第8話 強制休暇


 分霊室。第二森林区。


 木々が連なり、生い茂る場所。

 

 地面は石造りから、土に変わっている。


 辺りは一層と暗くなり、光は一切届いてこない。


 その一部で赤い火の粉が舞い、ぼんやりと光が広がった。


「……思った通りだな。悪霊たちは火を嫌うらしい」


 バチバチと音が鳴り、焚火に灯されるのはパオロ。


 辺りを見回して、悪霊が近づいてこないのを確認する。


 それを見届けると、腰を下ろして、あぐらの体勢で座った。


「これなら、彼女が起きるまで時間が稼げそうですね」


 その正面に立つのは、ジェノだった。


 気を失ってしまったサーラを背負っている。


(休むわけにはいかないな……。敵は悪霊だけじゃない)


 パオロの意見に同意しつつも、警戒は怠らない。


 この場に座るなんて、もってのほかの状況だった。


 継承戦の目的は、最深部にいるはずの先祖の再封印。


 だけど、競合相手なら、妨害してきてもおかしくない。


 悪霊に紛れて、殺しにくる可能性もある。油断は禁物だ。


「発言の割に慎重だねぇ。身内の実力を信用できないか?」


 次に声を発したのは、ライターを持つ、ルーカス。


 すでに、地面に座り込んでいて、リラックスしている。


 ただ警戒は怠っていない。いつでも戦える態勢でもあった。


(バレたか……。恐らく、パオロさんも気付いてる……)


 味方を疑う。適性試験の時とは、真逆の反応だった。


 あの時は、敵であろうと味方であろうと、信じ続けた。


 結果的に上手くいき、試験は合格できたけど、今は違う。


 敵でも味方でも、人間を信じられなくなってしまったんだ。


「それは……」


 なんて言っていいのか、正直分からない。


 原因は理解してるけど、感情の整理がつかない。


 話したところで、また裏切られてしまうかもしれない。

 

 そのせいで生まれるのは、沈黙の間。不信を招く淀んだ空気。


(何か言わないと……何か……)


 そんな中、頭によぎるのは、損得勘定。


 不得意でも嘘をつかないと、関係は悪化する。


 利害関係が一致している以上、どうにか維持したい。


 打算的で機械的な感情だ。人としての温かみが存在しない。


「…………」


 そこで、行おうとすることの愚かさを悟る。


 本音は話せないし、嘘をついても、見抜かれる。


 結果として、何も言えない。口を開きたくなかった。


(あぁ……。こんなことだったら、あの時……)


 次に頭を巡ったのは、後悔。


 平穏を守るために必要だった、行動。

 

 最低だと分かっていても生じてしまう、思考。


「言えない、か……。この際だから、聞いておくか」


 すると、パオロは呆れたように話を切り出した。


 嘘をついてないのに、嘘を見抜かれたような気分だった。


(仕方ない……。こうなったら……)


 体には自ずと力が入っていく。


 この後の展開は、頭で考えたくない。


 本能に身を任せて、なかったことにしたい。


「ジェノ……お前はどこまで、人間の機能が欠落した」


 そう思っていたのに、考えが飛んだ。


 パオロが見ていたのは、表面的なものじゃない。


 もっと奥深く。心の根っこから生じている、内面的な欠陥。


(今ならまだ間に合う……。否定しろ……)


 言えば、弱点を晒すことになる。


 そのせいで、裏切られる可能性もある。


 あの時みたく、仲間がいなくなる場合もある。


「なんで、分かったの……」


 それでも、ジェノは発言を肯定する。


 残っていた唯一の良心が、本音を口にした。


 ◇◇◇


 第二森林区。中央付近に位置する場所。


 そこでは、蒼色と緋色のセンスが周囲を照らす。 


 円形状にセンスを維持して、簡易的な結界を作っていた。


「……すまない。力を出し惜しんだ、私の不覚だ」


 ミネルバは大剣を背にしまい、頭を下げた。


 その正面には、右太ももが出血するラウラの姿。


 黒服の生地が破れ、肌を深く裂き、血が滴っている。


「気にすんな。処置すれば、どうにでもなる」


 ラウラが懐から取り出したのは、ソーイングセット。


 まち針に糸を通し、その勢いのまま、傷口を縫っていく。


 何往復かするとすぐに縫い終わり、糸切りバサミで切断した。

 

「強いな……。並みの精神力では、できない所業だ……」


 珍しい光景だったのか、ミネルバは目を見開いた。


 意訳すれば、痛いのを我慢できて偉いとも取れる反応。


(こういうので、しょうもない嘘はつきたくねぇんだよな……)


 頭には、嘘が下手な人物の姿がチラついた。


 影響されたと思われるのは、ハッキリ言って癪だ。


 だが、ここにあいつはいない。少なくとも、見てはない。


「悪いが、痛覚がねぇだけだよ。過大評価はしないでくれ」


 針と糸をしまい、ソーイングセットを閉じて、ラウラは告げる。


 語ったのは、紛れもない真実。ほんの数日前に起こった異変だった。


 これで、話は終わり。突っ込まれても、一言や二言程度で終わるだろう。


「感覚の欠如……。もしや……中に、何かいるのか?」


 そう思いきや、ミネルバは、想像よりも本質を突いた質問をした。

 

