地下都市トーキョーのルール

 新昭和2030年、冬の朝。

 古雑誌や機械の端材を重ねたものを椅子代わりに、ライロウとミクミは向き合っていた。

 決して広くない空間の中央には7m級多目的作業用遂行機“七八式兎鉄”が鎮座しており、窓から差し込む朝日と室内の電球からの明かり受け、汚れた銀色が鈍く反射している。

 ここはミクミが所有している遂行機用メンテナンスルーム兼、格納庫兼、生活スペースであるらしく、部屋の隅には彼女の衣類や私物と思わしきプラモデルキットの箱が散乱しているように見えた。


「い、一応私の部屋ですから、あんまり見ないでもらえますか、ライロウさん」

「いやごめん、似たようなコートばっかり置いてるなって」

「私の服の趣味なんて見ても楽しくないですよ……」


 目が覚め、ライロウがミクミに脅迫されたのが夜の出来事で、今はすっかり朝日が昇っている。

 夜が明ける頃にはライロウもある程度動けるようになっており、体中にあった違和感も、今ではほとんどなくなっていた。


「それで、説明した内容については覚えていますか?」

「ここが地下都市トーキョーって場所ってこと、遂行機のレギュレーション規制法によって戦闘で死人が出ることは滅多にない、ってトコだね」


 あの後もライロウはミクミから詳しい事情を聞いていたが、やはり、彼にとってはどれも突飛であった。

 最早逐一驚くようなことはしなかったが、しかし特に印象に残っているのは、この場所が地下に建造された巨大都市であることや、国家の代わりに企業連邦が統治をしていることでもなく、この世界で行われる人型兵器“遂行機”同士の戦闘、これによって死人が出ることはないというところだ。

 あり得ないことだ、兵器とは殺して破壊するための道具だ、それを用いた戦闘で死人が出ないなどと。


「はい、遂行機は地下都市トーキョーを管理している“地下都市管理委員会”が定めたレギュレーションに則って開発と運用が行われなければなりません、出力や耐久性なんかもかなり規制されていますし、戦闘続行が不可能であればその時点で勝敗が決します」

「それで、地下都市トーキョーでは遂行機を使った問題の暴力的解決が許容されていると」

「そ、そうです、付け加えると、それでも一般人がむやみに遂行機を使って戦闘をするということはあまりありません、交渉や喧嘩くらいで済むなら、そのほうがよっぽど効率的なのには変わりませんから」


 この地下都市トーキョーでは、遂行機を使った暴力的解決が認められている。

 ただし、先ほどミクミが話した通り、交渉や少しの喧嘩くらいで済むことなら、わざわざ遂行機を持ち出すことはないらしい。

 それはそうだ、少しのすったもんだで人型兵器を持ち出すなんて馬鹿げている。

 遂行機はあくまでも最終手段、個人や組織が持つ抑止力そのものであり、同時に奪う力であり、抗う力だ。


「で、でも私には遂行機は扱えません、遂行機を所持している上で扱えない場合は戦闘は発生せず、戦うまでもなく敗北の判定が下されます」


 そう、抑止力。

 それ故に、遂行機を扱えないことが何を意味するのかは想像に難くない。

 悪意に晒されたとしても抵抗すら許されないのだ、それが不条理や理不尽だとしても受け入れるしかない。

 

「そういえばまだ聞いていなかったね、ミクミはなんで遂行機のパイロットをやらないんだ?」

「え、え!? お、あ、お腹痛くなっちゃうから? あっえっと、違……画面よく見えないから? う、ううん、ペダルに足届かなくて……」

「誤魔化すのビックリするくらい下手だな……あぁしまった待ってくれ、これ以上は詮索しないからスイッチは押さないで」


 ミクミは以前の脅しで味を占めたのか、会話の中で都合が悪くなるとポケットからライロウ殺しのスイッチを取り出すようになってきた。

 今回も例に漏れなかった、あまり話したくないことなのだろう。


「ペダルに足が届かないってことにしておこう、確かに君、かなり低身長だし」

「あっあっ、生きててごめんなさい……」

「この時代だと低身長ってそんなに酷い暴言なの?」

「いえ、その……ライロウさんは事実を言っただけですから……気にしないでください……」


 ミクミは常にオドオドとしており、ちょっとしたことでも謝るくらいネガティブだ。


「ところでミクミ、僕の時代では、気分転換するときは散歩とかしてたんだけどさ」


 脅され、人権を奪われている立場のライロウが気に掛けてしまうくらいには、彼女はとにかく湿っぽかった。

 

 ◇


 地下都市トーキョー、アオサカ町。

 それが彼女の住む町の名である、ライロウにとっては未来の世界でありながら未来を感じさせる建造物は一切なく、古びた民家の並びに時々シャッターの閉まった店があるような、こじんまりとした景観だ。

