第17話 悪い流れ
戦っていた狂戦士。黒い鎧兜の中には見知った顔。
ジェノの拳は、直撃寸前のところで止まってしまっている。
「はぁ? ルーカス? 俺の名前はフェ――」
狂戦士は問いかけに答えようとした。
ただ、聞こえてきたのは、たったの二文字。
だけど、想像がつく。声と口調から分かってしまう。
(……フェン、リル)
思い至るのは、リーチェの相棒。
白い兎の見た目をした、黒い鎧と双銃に進化する異能物質だ。
人の意思があり、シチリア島の住人の魂が宿っていると言われていた。
「
突如、聞こえてきたのは、覚えのある声。
音を認識する頃に見えたのは、銀色の左脚。
駆動音も予備動作もなく、認識できなかった。
声が聞こえなければ、反応すらもできなかった。
気付けば、銀脚の飛び蹴りが狂戦士の頭を貫いた。
「へっ……お前、現界したのかよ…………」
狂戦士は蹴りを食らいながら、言葉をこぼす。
頭を貫かれているのに、血は生じていなかった。
霊体。人の体ではないからこその、特異な現象だ。
そこまでは理解できる。すんなりと受け入れられる。
問題は、『現界』という言葉の延長線上にある、詳細。
「それって、どういう意味ですか!」
ジェノは、情報収集を優先し、矢継ぎ早に尋ねていく。
この際、勝ち負けはどうでもいい。これは、最優先事項だ。
ルーカスの正体を知るのが先。聞かなかったことにはできない。
リーチェにも白き神にも繋がる問題。そんな気がしてならないんだ。
「簡単なことだ。そいつはな――――」
狂戦士は、質問に対し、快く答えようとする。
勝ち負けより優先した情報が手に入りそうだった。
「……黙ってろ、搾りカス」
しかし、狂戦士の言葉は聞こえない。
グシャと音を立て、銀脚に頭は踏み潰される。
すると、狂戦士の体は粒子となり、儚く消えていった。
残ったのは、黒い鎧と、銀色の義足を装着するルーカスだった。
(口封じ……。不都合なことが起きた……。つまり……)
ジェノは地面を蹴って、ルーカスから距離を取る。
移動したのは北方向。仲間とは遠ざかるような形だった。
「おいおい。俺っちは味方だぞ。まさか……白き神に操られでもしたか?」
目を細め、ルーカスは尋ねてくる。
正気かどうかは、もはやどうでもいい。
(俺もここで殺される……)
ルーカスが襲い掛かってくる口実は、十分ある。
一方、こちらは白き神に乗っ取られたように見える。
多分、何を言っても信じてくれない。最悪の展開だった。
(やれるのか……。まだ俺は俺のままでいられるのか……)
負傷と疲労で、足元がふらついている。
痛みはなかったけど、体全体が妙に重たく感じる。
肉体も精神も限界寸前で、戦えば病が進行するリスクもある。
それに相手は、狂戦士を一撃で葬った。正直言って、勝てる気がしない。
「返事なしと……。兄貴、ここは俺っちに任せてくだせえ」
ルーカスは前屈態勢になりながら、背後に語りかけている。
構えが狂戦士と同じだった。獣のような走りを見せるつもりだ。
速さの源は、あの銀の義足。逃げたところで、追いつかれてしまう。
(戦うか、対話に持ち込むか……)
追い込まれた状況の中で、ジェノは選択を強いられる。
選べる手札は多くない。今の流れはルーカスに味方している。
(あぁ、もう……。いいさ、乗ってやる……っ!)
いくら考えても、答えは一つにしか絞れない。
ジェノは背を向けず、銀光を纏い、右拳を構えた。
〝悪魔の右手〟にセンスを集中させ、迎撃態勢を取る。
恐らく、これで、気絶する。正気を失う可能性だってある。
それでも、やるしかない。ここで、殺されるわけにはいかない。
「
「
構えるのは、互いの必殺。衝突必須の状況。
後は単純な威力勝負。相対するのは、拳と蹴り。
出力が強い方が勝つ。高速の蹴りは気合いで捉える。
(彼を倒さないと話にならない。これしかないんだ……)
味方と戦う覚悟を決め、接敵する瞬間を待つ。
邪魔者は誰もいない。期せずして、一対一の状況。
だけど、勝っても嬉しくない。何の実績にもならない。
狂戦士戦とは真逆の心情を抱きながら、その瞬間は訪れた。
「――
「――
満を持して放たれるは、拳と蹴り。
銀脚が迫り、合わせる形で右拳が対応する。
狂戦士の拳を受け続けたおかげか、目が慣れてきた。
捉えられないほどじゃない。どうにもならないほどじゃない。
(これなら、やれる。後は、純粋な威力勝負……っ!!)
ルーカスの能力も系統も分からない。
だけど、威力に焦点を絞れば、自信がある。
拳を当てることさえできれば、きっと押し勝てる。
義足を壊すことになるかもしれないけど、しょうがない。
(砕けろ……っ!!!)
ジェノは、飛び蹴りに合わせ、右拳を打ちつける。
思惑通り、迫ってくる蹴りを的確に捉えようとしていた。
「――跳狼跋扈」
そんな中、聞き覚えがない声が響く。
入り込めるはずのない場所に現れた者がいた。
黒く尖った耳、鋭い牙、黒い毛皮に、発達した大腿筋。
(……狼、男っ!!?)
四足歩行で迫る狼男に、ジェノは体を掴まれる。
気付いた頃には、その場を離れ、暗闇に紛れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます