第12話 独創世界


 独創世界。使用者の心象風景の具現化。


 独自の世界を構築し、既存の世界と切り離す。


 肉体系や感覚系ではたどり着けない、芸術系の秘奥。


 その領域に達した男が、心に思い描いたのは、理想の舞台。


 アメリカ、ラスベガス、ゴールデンナゲットカジノ前にある街路。


 設定は夜。ネオンの看板に照らされるのは、ベクターと鹿の悪霊だった。


「三人一組の武術大会……。ハッキリ言って、あんなもんは邪道だ……」


 世界を創造したベクターは、既存の王道を否定する。


 現実に実在する『ストリートキング』は三人一組の大会。


 それが本家。それが本元。それが世界の王道になってしまう。


 それが、許せなかった。似て非なるもので、評価をされたかった。


「タイマン張れてこそのキング……。一対一の戦いこそ至高……」


 たった一人で王を目指すという大それた夢。


 無理難題だってのは、自分が一番分かっていた。


 だから、感情を押し殺す。実現するまで本音を隠す。


「お前もそう思うだろ……。なぁ、兄弟……っ!!!!」


 だが、ここは理想が実現した世界。

 

 感情も本音も隠す必要なんてなかった。


「――――」


 鹿の悪霊は、呼応するように甲高い鳴き声を上げる。


 同時に、両者の頭上には、それぞれ二本のゲージが出現していた。


 ◇◇◇


 現実世界。分霊室。第二森林区。


 焚火の灰がフワッと宙を舞っている。


 そこにいたはずの、王子と門番はいない。


「消えた……?」


 サーラは未知の現象を前に、疑問をそのまま口にする。


 正直、センスの知識はそこまで深くない。覚えたての素人だ。


 ドイツで魔術師に手ほどきを受けた程度。基礎知識で止まっていた。


 恐らく、今のはセンスの応用だろうけど、理屈がいまいち分からなかった。


「独創世界……。まさか、その使い手を目の当たりにできるとはな……」


 すると、パオロは、この中で唯一事情を察していた。


 思った通りというか、センスの知識は人より深そうだった。


「どういうこと……? 早急に説明して……」


 戦いはまだ終わってない。安心できない。


 感覚的に、また戻ってくるような気がする。


 その時に備えて、サーラは情報提供を促した。


「金髪のCAを覚えているか? 僕たちを拉致した能力者のことだ」


 すぐにパオロは、例を交えて解説を始める。


 用意が周到というか、頭の回転が速いというか。


 味方だからまだいいけど、敵なら厄介極まりなかった。


「当然、覚えてる。飛行機内から宮殿まで飛ばしてきたやつでしょ」


 嫌な妄想をしながら、サーラは話を進める。


 継承戦の起点は、あの金髪CAによるものだった。


 忘れるはずがない。あの女に出会わなかったら、今頃。


「ああ。正確に言えば、『能力の条件が揃ったから飛ばされた』が正しい」


 脱線しそうになったところを、パオロが引き戻す。


 わざわざ発言を補足訂正されたのには、ワケがある。


(なるほどね。共通項はそこか……)


 話の文脈を理解し、サーラは要点を見つける。


 認識が抜け落ちていた箇所に答えがある気がした。


「条件……。そういえば、あいつも同じこと言ってた……」


 思い出すのは、ベクター本人が口走った発言。


『だが、強すぎるがゆえに、ある条件を満たした……』


 奇しくも、『条件』というワードを口にしていた。


 どう考えても偶然には思えない。未知の現象を読み解く鍵。


「センスは条件を課し、達成することで、常時の倍以上の性能を引き出せる」 


 パオロは、もったいぶることなく、答えを告げる。


 早急に、というリクエスト通りの意を汲んだ回答だった。


「つまり、何らかの条件を満たして、別の場所に移動した……」


「その通りだ。付け加えるなら、使い手が創造した別世界に移動した、だな」


 サーラが答え、パオロが補足する。


 これで、前提となる知識は出揃った。


 ここから先が本題。未知の現象の正体。 


「それが、独創世界……」


 行きついたのは、結論。


 夢物語のような机上の空論。


 だけど、今の情報通りなら可能。


 一番現実味のある回答になっていた。


 ◇◇◇


 独創世界。街路王ストリートキング


 戦いは佳境。頭上にある二本のゲージは増減する。


ベクター

体力『□□□』

必殺『■■■■■■■■■■』MAX


鹿の悪霊

体力『□□□』

必殺『■■■■■■■■■■』MAX


 体力ゲージは最大十本。なくなればKO。


 現在、両者の体力ゲージは三本になっている。


 一方で、ヒットで増加する必殺技ゲージは満タン。


 上限突破の仮想出力で必殺技を放つことが可能になる。


 さらに自身の体力が三割以下だと、威力はさらに向上する。


「最高だ、兄弟……。名残惜しいが、幕引きといこう……」


「――――」


 純粋なフィジカル勝負を終え、一人と一匹は互いに賞賛し合う。


 ここまで能力はなし。肉体の限界に迫る戦いを心行くまで堪能した。


 だが、落としどころは心得ている。拳だけで決着がつけば、物足りない。


(光栄に思え……。こいつを放つのは、お前で二人目だ……)


 両手に凝縮した赤いセンスを纏い、相手を見る。


 敵との距離は、およそ十歩。それなりに離れている。


 そんな状況に、おあえつらえ向きな必殺技を有していた。


「デュオ・デュナミス・スェ・ミア」


 ベクターは呪文を唱え、両手を前に突き出しながら、握り込んでいく。


「――――」


 一方、鹿の悪霊は、緑色のセンスを迸らせると、金鎧が反応。


 そのまま全身を金一色に染め上げ、その角は黄金色に輝いていた。


(決戦用の最終兵器……。どこまで、俺を満足させれば気が済むんだ……っ!)


 変化した理屈も、能力の詳細も不明。


 いや、知らなくていい。知る必要がない。

 

 漢のタイマン勝負にネタばらしは無粋の極み。

 

「いくぜぇ……っ!! 門を守りたいなら受け切ってみせろ!!!」


 肉体の限界に迫った、極限の戦闘。


 勝るとも劣らない、実力が拮抗した相手。


 場は十分温まり、次の一撃で決着は必須の状況。


 目撃者、オーディエンスがいないのが残念で仕方ない。


 寂寥感を覚えながらも、両手は組まれ、能力の条件は満ちた。


(あばよ、人工林の王……。お前の名は、墓標に刻んでやる……)


 息を吸い、込み上げる熱い気持ちを一点に集める。


涅槃ニルヴァーナッ!!!!」


「――――ッッ!!!!」


 ベクターは叫び、鹿の悪霊は地面を駆ける。


 雷を帯びた竜巻が吹き抜け、粒子化する光が迫る。


 紛うことなき十全の一撃。世界の理による上限の解放。


 必殺対必殺。人智を超えた事象の渦は、やがて、衝突した。

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