第19話 蚊帳の外


 第二森林区には、静けさが戻る。


 森がさざめき、自然な形で揺らいでいる。


 幾多の戦いを終え、正常な空間に戻ったように見える。


 場に残ったのは、一人。肩に乗るニワトリの頭を撫でる男がいた。


「蚊帳の外か……。さて、どうするか……」


 ベクターは、エリーゼ陣営の一部始終を見届ける。


 残るのは、死闘の繰り広げた鹿の悪霊と、狂戦士の残骸。


 地面には金と黒の鎧が転がり、持ち主は粒子となり消えていく。


 自然と足が赴くのは、黒い鎧の方。戦う意思すら削がれた強者の末路。


「頭を一撃……。並みの使い手じゃなかったな……」


 黒い鎧の首元を指でなぞり、感触を確かめる。


 センスは芸術系。感覚の読み取りは感覚系に劣る。


 ただし、鈍い肉体系に比べれば、遥かに適性があった。


(ん……? こいつは……)


 ほんのりと残ったセンスの残滓を読み取る。


 そこから多少は、使い手の感情が分かってくる。


 言動から考えれば、それは違和感が残るものだった。


「濃い殺意……。身内に向けていいもんじゃないだろ……」


 目線は、ルーカスと呼ばれた男が去った方に向く。


 放置すれば、あの少年を確実に殺す。それぐらいの殺意。


 止めるだけのように見えたが、明らかに裏があるように感じる。


 狂戦士を殺すためなら納得がいくが、漂う残滓がそれを否定している。


「おいおい、継承戦の裏で何が行われようとしてる……」


 悪霊よりも、真に恐れるべきは、人間。


 実体があり、陰謀を企てられる厄介な存在。


 そんな当たり前のことに気付かされてしまった。


 ◇◇◇


 第二森林区の西端に位置する場所。

 

 そこでは、敵陣営同士の談合が行われていた。


「あなたと組むって……つまり、味方を裏切れってことですか?」


 第五王子陣営のジェノは、聞き返す。


 相手は、第四王子パメラ・フォン・アーサー。


 白き神と体の情報を餌に引き抜きの交渉をされていた。   


 その場にはパメラが従えている唯一の側近。狼男の姿もあった。


「そうだねぇ。継承戦が終わるまで、第五王子とは縁を切ってもらおうかね」


 パメラが提示したのは、情報に対する対価。


 互いの損得が釣り合わないと交渉にはならない。


 こっちにとって、情報が得なら、縁切りは損になる。


(情報は喉から手が出るほど欲しいけど、その分、リスクも高いな……)


 提示された条件を前に、ジェノは思い悩む。


 縁を切れば、サーラと敵対してしまうことになる。


 そうなれば、白き神に操られた誤解は解けないままだ。


 つまり、止めるという名目を保つルーカスに殺されてしまう。


 これがリスクだけど、話に乗れば、症状を改善できる可能性もある。


 一長一短。思い悩めるのが、操られていない証だけど、正直、複雑だった。


(受けるかどうかも重要だけど、問題は……)


 ジェノは思考を回し続け、考えをまとめていく。


 即断はできない。それなら、選択肢は自ずと絞られる。


「あなたの持つ情報は正しいと証明できる、客観的根拠はありますか?」


 どちらかと言えば、交渉は得意な分野だった。


 だからこそ、思いついた。この確認は必須事項だ。


 縁切りが目に見えた損に対し、情報は目に見えない得。


 後から、情報は嘘だった、と言われたら目も当てられない。


 もし、これが答えられないなら、交渉する余地なんてなかった。

 

「あたいは、この狼人間……ガルムと感覚を共有できる。そこから、アルカナと侍従の会話を盗み聞いたのさ。ソースは言わば、人の噂。伝聞だね。客観的に正しいと証明できるだけの根拠はないよ。感覚共有の能力は証明できるけどね」


 パメラは、正直に思っていることを述べた。


 取り繕っている感じも、嘘をついてる気配もない。


 というより、不利になるような嘘をつく意味がなかった。


 最近知ったのなら、今になって仕掛けてきたのにも納得がいく。


「能力の件は信じます……。それより、侍従って、どんな人でした?」


 ただ、噂の出所が誰なのか。それが一番の肝だ。


 相手によっては、無条件で信じられるほどの価値がある。


(もし、噂の出所が彼女だったら……)


 ジェノは、ある人物の姿を思い浮かべる。


 適性試験の地獄を共に生き抜いてきた、仲間。


 最終試験にまで残って、唯一不合格になった相手。


 不器用で、我がままで、下手くそな敬語が特徴的な人。


「短い紫髪の、バニースーツを着た……名前は、確かメリッサだったかね」


 パメラの口から語られたのは、一人の名前。


 間違えようがない、外見的な特徴も揃っている。


(はぁ……。困ったな。損得で考えれば、ちょうどイーブンだ)


 それは、無条件で信頼できる人物の特徴と一致していた。


 彼女の口から出た言葉なら、ほぼ間違いないと思っていい。


 自分にしか分からないだろうけど、根拠としては十分だった。


(後は受けるかどうか、決めるだけだな……)


 利害関係を取るか、家族関係を取るか。


 目の前にあるのは、シンプルな二択だった。


 複雑な事情が絡み合うけど、避けられない事実。


 白き神の影響がどこまで思考に及ぶのか分からない。


「その提案、引き受けます。……ただし、一つだけ条件があります」


 ただ、ジェノはパメラの提案を引き受ける。


 結果として利害関係を取り、家族関係を捨てた。


 正しい選択になるかどうかは、この条件次第だった。


 ◇◇◇

 

 樹々の枝から枝を跳び移る。


 そこで見えるのは、銀色の義足。


 膝から足先まで繋がっている兵器だ。


 反発力と吸引力を操ることが可能になる。

 

 燃料はセンスと生体電気とイメージする力だ。


 素材は、超電導磁石が使われるが、あくまで部品。


 磁力を操るというより、想像できるかが決め手となる。


 だから、こいつの名は〝幻想の左足〟。センス依存の兵器。


 反聖遺物アンチレリックとも呼ばれる〝悪魔の右手〟のある種の、兄弟だった。


(さぁって、兄貴にはああ言われたが、とっとケリつけるか……)


 ルーカスは左の義足を踏み込む。


 頭でイメージするのは、反発する力。


 それを起点に人並みならない加速に至る。


「待てよ……。少し話がある……」


 そこに入り込んできたのは、一人の男。


 肩を掴み、隣に立っているのは屈強な王子。


 ベクター・フォン・アーサーが横槍を入れてきた。


「あぁ……? 悪いが、こっちは急いでんだ。邪魔するなら、蹴り砕くぞ」


 加速を止め、ルーカスは応対する。


 下手に動けば、後手に回る可能性がある。


 肩を掴まれた時点で、反応せざるをなかった。


(こいつ……何が目的だ……?)


 あの場では、気取られないようにした。


 止めるという名目のまま、戦いは終わったはずだ。


 声をかけてくる動機が見当たらねぇ。不自然極まりなかった。


「あの少年は殺らせない……。助けてもらった恩義があるからな……」


 ベクターが語ったのは、目的だった。


 しかも、ドンピシャで見抜いてやがる。


 面倒だけど、邪魔するなら仕方ねぇよな。


「……あぁ、そうかよ。だったら、ここで退場してもらうぜ。第三王子っ!」


 ルーカスは、問答無用で左足を薙ぎ払う。


 ベクターはそれを右腕で受け止め、戦いは始まった。

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