(純血異世界人の王子……。知識量も常識外れか……)


 ラウラは感心しつつ、冷静に状況を見る。


 正直、こいつのことは全く信用していない。


 利害が一致したから、組んでいるだけの関係。


 突っ込んだ話をする義理も、持ち合わせてねぇ。


「よく分かったな。僕の中には、白き神の一部が宿ってる」


 ただ、ラウラは思いに反し、本音を口にした。


 この呪いを解く方法を知っているかもしれねぇからな。


 ◇◇◇


 第二森林区。西端に位置する場所。


 風が吹き荒び、悪霊は赤く爆ぜ、消える。


 周辺にいる動物形の悪霊を狩りつくした後だった。


「ふぅ……疲れたぁ。ちょっと休憩しよう」


 声を出したのは、アルカナだった。


 王霊守護符をしまい、杖を地面に突き差す。


 杖先からは白っぽい光が灯り、辺りを明るく照らした。


「さすがっすね。この調子なら、手助けはいらないんじゃないっすか」


 光に灯された取り巻きの一人。メリッサは語り出す。


 実際、ここまで誰一人として、なんの力を貸していない。 

 

 アルカナが守護霊を使い、コツコツと悪霊を倒し続けていた。


「お世辞はいいよぉ。それよりさ、『ストリートキング』の舞台裏を教えてよ」


 暇だからか、何かを知っているのか、アルカナは話を切り出した。


 それも、かなり真に迫る話題。闇雲に公開していい情報じゃなかった。


(話してもいいんすけど……。あいつらに聞かれるのは、面倒っすね……)


 視線を右往左往させ、一瞥したのは、二人の女性。


 紫色の長い後ろ髪を一本のおさげにする、ポリス服を着るアミ。


 茶色の後ろ髪が外側にはねた、活発な印象を受ける、セーラー服を着た広島だ。


「お邪魔、というわけですね……」


「込み入った話が終わったら、声かけて」


 アミと広島は、すぐに意図を察し、席を外していく。


 これなら話せる。問題は、どこまで相手に話すかだった。


(適当に嘘をついてもいいんすけど……)


 脳裏によぎるのは、二人の男女。


 ジェノとラウラ。継承戦に参加する二人。


 話せば無関係では済まない。巻き込むことになる。


「結論から言えば、白き神の完全復活失敗による未来の改変っすね」


 ただ、メリッサは、優先順位をわきまえていた。


 ジェノ・マランツァーノが目指した計画の引き継ぎ。


 実現のためには、二人に危険が及ぶのは、避けられない。


 だからこそ、今まで黙っていた事実の一部を語ることにした。


 なにせ、アルカナは、計画の実現に必要不可欠な存在なのだから。


 ◇◇◇


 第二森林区。北西に位置する場所。


 気配を断ち、息を潜める女の姿があった。


 肩には大弓を背負い、右手には矢を握っている。


「白き神の依り代が二人。月が赤いままの理由。不殺による分岐」


 パメラは目を閉じ、狼のキメラと感覚を共有していた。


 位置は第二森林区の西側。木々に紛れて、身を隠している。


 そんな中、狼の耳を通して聞こえるのは、予期せぬ情報だった。 


(こいつは……思いがけない収穫だねぇ……)


 額には冷や汗を浮かべ、にやついた表情を作る。


 矛盾するしていたが、そう反応せざるを得なかった。


「盗み聞きとは、いただけませんね……」


「ぶちまわしたるから、覚悟せぇよ……」


 見えたのは、紫色と赤色のセンスが発せられる。


 おかげで視界は明瞭。そこにいたのはアルカナの侍従。


 アミは腰の刀を抜き、広島は黒の指貫グローブを装着していた。


(帝国の隠密部隊。その隊長格二人が相手……)


 経歴は、前もって調べてある。


 その上で、勝算を頭の中で弾き出す。


(単独での勝率は67%ってところかねぇ。さすがに分が悪いか)


 状況を受け止め、パメラは劣勢と判断する。


 その上で取れる行動は、自ずと限られてくる。


「申し訳ないねぇ。これで勘弁してくれないか」


 パメラは両膝を地面につけ、深く深く頭を下げる。


 恐らく、一度しか使えない裏技。帝国出身に効く行動。


 それは、土下座だった。帝国に伝わる、最上級の謝意表明。


「「……」」


 静寂が訪れ、二人が顔を見合わせるのが、見なくともわかる。


 上手くいかなければ戦えばいい。ただ、避けられる戦いは避けたい。


 パメラにとって王子の矜持などなかった。利になるなら捨てるのは容易い。


「次は、容赦しませんよ……」


「謝意は受け取っちゃる。今回だけな」


 すると、思った以上に土下座は機能し、二人は去っていく。


 パメラは顔を地面に向けながら、ひそかに笑みを浮かべていた。

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