第6話 第一商業区


 分霊室。第一商業区。中心地。


 広大な敷地を占めるのは、廃墟群。


 人がいた痕跡のある、商店街が広がる。


 街並みは古く。赤レンガで建築されている。


 灯りはなく、暗闇に満ちた、ゴーストタウンだ。


 そんな中、遥か上空で黄色い輝きを放つ存在がいた。


「でりゃあああああっ!!!!」


 ミネルバ・フォン・アーサーが、発したセンスによる輝き。


 そのまま大剣を上空から振り下ろし、空間を縦に斬り裂いた。


「――――ッッッ!!!」


 叫び声を上げたのは、悪霊と化した巨大な意思。


 人の頭部のみで構成された存在は、一刀両断される。


(とんでもねぇな……。これが、第一位の実力か……)


 その光景を屋根上で見ていたのは、取り巻きの一人。黒服のラウラ。


 一番乗りで分霊室に入り、襲い掛かる悪霊をミネルバが単独で撃破した。


 付け入る隙が一切なく、他者を圧倒する戦闘力を見せつけられた瞬間だった。


「……しまったな。つい、力に頼ってしまった」


 屋根に着地し、ミネルバは反省の色を見せる。


 一撃で屠っておいて、まだまだ向上心があるらしい。


 肉体面も精神面も格上。こいつからなら、色々学べそうだ。


「上出来だろ。今の一撃のどこに文句があんだよ」


 ラウラは、強さの秘訣を探るため、質問を重ねる。


 今より先のステージに進むには、絶対に必要な工程だった。


「今は通用していても、後々、困ることになる」


 ミネルバは何かを確信しているように、語る。


 主語がないから、その中身がいまいち見えてこねぇ。


「どう困るんだよ。こっから先、僕たちは必要ねぇように思えるが」


 ラウラは後ろを目配せし、見えたのは蒼髪と緋髪の男女。


 両方、黒スーツを着て、こちらの正装に合わせてくれている。


 男はダヴィデ。女はソフィアと言うらしい。ミネルバの侍従だな。


 ミネルバが強すぎるせいで、自分含めて、活躍の場はなさそうだった。


「理由は、こいつさ。現段階の実力は、継承戦の前では意味をなさない」


 そう言って、ミネルバが取り出したのは、一枚のカードだった。


 ◇◇◇

  

 分霊室。第一商業区。西端。


 街外れに井戸が置かれている場所。


 井戸の中からは、人型の悪霊が現れていた。


 細身な男性の見た目で、耳は長く、目は虚ろだった。


 何かを求めるように手を伸ばし、その手が徐々に迫っている。


 そんな中、落ち着きながら、マイペースに懐を探る小さな存在がいた。


「えーっと、どこやったかな」


 アルカナ・フォン・アーサー。分霊室に二番乗りした男。


 右手には木製の杖を持ち、左手で青と黒のローブ服の中を探る。


「手助けした方がいいっすか?」


 それを見かねて、バーニースーツを着るメリッサは、声をかける。


 その背後には、気が気でないように見守る紫髪の女性と茶髪の女性。


 名前は臥龍岡アミと、毛利広島。両方、大日本帝国出身の侍従だった。


 アミはポリス服、広島はセーラー服という、いかにもなコスプレ集団だ。


「あー、あったあった。大丈夫。僕に任せてよ」


 アルカナが取り出しのは、一枚のカード。


 金の装飾が施された王位継承権者のみに許される力。


(何が出てくるか、見物っすね)


 メリッサは言われた通り、高見の見物を決め込む。


 持ち込んだアブラメリンの書より、興味をそそるもの。


「こいつを扱う文言は確か……召喚っ!」


 短い詠唱と共に、アルカナはカードに意思を込める。


 それに伴い、薄っすらと見えてきたのは、紅蓮の両翼。


 突如、風がなびくと、人型の悪霊は、紅い炎に包まれた。


「――ッ」


 じきに悪霊は消滅し、伸びてきた手は霧散する。


 王霊守護符。成長型の王子守護霊を呼び出せる代物。


 継承戦の鍵を握るのは、間違いなく、このカードだった。

 

