第15話 白兵戦


 借りを返した。恩義を尽くした。組織を抜けた。


 残るのは、自由と、中身のない空っぽな自分だった。


 これまで、任務で色々な国を旅してきた。実績を残した。


 だけど、こんなんじゃ足りない。届かない。理想には程遠い。


 仲間がいたからここまで来れた。一人の力では何も成していない。


『アンドレアさんを超えて、僕が一番弟子になってみせます。いつか、必ず』


 ジェノの脳裏に蘇るのは、12月25日に師匠リーチェへ宣言した言葉。


 今のままじゃ合わせる顔がない。復活したところで会えるわけがない。


 この手で成すんだ。自立した強さを掴むんだ。だから、一人で戦うんだ。


「……げふっ」


 口から血が出た。出血した。どこかを斧で斬られた。


 見えなかった。レベルが違った。自分の強さを過信していた。


 さっきまでの驕りも高ぶりもない。あるのは現実。あまりにも高い壁。


(ダメージ……)


 目の前が揺らぐ。くらくらする。患部を手で触る。


 横腹をほんの少しだけ切られた。致命傷ってわけじゃない。

 

 それなのに、出血した。そこまでの深手じゃないのに、血を吐いた。


(何か目に見えない能力を使った。もしくは、失血に特化した武器か)


 ジェノは、痛覚を感じていなかった。


 淡々と状況を分析し、数歩下がり、敵を見る。


 そこには、黒い鎧を纏った、表情の見えない亡霊の姿。


「――――」


 狂戦士は血のついた黒斧を払い、前屈態勢に戻る。


 その動作に、その所作に、ふとした違和感があった。


 今までなら負傷に目がいって、気付かなかっただろう。


 見た目や、獣のような戦闘スタイルからは考えられない。


(この人……理性がある……?)


 ドイツの地下世界で戦った魔物たちを思い出す。


 あそこにいる魔物は、規律を重んじる知性があった。


 人間のような理性まではなかったけど、戦って実感した。


 今回も似た匂いがする。見た目に反し、狡猾でずる賢い相手。


(試してみるか……)


 青い制服の第二ボタンまで外し、懐に両手を入れる。


 ショルダーハーネスにつけられた二つの武器に手をかける。


「……」


 左手には、自動拳銃。グロッグ17カスタム。


 右手には、真紅の小手。〝悪魔の右手〟を装着。

 

 それは、ジェノにとっての王道であり、クラシック。


 師匠の教えを元に考案した、原初の戦闘スタイルだった。


「――――」


 それを見逃すほど、相手は甘くない。


 黒斧を肩に背負い、一直線に駆けてくる。


 思った通りの動き。相手の攻め方は、単調だ。


 フェイントや素早い動きによる翻弄などはしない。


 真っすぐ行って、ぶった切る。力で押し切るタイプだ。


 だから、何とかなった。でも、このままじゃジリ貧になる。


「……」


 ジェノは、左手で引き金を引き、発砲。


 9mm口径のゴム弾が発射され、狂戦士に迫る。


「――」


 相手は回避するわけもなく、鎧で受け、前進。


 非殺傷用の弾だ。効果があるなんて思ってない。


 だけど、データが取れた。通常攻撃では怯まない。


 敵との距離は、二歩。一歩踏み込めば、黒斧の射程。

 

(さぁ、どう出る……)


 ジェノは怯まず〝悪魔の右手〟を掲げ、イメージする。


 狙いは黒斧。威力は最小限。消費する血液の量は控えめ。


 黒斧の軌道は手に取るように分かる。後は、添えるだけだ。


「……っ!!」


 ジェノの生体電気と血液を代償に、生じたのは赤い光。


 人体や有機物に害はなく、人を殺すのには不向きな能力。


 ただし、物質には強い。無機物には強い。赤光に触れれば。


「――――」


 分解される。粉々に、跡形もなく、黒斧は消えていた。


(避けなかった……。それなら……っ!!)


 理性があるなら、避ける。その予想が外れた形。


 ジェノは、再度〝悪魔の右手〟を狂戦士に迫らせる。


 今度は、さっきより多めに血液を消費し、威力を底上げ。


 狂戦士が纏っている鎧を分解するイメージで、もう一度放つ。


 赤い光が生じ、触れた時点で装備を完全無力化。脅威はなくなる。


(いける……。このままいけば、勝てる……っ!!!)


 一人で掴み取る勝利を前に、心が躍る。


 相手は圧倒的に格上だった。それを攻略した。


 そうなれば、確かな自信になる。確かな実績になる。


 勝利を手向けに、なんの遠慮もなく、師匠に顔向けできる。


「……きひっ」


 そう思っていたのに、笑い声が聞こえた。


 人の努力を小馬鹿にするような、嫌な音だった。


(今までのは……狂った、演技……っ!)


 今頃、気付いても遅い。今更、軌道は変えられない。


 誘い込んだんじゃない。こちらが、誘い込まれたんだ。


「得物は斧だけだと思ったかぁ? この大間抜けがぁ!!!」


 右手が鎧に触れるまでの、ほんのわずかな時間。


 感覚が濃縮され、矛盾した時の流れで、確かに聞いた。


 狂戦士の暴言。人間の悪口。つまり、相手は理性を持っていた。


「…………っ!!!?」


 瞬間。叩きこまれたのは、無尽の拳撃。


 目で追い切れないほどの暴力が襲い掛かる。


(一発、一発が、重い……)


 痛覚はとっくにない。だけど、拳の手応えは分かる。


 武器無しでも十分通用する。格闘においても、圧倒的格上。


「くたばりなぁ!!!」


 狂戦士は、両手を組むように握り、叩きつける。


 まともに食らえば、助からない。防御しても意味がない。


「――くっ!!!」


 反射的に、ジェノは拳を振るい、両拳にぶつける。


 バチンと光が干渉し合い、その反動で体は後ずさる。


 ちょうど仲間がいる方に、吹き飛ばされる形になった。 


「……おい、ジェノ。僕たちは、いつまで我慢すればいい」


 そこで聞こえてきたのは、パオロの震えた声だった。


 差し伸ばそうとする手を堪え、加勢するのを我慢している。


「どうせなら、全員でかかってこいよ。結果は同じだろうがなぁ」


 火に油を注ぐような形で、狂戦士は煽り立てる。


 まるで、こちらなんか眼中にないって感じだった。


 今の攻防で決着したつもりになっているようだった。


(理性が残っててよかった……)


 体はボロボロ。仲間も勝利を信じてくれない。敵には煽られる。


 散々だ。何もいいところがない。ただ一方的に殴られただけだった。


 仲間に頼れば、喜んで助けてくれるだろう。でも、できるわけないんだ。


「俺が死んだら、仇を取ってください。お願いしますね」


 この戦いだけは誰にも譲れない。


 だから、静かに丁寧に、お願いする。


 今度は断れない。命令じゃない、提案だ。


 対等な目線で、互いが納得するための交渉だ。

 

 変なところが、悪知恵だけが上達してしまったな。

 

「…………引き受けた。……だが、死んでも死ぬなっ!!!」


 パオロは了承し、肩を優しく叩いてくれる。


 周りの人も、それぞれ肩に手を置き、場は整った。


「……というわけです。悪いですが、第二ラウンドといきましょうか」


 ジェノは静かに立ち上がり、戦闘続行を宣言する。


 先ほどまでの慢心も伸びた鼻も、粉々に叩き折られた。


 ここからが、本番。ここからが、地獄。ここからが、本領。


 正気を保った状態で、自ら進んで、狂気に染まろうとしていた。

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