23 慌ただしい朝

Side:エイダル・スカンダ


慌ただしい朝。

昨日捕まえた不審人物3名の尋問が終わったとの報告が、侯爵家の一室、当主エイダルの執務室にて行われた。


「それで、口を割らせることはできたのか?」

「はっ。濁しておりましたがやはりワルジー様の計略で間違いないようです」

「そうか……」

報告を受けたエイダルはがっくりと肩を落とした。


報告をしているのは黒装束の者。真っ黒な仮面に目元だけ少しばかりの穴があいており、そこからきょろきょろと動く目だけが見えている。中肉中背でありふれた体形、目の前に居てもかろうじて気配が読み取れるほど存在感が希薄な男である。


この男が侯爵家お抱えの諜報部隊の長、名無しと呼ばれる存在である。


「言葉は濁しておりましたが忍び込んだ三人のリーダーの男ですが、身内の者を依頼主に攫われ従わざるえなかったと……真偽はまだわかりませんしそれがワルジーの手の者とは吐きませんでしたが……」

「そうか、だが奴ならやりそうなことだ。で、侵入経路は分かっているのか?」

「本日の当番兵の中にどうやら買収された者が混じっていたようです。早朝にその者を問い詰めたらあっさりとワルジー様から賄賂を受け取り、交代時間をあの男たちに漏らしたとか……」

「なるほどな……」

顎に手をあて何やら考えているエイダル。


「その件については私の不徳の致すところ。雇入れる際の裏取りが不十分でした。申し訳ございません」

室内に待機していたセバスはそう言って頭を下げた。


メイドや護衛に至るまで、雇い入れる際に下調べをして敵対関係の当たる貴族や商人との関係、軍部や魔法局の派閥に到るまでを確認して採用に値するかを判断する役目を負っているのだ。


「いや、セバスのせいではないよ。おそらく金を握らせたらその程度、と漏らす人間はいるだろう。誰であっても信用はできん。それよりも屋敷内ならと警備を最低限にと指示していた私の落ち度だ」

首をふりながら否定するエイダル。


どんなに下調べに問題がなくとも「そんな事なら」と物事を軽く考えてしまう者もいる。そう言った者達に金銭やその他の利益供与があれば口が軽くなってしまうだろう。

何より情報が漏れたところで対処できる体制を作っておく必要があるのだ。少なくとも今が大事な時だというのは分かっていたはずなのに、多忙を言い訳に改善を指示しなかったのは自分である。


今回そこをおろそかにしてしまった自分の責を認めるエイダルに「旦那様のせいでは……」とセバスも口を開いたのだが、それはエイダル本人による「いや言うな」という言葉で制された。


「まったく、今は西側諸国もいつ攻めてくるか分からぬという危機的な時に、あろう事か私益に走るとは……」

「リーニャ様の生誕パーティが近いからでしょう。その前に何とかしようと悪足掻きしているのでは?」

男の言葉にエイダルはまた深いため息をつく。


現在西側諸国では、その中で一番国力の高い共和国がまとまりつつあり、そこに魔法騎士団を持つ神聖国、金で動く獣人国などが手を取り合い、この王国を攻めんとする動きが確認されている。

まだその時が迫っているというまでではないが、何時攻めてきても対処できるよう、我ら東側諸国も結束を深めそれに備えなくてはいけないのは確かである。


ワルジーの頭の中には、まもなく予定している娘、リーニャの13才の誕生日のセレモニーを何とか面倒ごとに変えてしまいたいという思惑があるのだろう。そこには王族も来られる予定でもあるからだ。

そこで恐らくリーニャと皇太子ヘラクル・スーリヤ殿下との婚約が取り付けられるというのはすでに噂となっている。恐らくその噂の出元は王族側からであり、外堀を埋めるという意味合いもあるのだろう。


リーニャにはまだそう言ったことは早いと思っているのだが、侯爵である自身の立場とすれば王族からの打診もあり無下には断れない状況だ。何よりまだ世継ぎが生まれていない当家の地位を盤石にせねばならない。

王家の後ろ盾を得ている間に嫡男を作らねばならない。


エイダルはワルジーの様に妾を何人も侍らせポンポンと子をすことを良しとはしない。妻であるマリアンには生涯を尽くすと言って娶ったのだ。何より他の女など考えもしていない。


「まずは奴にはキツイお仕置きをしておこう。しばらく身動きとれんようにな……手段は任せる」

「はっ……暫くこちらに構っていられない程度に対処させていただきます」

どうやら話はついたようで、その黒い仮面の男はいつの間にか闇に消えていった。



Side:ユイコ


昨晩の余波で少し慌ただし朝。

マイちゃんは朝、トイレで私に「マイ、きのうは……なにもなかった?」という恥じらいというウルトラレアな表情を頂いたので今日も朝から魔王が倒せそうだと思った。『何もなかったよ』と伝えると満面の笑みが返ってきた。可愛い。


『でも悪い奴らが忍び込んできたからお外に放り出しておいたよ。だから何か聞かれたらマイちゃんがやったことにしておいてね!』

「わるいやつ?うん!わかったのー!」

ご機嫌でトイレから出たマイちゃん。


そしてリーニャちゃんに「悠衣子さんとはお手洗いでもおしゃべりしてるのですね。楽しそうで少し羨ましいいですわ」と言われていた。ご希望ならご一緒しますけど?