 ◇◇◇


 分霊室。第一商業区。北端。


 商業区の終わりに位置している場所。


 そこには、門があり、銀の鎧を着る門番がいた。


 右手には直剣。左手には盾。という古風な装備をしている。


 それに、たった一人で立ち向かおうとする、白スーツ姿の男がいた。


「さぁって、第一商業区の王の登場か……」


 ベクター・フォン・アーサー。分霊室に三番乗りした人物。


 左肩には小ぶりのニワトリが乗り、右手には紺碧の腕輪がはまる。


 武器らしい武器はない。門番が放つ漆黒の意思に敵うように見えない。


「相手にとって不足はないが、こんなもんに頼るかよ……」


 そんな中、ベクターは懐から王霊守護符を取り出し、捨てる。


 用意された王道の否定であり、自分が突き進みたい王道の肯定。

 

「――」


 門番は、侵入者を感知し、構えた。


 立ち居振る舞いと意思の力から分かる。


 先祖の中でも名のある人物のように思えた。


「まずは、小手調べ……」


 ベクターは右手を掲げ、腕輪を見せつける。


 それは、邪遺物イヴィルと呼ばれる、異能を秘めた装飾品。


 センスを込めれば、元の性能をさらに強化することが可能。


「――」


 突如として、門番は勢いよく直剣を振り下ろす。


 直剣には意思の力が乗り、空間を断つ勢いで放たれる。


 しかし、そこには、すでにベクターの姿はない。消えている。


「こんなもんか……。こいつは一人で楽勝かもな……」 


 ガタッと鎧が崩れ去る音が聞こえ、どこからか声が響く。


 同時に第一商業区の門が開くと、悠々と歩くベクターの姿が現れた。


 ◇◇◇


 分霊室。第一商業区。東端。


 そこは商業区内で職人が集まる場所。


 ギィギィと痛んだ木の床を踏みしめる音が響く。


 使い古されたヤスリや、ナイフが室内には転がっている。


「……おっ、あったあった。こいつを探してたんだよねぇ」


 そこに足を踏み入れたのは、四番手パメラ・フォン・アーサー。


 口元に手を当て、しめしめといった表情を作りながら、机を見る。


 そこには、木製の大弓と太い矢が一本だけ、ぽつんと置かれている。


「矢が一本……。使えるのでしょうか……?」


 隣に立つ唯一の侍従。狼の獣人は、主人に問いかける。


「あぁ、それなら心配いらないよ。なんたって作ったのがご先祖様だからね」


 対し、パメラは答えをぼかしながら反応する。


 血は薄くとも、遺伝子は、確実に受け継がれている。


 先祖が思い描いていたビジョンは手に取るように分かった。


 ◇◇◇


 分霊室。第一商業区。南端。


 分霊室前と繋がる白い大門が開かれる。


 最後に足を踏み入れたのは、サーラの一行だった。


「……うわっ、暗っ。これどうやって進んだらいいの」


 目を眇め、サーラは遠くを見つめ、語る。


 事前に渡されたのは、胡散臭いカードだけ。


 灯りとなるようなものは、渡されてなかった。


「あぁ……それなら」


 すぐにジェノは勝手知ったるように、口を挟む。


 至れり尽くせり。考えなくても、やってくれそうだ。


「待て。お前は少し、こいつに甘すぎだ。考えさせろ」


 しかし、パオロは心中を察したように言った。


 楽したかったけど、この感じだと、無理かもしれない。


(めんどくさいけど……。やってるフリは、後々、楽かも……)


 面倒は嫌いだけど、大きな面倒のためにする小さな面倒は好き。


 今回はそれに該当する。ここで実力を見せとけば、後に活きるはず。


(さーて、なーにか、ヒントはないかなっと)


 じーっと目を凝らし、サーラは分霊室を見渡した。


 すると、ほんの一瞬だけ、空が光ったような気がする。


(あー、なーるほど)


 一瞬だったけど、それを見逃すわけがない。


 すぐに状況を察し、必要な回答を見つけ出した。


「答えはセンス。灯りになる程度に出せばいいってことでしょ」


 サーラは白いセンスを纏い、意気揚々と語る。


 それに伴って、周囲はほんのりと明るくなっていた。


「正解だ。その調子で頼むぞ」


 パオロは笑みを浮かべ、歩み始める。


 カンニングして、味方のご機嫌1ポイントゲット。


 なんとなく得した気分になりながら、サーラは後に続いていった。

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