心躍るアセンブル!

「なあ、これはシンプルな疑問なのだが、なんでパイロットに僕を選んだんだい」


 夜、ミクミの拠点にて。

 レンチを手に、タブレット端末とにらめっこしているミクミの傍に工具箱を置き、ライロウは問う。

 彼女の視線は眼前に膝をつく7m級多目的作業用遂行機“七八式兎鉄”の脚部関節辺りで据わっており、彼に目を向けようともしていない。


「考えてみたんだが僕はやっぱり素人だ、遂行機の素人じゃない、そもそも戦いをやった記憶すらないんだよ」

「へー……」

「君とは昨夜からの長い付き合いだから分かる、君ってけっこう計算高いだろう、僕を選んだのには理由があると踏んでいるんだけど」

「そうなんですね……」

「なんだかんだ言って胆力もあるじゃないか、その勇気で腕利きのパイロットに声をかけることもできたろう、なぜ古いサイボーグなんかに賭けてみることにしたんだ?」

「うん……」


 ダメだ、要領を得ない。

 彼女が兎鉄を弄りはじめたのが今日の昼頃、それからは時々ライロウに「棚に置いてるオイルをとってください」だとか「この部品は私の足元からのけておいてください」と指示をするばかりで、それ以外の時間は会話をしようとしても上の空が返ってくるだけだった。

 日が落ちてしばらく経つが彼女はほとんど休憩を取らずに兎鉄の改修を続けている、凄まじい集中力だが、唯一その集中の糸が切れる条件があった。


「なぁミクミ、この兎鉄なんだが、他の遂行機に無い特殊機能みたいなのはあるのかな、変形みたいな」


 問うた途端、彼女の動きが鈍くなる。

 ミクミは遂行機にただならぬ愛を以て接している、故に他でもない遂行機そのものの話になれば、スイッチを切り替えるかのように関心を向けてくれるのだ。


「ん……えと……そういうのは無いですが、この子のOSは旧型戦闘用遂行機の流用なので、現行機には搭載されていない戦闘シミュレーションモードがありますよ……?」


 兎鉄──鈍い銀色を携えたこの機体は元作業用というだけあって、弾痕などはなく、戦闘以外でついたであろう傷が目立つが、ミクミの整備と改修によって良い状態を保っていることが素人目でも分かる。

 さながらウサギのようなアンテナが2本備えられた頭部は複合センサー式からモノアイ式に交換されており、特に手の込んだカスタムが施されているように見えた。


「えっと、じゃあ次……君が交換したあのセンサーはモノアイ式と言ったかな、それから全体的に装甲を増やしてるようだが、カスタムパーツは君が作ったの?」

「い、いえ、新規パーツを作るお金はウチにはありませんから、他機体からの移植が主です……ですが規格が合うよう調整しています! そもそもこの子は七八式という旧モデルなのですが、この子は戦闘用ではないにも関わらず高い汎用性から後の機体の設計ベースとして広く使われているんです、だから互換性のある部品が多いんですよ」

「てことは増加装甲とかは兎鉄の子孫から流用してるんだ」

「はいっ、でもこの子に搭載してる複合センサーだけはちょっと違うんです、これは元々スナイパータイプの主兵装に使われている倍率変更スコープセンサを使っています、複合センサーの強みである多機能性は損なわれましたが、代わりに近接戦闘能力への適性と射撃精度の両立を──!」


 普段は縮こまっている子がこんなに早口で喋れるんだ、と感心しながら聞いていると、ミクミは途中で話すのをやめ、あー、とか、うー、とか短く繰り返した後、兎鉄に向き直ってしまった。

 目元が隠れているせいかやはり感情は読み取りにくいが、半開きの口と赤くなった頬を見るに、あまり良い心持ちでない事に察しは付く。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……気持ち悪いですよね……」

「マシンが好きなんだね、僕はいい趣味だと思うけど」

「あ、ありがとうございます……機械は好きだし信頼できます、人間よりもずっと、うへへ……」


 たまに素直じゃない子もいますけど、と小さく続けて、それからは、やはり黙々と兎鉄の改修作業に戻ってしまった。

 七八式兎鉄、アオサカ町、やむを得ずに継がなければならなかったキタヲ重工の社長の座、今やそれだけがミクミのすべてだ、夜が明けたら試験が始まり、そこで何もかもを失うかもしれない。

