第10話 決断


 サーラが起きる数分前。第二森林区の焚火前。


 腰を下ろしたのは、ジェノ、パオロ、ルーカスの三人。


 人間機能の欠落に気付いたパオロの話を聞いた後のことだった。


「最悪、俺は皆さんを殺すかもしれません」


 話す覚悟を決めたジェノは、開口一番に問題点を告げた。


 症状を細かく説明するより、危機感を煽れると思ったからだ。


 これが正しいことなのかは、分からない。上手く判断ができない。


 でも、正しいと信じたかった。今はまだ正気を保っているはずなんだ。


「俺っちたちを殺す……? 何言ってんだ?」


 先に反応したのは、ルーカスだった。


 首を傾げ、きょとんとした表情を作っている。


 恐らく、この中で、事情を一番分かっていない存在だ。


 ルーカスが理解するまで話してあげれば、きちんと伝わるはず。


「僕は大体察したが、続けてくれ」


 一方、何か知っているのかパオロは続きを促した。


 恐らく、取っ掛かりになる情報を知っていたんだろう。


 説明は下手だけど、漏れはパオロがきっと補足してくれる。


(仲間を信じるか……。これが最後になるかもな……)


 拒絶反応を起こす体を抑え、懐かしい気持ちに浸る。

 

 最後と考えれば、なんとなく感慨深いような気がした。


 人としての感情が、まだ残っている証拠だ。安心できる。


 ただ、浸ってばかりもいられない。ちゃんと話さないとな。


「時系列順に順序立てて話します。まず前提として、去年の12月25日のアメリカで起きた『血の千年祭』により、白き神が復活し、俺は宿主に選ばれました。その力の一部が今でも宿っています。症状の原因はここから始まりました」


 ジェノが話したのは、事の発端であり前提。


 白き神が現れ、体の中に宿ってから、狂った。


 まずは、これを共有しなければ、話が進まない。


「そうか……。白き神を呼ぶ儀式の生贄。大量虐殺に巻き込まれたんだったな」


 ルーカスは、もちろんだけど知っていた。


 大量虐殺犯の犯人だと言われ、ひと悶着あった。


 あの時は大変だったけど、今となってはいい思い出だ。


「はい。そこから約半年後。適性試験がありました。この時点では、肉を受け付けない体になっていました。ただ、草を食べても吐き出すことはなかったので、草食はセーフというラインだったと思います」


 次は、ルーカスやパオロ、サーラと出会った場所の話。


 マンハッタンの地下には犯罪者を集めた試験会場があった。 

 

 そこでは、特殊な草が流通していた。食せば恩恵と代償がある。


 攻略する上で、活用した。この時点では、普通にできることだった。


「……おいおい、まじか」


 ルーカスの顔色が青ざめていくのが分かる。


 同じ世界にいたからこそ、すぐ理解できたんだろう。


 説明を省略してもいいけど、聞いているのは彼だけじゃない。


「――」


 目線は自ずと下を向き、太ももの上で目を閉じる、サーラを見つめる。


(俺は君のお兄ちゃんだ。寝たフリぐらいは分かるんだよ……)


 口元が緩みそうになりながら、ジェノは表情を引き締める。


 口に出した以上、続けないといけない。仲間を最後まで信じたい。


「その後の一か月、俺は帝国にいました。そこでは、意思の力を覚えるため、白き神の力に触れました。そのせいか、人の気配や感情を読み取るのが、さらに苦手になりました。ただ、元々苦手だったのもあり、この時は気になりませんでした」


 今思えば、この時の症状は、病が進行する前兆だったのかもしれない。


 まだ体への影響は少ない。ほんの些細な変化。身近な人も気付かなかった。

 

 肉は相変わらず食べられなかったけど、その体質にも慣れかけていた頃だった。


「次の一か月間、イタリアでは、『ストリートキング』という武術大会に参加していました。大会では、意思の力を酷使することになり、中にいる白き神にも影響が及んだせいか、肉以外の食事もできないようになっていきました」


 意思の力と白き神と繋がりがあった。これはあくまで仮定の話。


 だけど、間違ってない気がする。両方とも体の内側から生じるもの。


 実際、使えば使うほど、白き神の影響が増していくような感覚があった。


「次の一か月間、ドイツにいました。ここでは水も喉を通らなくなり、栄養摂取は不要になっていました。さらに終盤では、人間が段々と信じられなくなり、関係の薄い人から順に、切り捨てたいという衝動に駆られるようになったんです」


