、見知ったギルド長が出てくるのをひたすら待つのであった。



あの女の気配がする……

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