 ライロウと継ぎ接ぎの遂行機には荷が重い、それに、彼には出会ったばかりの少女に強い思い入れを感じられるほどの情緒もない。

 だが戦うには動機が必要だ、たとえ仮初でも理由さえあれば戦場に立つ勇気くらいは奮うだろうから。


「待ったミクミ、兎鉄のコクピットを弄る予定が無いなら今から乗ってみてもいいかな」

「え、えっと、大丈夫ですが、どうかしたんですか?」

「兎鉄には戦闘シミュレーションモードがあるらしいから」


 とりあえずは──“目覚めが悪いのは好きじゃない”でいいだろう。


  ◇


 遂行機のコクピットは一部の例外を除き、リュックのように背負った“コアパック”の中にある。

 兎鉄も例に漏れず、乗り込む際は機体の背に回って機体をよじ登る形で乗り込むのだが、大きく口を開けてパイロットを待っているコアパックに滑り込んだライロウは、しばらくその内側を見回して違和感を口にした。


「ミクミ、兎鉄は複座型なのか」


 メインとなる操縦席、そのすぐ後ろにサブモニタと計器類が備わったシートがもうひとつ。

 ほどなくして、少し遠くからミクミの声が返ってきた。


「オペレーターがそこに座るんです、私たちにオペレーターはいませんので、実戦ではライロウさんしかコクピットに座りませんが……」

「ミクミがオペレートしてくれればいいんじゃ?」

「い、嫌です! 私はただのエンジニアなので……!」


 遂行機を愛する少女、しかし、やはり遂行機に乗るかどうかという話になってくるといつもより強い言葉で拒否を示す。

 ライロウはこれ以上の言及をしなかったが、少し残念に思いながら頭上のハンドルを引いてコクピットハッチを静かに閉めた。

 コクピット内が完全な密室になった直後にうす暗いルームライトが彼の手元を照らし、正面のメインモニタが何度か“ぷつぷつ”と音を立てた後、見慣れないBIOSが左端から順にモニタを彩ってゆく。


 “HAL-OS ver.1978”


 その文字を最後にモニタは一度暗転し、すぐにシミュレータのUIを表示した。


(起動後のデフォルト設定でシミュレータが立ち上がるのか? 火を入れないとこうなるのか)


 彼は兎鉄を動かすためのエンジンキーを受け取っていない、主動力となるエンジンを動かせないのだから、当然機体も動かない。

 だが駐機状態でもパイロットが乗れば予備電源でシステムは立ち上がる、それにしても起動してすぐにシミュレータが起動する設定には疑問に思う所があるが。


(試してみよう)


 操縦桿を動かし、シミュレータを実行する。

 短いローディング画面を挟み、粗末なローポリゴンの街がメインモニタいっぱいに映ると、彼はとりあえず壁面のパネルを操作して機体の状態をサブモニタに映し出した。


(武器はハンドガンが1丁、手投げ式グレネードが5つ、移動補助はワイヤーアンカーとダッシュホイール、随分貧弱なような……)


 どう戦うものかとふけっている間に、控えめな警告音と共にカクついた仮想敵がローポリゴンの街の中に生成されてゆく。

 その数およそ10機、それも固まった位置にいるのではなく、それぞれが違う装備を持ち、違うポジションに陣取っているらしい。

 とりあえずは目の前に生成された1機を排除しなければならない、操縦はしたことがないが、彼には不思議な自信があった。

 

(まずはハンドガンでけん制をして、装甲を抜けない場合は関節を狙う……)


 ライロウの狙いは精確だ、メインウエポンのハンドガンでは敵の装甲を貫通できないと分かったら脚部関節に狙いを変え、敵機の射撃を回避しつつ同じ位置を狙い続ける。

 何度も執拗に同じ個所を狙い、敵機の足が壊れたとみたらグレネードを投擲、回避不可能な爆発を浴びせて1機目を撃破──

 

(こういう手合いにはワイヤーで3次元機動、スナイパーの視界はグレネードの爆発を煙幕代わりに……)


 ──その後も手を変え動きを変え、少ない手札で仮想敵を撃破してゆく。

 素人ができるはずのない動きも幾度繰り返し、全機を殲滅し、リザルトスコア画面が表示されたあとでようやく気が付いた。


「操縦、できてる」


 ただ動かし方を知っているだけではない、武装の扱いと戦術の組み立て方、人型兵器戦の基礎の応用に至るまで、さも当然であるかのように行える。

 意識せずとも腕が、指が、足が機体を動かしてしまう、正しく体が覚えているという感覚だ。

 サイボーグだというなら分からない話ではない、知識や経験をデータとして記録しておけば、自意識がどうであれ知らないマシンを操縦できるということかもしれない。

 だがここは新昭和2030年、ライロウにとっては未来の世界だ、仮にライロウがある程度の兵器を扱えるよう作られていたとして、遥か未来の兵器とフォーマットが共通しているはずもないのに。

 

「けどまぁ、悪い感触ではなかった」


 リザルトスコア8923点、ランク2位。

 懐かしさともとれる手ごたえを感じ、彼は緩めていた手に力を入れ、再戦のために操縦桿を握りこんだ。

 