朝食時、少し遅れて当主エイダルが登場。

少しこちらに視線を向けるが、すぐさま視線を戻し朝食を食べ始めた。疲れた心を癒したいのか知らないがお隣の奥様マリアンさんとイチャつくのは止めてほしい。私もマイちゃんにアーンってやりたいのに!


食事を終えるとセバスさんがこちらへやってきた。何気にエイダルも聞き耳を立てている様子。きっと昨日のことを聞きたいのだろう。すでに多少は知っているくせに……


「マイ様、ちょっとよろしいでしょうか?」

「セバスちゃんなーに?」

セバスさんにちゃん付けという禁断の呼び方をするマイちゃん。男性にちゃん付けは、まああるけどあまり好ましくない。だがセバスさんにおいてはしっくり来てしまう……それにセバスさんも孫を見るように目を細めて嬉しそうだ。


「昨夜なんですが……何かありましたでしょうか?」

「うーんと、わるものきたからポーイした!」

そう言いながら何かを下手投げするようにジェスチャーしているマイちゃんは笑顔だ。私は今日も脳内にマイちゃんを焼き付ける作業に忙しい。


「ポーイ……ですか。それで、お怪我などはないのでしょうか?」

「だいじょうぶだよ!マイ、つよいから!」

「そうでしたね。またもリーニャ様をお守り頂きありがとうございましいた」

そう言って深々と頭を下げるセバスさん。エイダルやマリアンさんも頭を下げている。本当に良い人たちだな……


「マイちゃん!昨日そんなことあったの?」

「えっ、うん」

そしてリーニャちゃんが知らなかった出来事に驚いていた。まあ当然だろう。そしてマイちゃんを抱きしめて……なんだろう、もうイチャイチャする感じでじゃれてる二人。このままベットの上なら何かが始まってしまいそうなぐらいで……


私もちょっと興奮してきてしまう。

そんな興奮を抑えるように早朝でのことを思い出す。


新たに得た『聞き耳』の性能を確認するように意識を様々な場所へと思い描くと、まるでそこを歩いているように移動することが可能だった。

何を言っているのか分からないかもしれないが、イメージとしては壁や床などをすり抜けることのできるドローンのようなものだ。


そして地下の方からは悲鳴の中にポツポツと経緯を話し出す男たちの声が聞こえた。拷問でもされているのか別の男のピーな声が聞こえたのでちょっとちびりそうになり、一旦『聞き耳』をやめた。


そしてさらに探った別の一室からエイダルと聞いた事の無い男性と思われる人の声が聞こえた。途中からセバスさんの声も聞こえた。やっぱりワルジーの策略っぽいことも言っていた。それに戦争?何やらきな臭い言葉も……


どうせ巻き込まれることになるんであれば早々に解決してほしい。

だいたいがワルジーって名前……あのアホ女神がこの配役にするために適当につけたのではと疑ってしまう。そして戦争までの波にのまれるマイちゃんをハアハアして眺めているかもしれない。


そんなことを言っている間に、マイちゃんとリーニャちゃんのイチャラブタイムは終了し、本日予定していた休暇日はリーニャちゃんと街へお買い物に行く流れとなった。ご馳走様でした!



Side:ワルジー・スカンダ


「くっそー!使えん奴らだ!」

時刻はお昼前。


前日の暗殺が失敗に終わり、事後報告を受けている男は、私室の大きな灰皿を床に投げつけ当たり散らす。


エイダル侯爵の弟にあたるワルジー・スカンダである。悲鳴を押し殺しながら片づけをするメイドさんの身になってほしいものである。


「それで!大丈夫なんだろうな?奴らは有名な盗賊団?盗賊コンビ?よく分からんが依頼主の素性をばらしたりはしてないんだろうな!」

「な、なんとも言えませんが多分大丈夫かと……」

その言葉でワルジーに睨まれる報告者となった執事っぽい男。


ワルジーは顔を真っ赤にして自慢の豪華絢爛な椅子に座り考えていた。もう時間はない。兄のエイダルには娘しかいない。リーニャさえ殺せば皇太子殿下との婚約も当然なくなるのだ。そうなれば奴の家はボロボロだ。

皇太子殿下の方は何ならうちの娘と婚約させてもいいな。もしくは息子を皇女様に……そして私の手引きによって共和国に攻め入らせて俺はこの国の王、いやその時は共和国の一員だからな、この領の領主となるのだ。


すでに暗殺は失敗したというのに叶わない妄想に思いを馳せるワルジー。そして「はっ」と失敗したことを思い出しまた怒りのままに手近なものを投げつける。人の迷惑を顧みない男である。

だが、この後まさかの買収した侯爵家の兵士から自分のことが漏れ、制裁が加えられる事になるとは、思ってもいなかったようだ。


その日からワルジーという男は、貴族として公の場に出ることは無くなった。

この男の代をもってスカンダ家の分家としてかろうじて存在していた家系はついえることとなった。


このことで西側諸国との戦争の時期が少しだけ遅くなったのはここだけの話である。



マイちゃんとリーニャちゃんがくんずほぐれつ……私も今すぐマイちゃんの背中から飛び出てその間に入り込みたい!という興奮に思わず『浄化』が漏れてしまったのは仕方ないよね!尿漏れならぬ浄漏れ?

私は何を考えているのだろう。

さっ!それより一刻も早くマイちゃんを堪能する作業に戻らなくちゃ!

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