第16話 肉弾戦
銀の光と黒濁の光に包まれた森の中。
見つめ合うのは、少年と黒い鎧を纏う亡霊。
「その右手、物質分解能力だな。代償は血液っつぅところか。触れられたら厄介だが、さっきの攻防と失血で、あと一発が限界。かといって、肉弾戦でも歯が立たねぇときた。……さて、空っぽなお前には、一体何が残ってる」
狂戦士は、退屈そうな声音で、唐突に言い放った。
脅威と思われる〝悪魔の右手〟を見据え、考察を語る。
(当たってる……。壊れたコイツは眼中にないか……)
ふと目に入るのは、左手に握っていた、9mm口径の拳銃。
先の攻防で、銃身が折れてしまっている。使い物にはならない。
(洞察力も鋭いし、斧なしでも俺より強い。だけど……)
ジェノは、壊れた銃を懐にしまい、身構える。
〝悪魔の右手〟と、何でもない左手を握り込む。
クラシックが壊された先に見えた、新たなる王道。
期せずして至った、新たな戦闘スタイルで言い放つ。
「死んでも諦めないド根性。それだけあれば十分です」
そうして、第二ラウンドは本格的に始まった。
◇◇◇
第二森林区。北端。第三区画に繋がる大門前。
そこには、二つの集団が期せずして、邂逅する。
その先頭を率いるように歩いていた、二人の王子。
「「あ……」」
ミネルバとアルカナは、気まずそうな声を上げる。
同時に背後にいた配下たちが、臨戦態勢に入っていく。
一触即発の空気。殺気と敵意が混ざる嫌な緊張感に満ちた。
そんな中、両陣営の配下二人が王子の一歩前に出て、口を開く。
「ぶっ飛ばされても、泣くんじゃねぇぞ」
「いつから、うちの格上になったんすか」
ミネルバ陣営のラウラとアルカナ陣営のメリッサだった。
二人は両陣営のナンバー2に位置し、発言権は、二番目に強い。
選定基準は、王子に信頼されているかどうか。強さが基準ではない。
だからこそ、二人が動けば、この場が動いてしまうほどの効力があった。
「その必要はない。今はまだ、な……」
「うん。そうだね。僕も同じこと考えてた」
対し、両陣営のトップ。ミネルバとアルカナは語る。
いがみ合うラウラとメリッサは耳を傾け、動きは止まった。
「「共闘しよう」」
声が重なり、二人の王子の意思決定が下される。
こうして、第一王子と第二王子の連合チームが出来上がった。
◇◇◇
「うらぁ、うらぁ、うらぁ! そんなもんかぁ!?」
狂戦士の声が響き、拳の乱打が浴びせられる。
直情的で、直線的な動き。だけど、とにかく速い。
「……くっっ」
自ずとジェノは拳で応対するも、手数で押し負ける。
防戦一方だった。それも、拳の威力が上がってる気がする。
(ここで何か掴まないと、負ける。付け入る隙を見つけるんだ)
乱打戦の中で、ジェノは情報を整理する。
手数は上。威力も上。防御力も上。センスも上。
能力は不明。〝悪魔の右手〟は、後一回しか使えない。
戦闘技術はセンス頼りで、甘い。力は強いけど、技術がない。
(恐らく、失血効果は斧の能力。本体は俺と同じ肉体系だな……)
ジェノは、殴り合いつつ、考察を進める。
吐血したのは、黒斧を横腹に食らった時だけ。
拳は、センスで体を守れば、致命傷にはならない。
肉体系は、高度な能力を付与することが得意じゃない。
肉体と関連するものほど、強い互換性を発揮するタイプだ。
だから、自ずと狂戦士の系統が透ける。能力が絞り込めてくる。
(能力は、肉体の強化。複雑なことはしてこない。それなら……)
予想を重ね、仮説を出し、それを踏まえて考える。
相手の得意なフィールドで戦えば戦うほど、不利になる。
直線で押し負けるなら、わざわざ付き合ってあげる必要はない。
「……ッ!」
ジェノが迫らせたのは、〝悪魔の右手〟。
血の代償を払い、分解能力のある赤い光が生じる。
恐らく、次は使えない。この戦いにおける、最後の切り札。
「おいおい……そんな安売りしていいのかぁ?」
狂戦士は、右手を十分に警戒し、後退していく。
避けられたら終わり。相手を打ち破る手はなくなる。
(そうくると思ってた……)
単純な動き。直線的な行動。センス頼りの戦闘スタイル。
思い描いた通りの展開。これ以上ないほど作戦がハマってる。
「
狂戦士が後退した分、距離を詰め、左拳を振りかぶる。
センスを拳に一点集中。その分、体の防御が手薄になる。
そこを狙われたら、ジャブ程度でも失神してしまうだろう。
だけど、相手は回避を優先している。迎撃は、間に合わない。
「こいつ……フェイントを……っ!!」
当然、狂戦士は、必殺技に気付く。
警戒して、左拳に意識を集中させている。
相手との距離は一歩分。腕を伸ばせば届く射程。
(違うよ……。両方、本命だ……っ!)
ジェノが先に力を込めたのは、左拳ではなく、右手。
赤い光は強く発光し、飛翔する物理現象へと変化を果たす。
「赤い、雷、光……っ!?」
雷光の射程距離は、拳の比じゃない。
近距離技だと思い込んだ狂戦士は、硬直。
無防備な状態で、狂戦士の鎧兜に迫り、直撃。
赤い雷光は鎧兜を分解し、露わになったのは顔面。
(肉体系といっても、全力のこいつには、耐えられないっ!)
これまでにないセンスの高ぶりを感じる。
今まで繰り出した中でも、最高の威力を出せる。
身を守る障壁はない。いくら霊でもただじゃ済まない。
「
ジェノは、力のままに左拳を放つ。
狙いは、狂戦士の顔面。当たれば一発KOだ。
センスの防御は間に合ってない。これで、押し切れる。
「…………」
油断も慢心もなく、ジェノは全力の一撃を放った。
敵の思い込みを突き、鎧兜を打ち破り、急所を狙った。
なんの誤算もない予定通りの展開。思い描いた通りの現象。
ただ予期せぬことが起きた。拳を止める事態が生じてしまった。
「ルーカスさん……?」
鎧兜の中から現れたのは、仲間の顔。
無精ひげを生やした、短い黒髪の中年男。
ルーカス・グローリーと瓜二つの存在だった。
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