第20話 先祖たる所以
分霊室。第四小教区。最奥。王墓所。
金装飾の棺桶に座り、うとうと眠る霊がいた。
手には白杖を持ち、長い耳に、白い修道服を着ている。
髪は短い金髪で、口からよだれを垂らし、鼻提灯を膨らませる。
「……」
パチンと鼻提灯が割れ、長耳の男は目を開く。
頭をぶるぶると左右に振って、あくびをしていた。
その様子や仕草からは、王の風格を一切感じ取れない。
無気力な見物人。本来の地位にそぐわぬ振る舞いを見せる。
「へぇ。異物が混じったか。ほんの少しだけ興味が湧いてきたな」
そんな中、長耳の男は細い目を薄っすら開き、遠くを見る。
その双眸に宿しているのは、黄金色の瞳。魔眼と呼ばれる代物。
異世界人の血族にのみ発現するものであり、異能の力を秘めている。
移植すれば魔眼の継承は可能だが、能力は本体に依存するため唯一無二。
「どれどれっと……」
長耳の男が有している瞳は、観測の魔眼。
過去、現在、未来。あらゆる時間軸を観測する。
対象は、人、物体、事象などの森羅万象に適用が可能。
用途は、背景の掌握、能力の解明、危機察知など多岐に渡る。
縛りは一つ。本人が見たいと思えるかどうかが発動する条件だった。
「なるほど……。今は、そう名乗っているのか」
男は棺桶から立ち上がり、体に薄紅色の光を纏う。
薄く、鋭く、儚く、ゆらゆらと揺れる花弁のようだった。
センスの量は平均以下。濃さも不十分。安定性にも欠けている。
しかし、芸術系においては、無駄がなく、理想系ともいえる形だった。
「刺客だけでは、身に余る存在だな。直接、歓迎してあげようか」
芸術系のセンスは、魔術に最も適性がある系統。
センスを変化、放出、具現化し、創造可変を可能とする。
杖などの触媒を通せば、伝導率にムラがなくなり、精度が向上する。
「
長耳の男は白杖の先端を地面に叩き、唱える。
死者交霊約定。死者の魂を観測し、霊体化させる。
観測の魔眼の力により、ようやく併用可能になる魔術。
未来に起こり得る、死を観測することで、魂を呼び寄せる。
縛りは、命令の絶対遵守。意思はあるが、命令に背けば消える。
男が呼び寄せたのは、長い銀髪に黒コートを着た、尖った耳の少女。
「さぁ、久々の親子の対面だ。……遊んでおいで、リーチェ!」
命令を受けた霊体リーチェは、王墓所から消えた。
◇◇◇
第二森林区の南西付近にある場所で、樹々が伐採される。
砕け、ちぎれ、なぎ倒され、叩き折られ、荒々しい音を鳴らす。
「どうしたぁ? 第三王子様の実力は、そんなもんかぁ!?」
自然破壊と戦闘を楽しむのは、ルーカスだった。
この戦いは、相手が仕掛けてきた。後ろめたさはない。
後で問い詰められたとしても、お咎めを受ける心配がなかった。
「…………ッ」
対する、第三王子ベクターは苦虫を噛み潰したような顔を作る。
連戦に次ぐ、連戦。芸術系が持つセンス総量は、そう多くはない。
ようするに、スタミナ切れが早い。芸は達者でもタフじゃねぇんだ。
(奥の手を出される前に、さっさとケリつけてやるか……)
ルーカスの視線の先には、茶色毛のニワトリがいた。
ベクターの肩にピタリと止まり、微動だにしていない。
間違いなく
だから使えない。使わない。信念を曲げることができない。
(崇高な信念とやらと心中しやがれ。どの道、お前は生かしておけねぇ)
ベクターは、どういうわけか思惑を察している。
ジェノへの殺意を知った以上、生かしておくのはリスク。
継承戦を隠れ蓑にして、早めに消しておく方が、都合が良かった。
「タイマンを重んじるお前に、
攻防の最中、ベクターは覚悟を決めたような顔で語る。
表情から読み取られた。芸術系でもできない芸当じゃない。
(抜く気か……。上等だ……。詠唱中にタマぁ取ってやるよ……!)
それを誘い込むようにルーカスは後退し、隙を作る。
相手が馬鹿正直に、詠唱を始めた時こそが、運の尽きだ。
「悪いが、誰かを守るためなら、信念は曲げることにしてんだよ……」
すると、ベクターは思惑通り、ニワトリを右拳の上に乗せる。
いけしゃあしゃあと、御託を並べて、正義の味方を気取ってやがる。
この調子なら楽勝だな。後は、ちょいとばかしお膳立てをしてやるだけだ。
「来いよ。言い訳できない全力のお前を叩き潰して、絶望の味を教えてやるよ」
そのために、ルーカスは平気で嘘をついた。
敵役を買い、気持ちよくなれる環境と舞台を整えた。
正義執行のお時間だ。誘い込まれてると知らずに、踊り狂え。
「赤き星の輝きよ、勝利と平和を願う神よ、我に大いなる力を――」
始まった。待ちに待った、詠唱だ。
警戒されやすい、序盤は狙ってやらねぇ。
狙うなら、終盤。動物形態が進化しかける瞬間。
得物に変化し、大いなる力が手中に収まろうとする時。
気が抜ける。警戒する意識がなくなる。つまり、狙いは今だ。
「
策がハマり、ルーカスは、にやりと笑い、疾駆する。
気付いた頃には遅い。並みの反応速度じゃ間に合わない。
地面を反発する力を使い、無挙動で、一直線に、懐へと迫る。
「やっぱ、正面か……。思ったより芸がなかったな……」
ぞわっと鳥肌が立った。
あり得ねぇ。聞こえるはずがねぇ。
音速に迫る蹴りだ。そんな喋る暇はないはず。
(これが、超感覚ってやつか……)
達人同士の間合いでは、時間の感覚が引き伸ばされることがある。
それを超感覚というらしい。知ってはいたが、経験したことはねぇ。
理由は単純だ。楽な戦いしかしなかったし、卑怯な手を好んで使った。
自らが戦うより、他人が戦っているところを、見ることの方が多かった。
(誘い込まれたのは、俺っちってわけかよ……)
今、思えば、疲弊した顔からして、うさん臭ぇ。
疲れた演技。押し切られそうになる演技。弱い演技。
能ある鷹は爪を隠す。警戒心の強い、強者のやることだ。
(あぁ……つまんねぇ……。プレイヤーより、オーディエンス向きってか)
蹴りよりも早く、左拳が迫るのが見える。
右拳と
技の性質上、防御は間に合わねぇ。終わりだ。
(生まれ変わったら、善人を目指してやってもいいかもなぁ)
ルーカスは、死を悟り、来世に思いを馳せる。
その間にも拳は迫り、容赦なく胸を貫こうとしていた。
自業自得言えば、それまで。ただ、あまりにもあっけない終わり。
(いや、せめて……。最後はお嬢に……)
ルーカスは、かつての主人を思い浮かべ、生を諦める。
オーディエンスだった頃を思い出し、過去の思い出に浸る。
思い残すといえば、それだけ。あまりにも、空虚な人生だった。
「――」
そんな時、目の前には、元主人。リーチェの姿が見える。
走馬灯か何かかもしれねぇ。最後に褒美をくれたのかもしれねぇ。
(あぁ……これなら、思い残すことはねぇや……)
死を悟って、思い残し、それが、叶った。
この短い時間で一生分の経験を得た気がする。
それぐらい濃厚だった。それぐらい満足がいった。
残すは、冷たい死を待つだけ。因果応報、ってやつだ。
「…………?」
しかし、痛みはやってこねぇ。
胸を貫かれた様子も、気配はねぇ。
(あ……? どうなってんだ……?)
目の前には、リーチェが蹴りと拳を止めている。
あいつは、あくまで、イマジナリーな存在のはずだ。
実体はないし、ましてや、物理現象を止められるはずもねぇ。
(おいおい、こいつはまさか……)
だけど、場所を考えれば想像がついた。
現実世界では不可能でも、この場所なら可能だ。
それなら、蹴りも拳も止められるし、強いのも納得いく。
「――遊びに来たよ。フェンリル、ベクター」
つまるところ、リーチェの霊体化。
最悪で最高の展開が、目の前に待ち受けていた。
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