 ぎゅっと拳を握りながら、ジェノは語る。


 ただの拒食症。ただの時間の経過による心理変化。


 一つ一つ分けたら、白き神は関連していないように思える。


 だけど、偶然とは思えない。この二つの事柄は密接に繋がっている。


「白き神に適応するための肉体の調整が終わった……。次は精神か……」


 パオロは、簡潔に今の症状をまとめてくれる。


 恐らくだけど、彼の言っていることは、正しい。


 実際さっき、悪い方向に心が向かおうとしていた。


 なんとか抑えたけど、次は、どうなるか分からない。


「どうりで、様子がおかしかったのか……」


 ルーカスは、先ほどの違和感に対し、納得する。


 たぶん、パオロの一言がなかったら見限っていた。


 あの一言のおかげで、関係を繋ぎ止めてくれたんだ。


「ええ。恐らくですが、そう遠くない未来。俺は正気を失います」


 ジェノは足並みを揃えた上で、本題を切り出した。


 話を聞いていた二人が、真剣な顔を作ったのが見える。


 他人事なのに親身になって、聞き入れる態勢に入っている。


「…………だから。…………………………だからっ」


 続けてジェノは、そのまま結論を告げようとする。


 それなのに、言えない。喉元まで出ているのに話せない。


(う、ぐ……っ。そうまでして、止めたいか……っ!)


 原因は単純。自分自身の手で首を絞め、言葉を遮っているせいだ。


「こいつは……っ。兄貴……っ!!」


「やめろ。僕たちはまだ何も聞いてない」


 立ち上がろうとするルーカスの肩を、パオロは手で押さえる。


 彼の言う通り、ここまでは、症状の詳細を話しただけに過ぎない。


 この後が問題なんだ。言えなければ、世間話をしたのと変わりがない。


(今、言わないと……。こんな機会はもう……)


 首の締め付けが、ぐっと強まるのを感じる。


 無理に強行すれば、悪化するのは目に見えてる。


 逆にここでやめれば、手を放すのが感覚的に分かる。


 損得で考えるなら、利己的に考えるなら、やめるべきだ。


 それで万事解決。後は、利害が一致する間だけ過ごせばいい。


(必ずしも他人を頼る必要はない……。いや、でも……っ)


 頭がぼーっとする。息が苦しくなってくる。


 利己的か利他的か、ここで選ばないといけない。


 他人を信じるか信じないか、決断しないといけない。

 

 先送りにはできない。決めるなら今。この瞬間しかない。


「――その時は、俺を殺してください」


 ジェノは手を払いのけ、自分の意思で言い放つ。


 自分の頭で考えて、自分でとった行動だと信じたい。


 どうなるかは分からないけど、きっとこれでいいはずだ。


 その直後、サーラが目を開き、森が少し揺れたように見えた。


 ◇◇◇


 森がざわめき、遠くの方から戦闘が始まった気配を感じる。


 王子と門番の戦いが始まり、焚火前でサーラが起きた後のこと。


「……もう一度聞く。お前はどこまで聞いていた」


 沈黙を貫くサーラに対し、パオロは同じ質問を重ねた。


 優先順位は、継承戦よりも上。聞いてないと答えれば、説明が始まる。


「あぁ……はいはい。最初から最後まで、全部だよ」


 面倒だから、認めた。どうすべきかは、考えてない。


 ジェノが白き神に支配されつつある。支配されたら、殺せ。


 簡単には答えが出ない問題。ただ、彼らは答えを出したいらしい。


「いいか。僕とルーカスの答えは恐らく同じだ。よーく聞いておけ」


 パオロは、答えに迷っているのを見抜いたように言った。


 足並みを揃えるだけで、選択を強制していないようにも見えた。


(……これだったら、聞いてやってもいいか)


 展開的に、答えを急かされるんじゃないかと思った。

 

 でも、どうやら違うらしい。あくまで、二人の共通見解。


 彼らなりの結論ってだけなら時間を割いてあげる価値はある。

 

(どうせ、どうにかなったら殺すって流れだろうけど……)


 サーラは、耳を傾ける。


 遠くの戦闘から意識を背ける。


 二人を見る。ありきたりな回答を待つ。


「「正気を失ったら、殺さず止める」」


 一言一句違わず、二人の言葉は揃っていた。


 なぜ揃ったのかは、よく分からない。理解できない。


 だけど、この答えに至った経緯はジェノにあるような気がした。


「へぇ……勝手にしたら。わたしは、それに従う義理は――」


 言われて理解した。別に元兄には興味がない。


 支配されようと、されなかろうと、どうでもいい。


 もし、身の危険に及ぶのなら、その時に考えればいい。


 そう思いながら、話を流そうとした時、それはやってきた。

 

「――――」


「――――」


 上空から現れたのは、人と獣。


 拳と角が、互いのセンスをぶつけ合う。


 ほんの一瞬の油断。察知を怠ってしまった瞬間。


 そのせいで、こうなった。面倒なことになってしまった。


(はぁ……っ!? なんですけどっ!!)


 第3王子ベクターと鹿の門番との戦いに、否応なく巻き込まれた。

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