  ◇


 数時間後。

 もう日も昇ってしばらく経とうという頃、ライロウはようやくシステムを落とし、背伸び代わりにそこそこ勢いよくコックピットハッチを開け放つ。


「うひぁ!?」


 工具を握ったまま兎鉄に寄りかかって寝ていたミクミが変な声を出して飛び起き、コートの袖で口元を拭ってライロウを見やった。


「し、静かにハッチを開けてください……心臓に悪いので……!」

「ごめん、もう朝だし起こしといたほうがいいかなって、というか脅しをかけてる相手の近くで爆睡ってのは危険じゃない?」

「う……確かにそうですが……で、でも大きな音で起こすなんて……もう……これだから誰かと一緒にいるのなんて……」


 文句を言いながら起き上がり、タブレット端末を片手にガレージの隅に固めて置いてある栄養ドリンクの瓶を1つ手に取るミクミ。

 彼女は片手で瓶の蓋を開け、視線を端末に向けたまま、くぴくぴと音を立てながらドリンクを喉に流しこみ始める。

 

「ミクミ、ちゃんと固形物のご飯を食べないと早死にしちゃうよ」


 親でもないのに親のような事を言ったせいか、ミクミの頬が不服そうに少し膨らむ。

 自身の命を握っている相手を怒らせても良いことはない、フォローをための言葉を考えていると、ミクミの方からライロウに言葉をかけてきた。


「シュミレータはどうだったんですか」


 ライロウの脳裏に浮かぶのはリザルトスコアのランキング。

 彼はあの後も休むことなく戦闘のシュミレートを続けた、その戦闘のいずれにおいても自機の損傷を最小に抑え、回数を重ねるほど洗練していく動きで仮想敵を滅してきた。

 だが、夜が明けてもなお、ついにランクは2位止まりだったのだ。


「才能あるかもって思った」

「ふ、ふふ、やっぱりそうですよね、昔のサイボーグは皆そうなんです、操縦できるんです」

「やっぱり、知ってて僕を選んだのか……でもなんで未来のマシンを操縦できるんだ? 僕の居た時代も遂行機があったの?」

「そこまでは私も……大昔の事なんて、ほとんど記録に残ってませんし……」


 ぐい、と瓶の中身を飲み干し、短く息をついて拠点の出入り口扉に向かうミクミ。

 ライロウも後を追って兎鉄の背から飛び降り、何か言いたげな彼女に並んだ。


「少し外の空気を吸いましょう、試験まで残り3時間はありますから、ライロウさんも身体を動かしておいてください」

「賛成、外は好きだ」


 錆とチリごみで軋む扉をくぐり、作り物の朝日を全身で浴びる。

 景色は相変わらずゴーストタウンそのものだが、空は澄み渡った快晴である。

 2人して歩き出して流れてゆく景色を静かに楽しむ、ライロウにとってはこれが最後の自由な時間となるのかもしれない。

 何せ彼は試験を通過するために目覚めさせられたサイボーグだ、試験が良い結果になるならまだしも、悪い結果に終わればお役御免となる可能性が高い、ミクミも全てを失った上で価値のない人形を持て余すような温情はかけてくれないだろう。


「試験の内容は開始直前に通知されますが、ほとんどの場合は実戦形式です、心の準備は済ませておいてくださいね」

「へえ、実戦なんだ、スパルタだ」


 彼が空に目を向けたまま返事をすると、ミクミも同じ方向に視線を向けた。

 ライロウが見ていたのは飛行機雲である、地下でも飛行機が飛ぶことに、関心と違和感のようなどっちつかずな感覚を向けていた。

 

「ミクミ、地下都市でも飛行機は飛んでいるのかい?」


 立ち止まるミクミと、少し遅れて止まるライロウ。

 彼女は今までライロウの疑問には大抵答えてくれていた、だが、今の何気ない疑問には何も答えてくれない。

 それどころか、彼女は空を見上げたまま半開きの口を閉じようともせず、前髪の隙間から覗いた顔色はひどく青ざめているように見えた。


「ミクミ?」

「あ……えっと……アオサカ町上空は飛行機の通過ルートではありません、見えている機影は1つ、隣町はいずれも遂行機中隊を所有しています、相手取るには1機では戦力的に不足でしょう」


 一文字に進んでいた飛行機雲が突然真下に曲がり、地の底から何かがせり上がってくるかのように、機影が町に近づくにつれてエンジンの轟音が周囲で響き始める。

 拠点に戻るか、一旦隠れるか、そんな判断を下す間もなく一際強い風が彼らの頬を掠め──


「で、ですがアオサカ町なら1機で十分制圧可能……!」

「ああ……今分かった、消去法か」

 

 ──いくつかの建物を隔てた向こう側で音が止まり、土煙が高く上がった。


「あれは私たちを襲いに来た……飛行型の遂行機です!」

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