 そして空からは燦燦と降り注ぐ日光と小雨のような雪の粒、ここは地下都市だというのに、おかしな話だ。


「地下なのに空があるんだね」

「空を映したディスプレイです……」


 ミクミの返事に、ははぁ分かってきたぞと心中で余裕ぶってみるライロウ、未来の世界と地下の巨大都市とくれば、まあそんなところだろうというのは予想がつく。

 それよりも解せないことがある、2人が散歩を初めて10分くらい経つが、誰の気配もしないのだ。

 アスファルトの隙間からは雑草が茂り、信号機は点灯せずに、横断歩道を渡る時でさえなんの反応も示さない。

 人が少ないだとか、過疎だとかいう次元ではない、この辺りには実際に誰もいないということである。


「あの、何が言いたいかは察しがつきます、この町は私しか住んでませんから……」

「ミクミが一人で? でも町長とかは?」

「町長は大昔の概念です、町や地区というのは、その地域に拠点を構える企業が代表として管理することになっています……アオサカ町は私のお父さんが管理していました」


 足を止め、彼女は電柱に張り付けられている色褪せたポスターに目をやる。

 所々が破れ、汚れており、ポスターの内容を全て読み取ることはできないが、“明るい町”と“キタヲ重工”の文字だけはかろうじて生き残っていた。


「キタヲ重工の社長は──お父さんは1年前に失踪しました、だから私が継いだんですが……遂行機を使えない企業なんて、他企業にとっては都合のいい餌です」

「話が見えてきたぞ、防衛力を失ったアオサカ町は1年前から徐々に周囲の企業に吸収されつつあるってことか」

「は、はい、それでもう、アオサカ町の管理エリアは、ここまでなんです」


 ここ、つまりは彼女の拠点から10分くらい歩いた程度の場所にある、この電柱まで。

 どれだけ甘く見積もっても彼女の拠点から1kmくらいしか離れていない、何も拠点からこの場所までの道だけが管理エリアというわけではないのだろうが、それでも、たかが知れている領土なのだろう。


「あの……ちょうどいいので、これからの事についてお話します、ライロウさんも困ってますよね、漠然とパイロットを任されるなんて」

「願ってもない提案だ」


 ミクミがポケットに手を入れ、彼女の手の平に収まるくらいのタブレット端末を取り出して、暗い画面をライロウに向けた。

 端末が点灯するまでの短い間、暗い画面の反射がライロウの顔を映して、彼はようやく自身の姿を知った。

 のっぺらぼうの口、双眼鏡を貼り付けたような目、深く被ったフード、覆面の人間と言えばギリギリ誤魔化せるだろうか。

 そんな彼の顔は、光が灯った画面の内容を目にしても、やはり微動だにしなかった。


「“地下都市管理委員会”による、“傭兵登録試験”……?」


 ミクミに画面を向けてもらいながら、硬い指先でその見出しをスクロールする。

 たまに図解を挟みながらつらつらと文字が続いており、あまり長くないそのページを読み終え、顎に手を当ててみる。

 傭兵、それは多額の報酬と引き換えに、自らを戦力として買ってもらうモノ。


「私は傭兵としてお金を稼いでアオサカ町を再建したいと考えています、機体を強化して、人を雇って、誰にも負けない町にするんです」

「だがミクミ、これは……」


 遂行機を使って速やかな暴力的解決を促すことと、遂行機を使って傭兵として暴力を行使すること、その2つの権利は似て異なることで、イコールでは結べないらしい。

 遂行機の使用は地下都市トーキョーに住む者なら誰しもが持っている権利だ、そして傭兵は金で雇われて遂行機を行使する存在。

 要は戦えれば傭兵としては申し分ない、であれば、地下都市トーキョーの誰もが傭兵になれてしまう。

 皆が戦いを生業にしてしまうと問題が起こる、社会のインフラに従事する者が減り、傭兵の比率が過剰に上がれば地下都市トーキョーの機能は低下する、極端だが可能性の無い話ではない。

 故に、それを良しとしない“地下都市管理委員会”は、受験者の覚悟を試すことで傭兵の全体数を調整することにしたのだろう。

 

「試験に失敗した場合は、資産の一部を回収するものとする」


 画面の注意書きを、ミクミがそのまま口にした。


「私が払える資産は、もうこの町だけです」


 傭兵試験に失敗すること、それはミクミが全てを失う事と同義だった。


「で……でもいいんです、どうせアオサカ町は、このままでは遠くないうちにキタヲ重工ともども他企業に吸収されてしまいます」


 その前に傭兵になり、資金を増やして町を守る。

 こちらの手札は戦闘用ですらない遂行機が1つと、素人同然のサイボーグのパイロット。

 賭けにしても分が悪すぎる、他の方法があるのならミクミとてそうしたいはずだが、明日の朝には自分の居場所が無くなっているかもしれないとなれば、手段は選べない。

 

「ライロウさん、あなたに対して説得ではなく脅しを使ったのは、あなたの納得を待つ時間が無かったからです……」


 ミクミの指がさらに画面をスクロールする。

 並んだ文字列は簡潔で。

 ただ、“試験内容の通達まで 23:36”と、それだけだった。


「……試験は、明日ですから」

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