第7話 守護霊


 分霊室。第四小教区。終点に位置する区画。


 教会や礼拝堂があり、最奥には墓所が存在する。


 数多くの純血異世界人が眠り、墓標に名を刻まれる。


 その中でも広大な場所を陣取り、祀られている者がいた。


 人の形に彫られた金装飾の棺桶。それに、白い鎖が巻かれる。


「……」


 そこから起き上がる、一人の霊体がいた。


 肉体はなく、生前のイメージが具現化する。


 短い金髪、白い修道服に、長い耳に、細い目。


「やれやれ……。もう100年経ったのか……」


 気怠そうに起き上がるのは、長耳の男。


 王の風格や威厳は、まるで、感じ取れない。


 しかし、周囲にはひざまずく四人の霊体がいた。


「「「「………………」」」」


 聖騎士。魔術師。武道家。狂戦士。


 顔は俯き、生前の装備に身を固めている。


 性別、表情、経歴は、伺い知ることができない。


 ただ、長耳の男に対する忠義は感じ取ることができた。


「仕方ない……。子供たちをいじめて、暇でも潰そうか……」


 長耳の男は、棺桶に飾られる白い杖を手に取り、語り出す。


 その命令に従い、ひざまずいていた四人の従者は姿を消した。


 ◇◇◇


 分霊室。第一商業区。北端に向かう道中。


 十字路になっている中心地から、北上した場所。


 行く手を立ち塞がるのは、床から生えている無数の手。


 ここに来て初めての接敵。意思の力から大体の力量を察する。


「なーんだ。思ったより、弱っちいじゃん」


 サーラは悪霊を前にして語る。


 もちろん、あの能力は、使ってない。


 下っ端相手に浪費するほど、馬鹿じゃない。


 感覚系だったら、センスの残滓で力の差は分かる。


「いいか。僕たちは、サポートだ。極力、手伝わないからな」


 背後で腕組みながら見守るパオロは、淡々と告げる。 


 意味はよく分かる。継承戦は進むだけが課題じゃない。


「はいはい、分かってますよっと」


 懐から取り出すのは、一枚のカード。


 王霊守護符。守護霊を呼び出すアイテムだ。


 ここにセンスを込めれば、何かが出てくるらしい。


「サーラさんの守護霊……。きっと、とんでもない化け物が……」


「いいや、俺っちは小ぶりの獣だと思うね。本人の器に比例しそうだからな」


 背後では、ジェノとルーカスが好き勝手言っている。


 良い意味でも悪い意味でも、レッテル貼りってやつだった。


(勝手に言っとけ……。なるようにしか、ならない……)


 正直、意思の力に関しては戦闘向きじゃない。


 だから、どんな守護霊が出るかで、難易度変わる。


 先のことを考えれば、ここで当たりを引いておきたい。

 

 とはいえ、これは、人生で一度限りのガチャみたいなもの。


 高望みしたい気持ちもあるけど、意味がないことはしない主義。


「すぅ……ふぅ……」


 サーラは、呼吸を整え、精神を研ぎ澄ませる。


 センスは精神状態に大きく左右されるエネルギー。


 この精度次第で、中身が変わってしまう可能性はある。


 だから、会話に反応するよりも、自分の精神に目を向ける。


 その方が、よっぽど有意義で、最も優先順位の高い行動だった。


「「「………………」」」


 空気を察したのか、三人は黙り込み、見守る。


 その間にも、地面から蠢く手は迫ってきている。


 でも、焦らない。ここで焦ったら、元も子もない。


(……あとちょっと、もうちょっとだけ)


 サーラは、ぎゅっと目を閉じる。心に目を向ける。


 水面を思い浮かべる。波紋も濁りもない清らかな水。


 その水に潜り込む、深く深く潜り込んで、息を止める。


 外部の状況を忘れる。自分の中にあるものだけを信じる。


「おい……。このままだと……」


 気が気でないパオロの声は、耳には届かない。


 加勢しようとするジェノとルーカスも、目に入らない。


 意識しているのは、己の精神を高めること。それだけに没頭する。


(……至った)


 おかげで、確かな手応えがあった。


 ゆっくりと目を開き、状況を確認する。


 蠢く手が、体に這い寄ってくるのが見えた。

 

 このままだと体は蹂躙され、穢され、殺される。


 でも、騒いではいけない。精神を乱してはならない。


(つつがなく、流れるように行う)


 意識するのは、次の行動。最適化されたルートをたどるだけ。


 それ以外いらない。考える必要がない。無駄なことはしたくない。


 頭に浮かんでいるのは文言。王霊守護符を起動するために必要な呪文。


 舌の根に意識を向け、高い精神状態を保ちながら、サーラは、口を開いた。


「……………………………………………………召喚」


 瞬間、生じたのは、白光を纏う斬閃。


 たったのひと振りで、迫る蠢く手を浄化。


 その勢い余って、北端に見える壁と門を破壊。


 石造りの地面を真っ二つにして、ようやく、停止。


 迫っていた脅威に余るほどの、オーバーキルで終わる。


「おいおいおい、地面の底が見えねぇぞ」


「王霊守護符……ここまでのものなのか……」


 ルーカスとパオロは、甚大な被害状況を見て、驚嘆している。


 その中で、ただ二人。起きた現象ではなく、起きた原因を見ていた。


「これって……っ!」

 

 ジェノは、目を大きく見開き、上空を見つめる。


(はぁ……なるほど……。そうきたか)


 同じく、サーラも背後にいる守護霊を見る。


 見えたのは、白い装甲を纏う巨腕と巨大な直剣。


 まだまだ不完全な存在。成長途中の、部分的な顕現。


 だけど、言いたいことがある。口に出したいことがある。


「大当たりじゃん……」


 サーラは、数百メートル級の守護霊に高評価をつけ、意識を失った。

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