第4話 王の御前
一階、玉座の間には、王位継承権者五名とその配下が集う。
そこでハインリッヒ王が切り出したのは、王位継承戦の話だった。
(どうせ、王族同士で殺し合え。とか言うんだろうなぁ……)
サーラは耳を傾けながら展開を予想する。
横に並ぶ、他の王位継承権者は武装している。
装備に違いはあれど、戦闘があるのは間違いない。
問題は誰と戦うかだけど、王は王位継承戦と口にした。
それなら、王位継承権者同士で戦う以外ないように感じた。
「詳細を話す前に、前提を共有する必要があるようだ……」
すると、ハインリッヒは、こちらを一瞥し、語り出す。
記憶がないのを知っている。もしくは、後ろの同僚への配慮。
一方的に話を進めるわけじゃなくて、足並みを揃えてくれるらしい。
(曲がりなりにも王。って感じか。正直、混乱してたから助かる)
上空一万メートルから拉致られ、ここまで一切の説明なし。
状況から、ある程度の推測はできるけど、予想の範囲を出ない。
一方で、他の候補者は、いちいち言われずとも詳細を知ってるはず。
前提を省き、話を進めることも十分可能だったと思うけど、しなかった。
それだけ、あの王には公平性を重んじられる器量があることを意味している。
「分霊室という部屋がある。公にされていない宮殿内の一室だ。バッキンガム宮殿が建設されるより、はるか昔。修道院が建てられていた頃から受け継がれる空間であり、我々ロイヤルファミリーは、代々それを管理してきた……」
ハインリッヒが語るのは、王位継承に関係なさそうな話。
歴史の裏側を、ただ聞かされているだけのような内容だった。
だけど、ここで無駄話はしない。きっと、王位継承に関わること。
(なにそれ、ちょっと、面白そう……)
王族同士で、単純に殺し合うだけの話じゃないかもしれない。
予想した展開から外れつつあることに、少し興味が湧いてきた。
「そこで祀られるのは、1000年前に朽ちた我らが先祖。純血異世界人となる」
聞き覚えのない、単語が聞こえてくる。
不穏な響きの言葉であり、恐らく重要なワード。
「ちょっと待って……。その『純血異世界人』ってなに?」
サーラは話から生じた疑問を口にした。
記憶を失う前だったら、たぶん知っていた話。
だけど、記憶がない以上、知ってるわけがなかった。
「口を慎め、第五位。父上の話を遮るな」
すると、国王とは別の人物が声を上げる。
列の一番右端に立っている、大剣を背負う女。
(なんだ、こいつ。偉そうに)
名前は知らないし、継承順位もまだ聞いていない。
ただ順番を考えれば、右端が偉い。つまり、第一位だ。
「やつは過去の記憶がない。以降、言葉遣いに関して、不問とする」
一方、話の分かるハインリッヒは、例外を認めた。
どうやら、記憶がないことも、当然分かってるらしい。
やっかんできた大剣女は、王の言葉で、引っ込んでいった。
(どこまで内情を知ってるのやら……)
なんとなく予見できたことだけど、気味が悪くなってくる。
組織にいた頃は閉鎖的な空間にいた。外部に情報は漏れないはず。
それなのに、ハインリッヒは知っていた。何か裏があるのかもしれない。
「話の続きだが、純血異世界人は、1013年ほど前、地球にやってきた別世界の種族だった。イタリアの現シチリア島を拠点とし、子孫繁栄を目的に活動し、その目論見通り、異世界人の血を引く者がイギリスという国家を手中に収めた」
王は淡々と、明かされない国の歴史を語る。
噛み砕いてくれたおかげで、状況は大体掴めた。
(異世界にいた種族が、イギリスの王族か……。なんか複雑……)
国の領土は、同じ血筋の者に受け継がれるもの。
そんな固定概念という常識が、歴史を否定したくなる。
ただ異世界人を抜きにして、歴史上、領土の略奪は当たり前。
だから、反論できない。受け入れなければいけない事実でもあった。
「大体分かったけど、それが王位継承戦と、どう関係するわけ?」
やり切れない憤りを、サーラは言葉に乗せる。
国王に対しては、あまりにも不遜な態度だった。
だけど、許可はもらってる。これで、問題はない。
(あぁ、ちょっとスッキリした。あの大剣女の反応はっと……)
横目で第一位を見ると、ぷるぷる肩を震わせていた。
王の言いつけを守って、なんとか我慢しているらしい。
「おおよそ100年に一度の周期で、分霊室の封印が解かれる。そこには、先祖の英霊たちが祀られているわけだが、封印が解かれることで悪霊と化す。王位継承権者はその度に分霊室を訪れ、苦難を退き、再封印を果たした者が王となる」
ハインリッヒは気にせず、説明を続ける。
おかげでようやく置かれた状況が見えてきた。
(殺し合いじゃなくて、祓い合いか……)
予想とは違ったけど、ある意味で単純な話だった。
先祖の墓参りをして、一番貢献した人が王に選ばれるんだ。
割と納得がいく価値観だったし、殺し合いより健全な選定方法だった。
「ふーん、そうなんだ。大変だね。……でも、わたしは降りるから」
だけど、そんなの知ったこっちゃない。
王とか興味ないし、戦うのも好きじゃない。
面倒事は嫌いだし、人と競い合うのは大っ嫌い。
記憶がないから従う義理もないし、断る一択だった。
「「「「……………………」」」」
その無礼な言葉に反応するものたちがいた。
他の王位継承権者。第一位。第二位。第三位。第四位。
それぞれが、大剣。杖。拳。爪。と急所に向けて、迫らせてくる。
(さすがにライン越えか……。でも、忠誠心はよく分かった)
当事者であるサーラは他人事のように、状況を観察する。
反撃しようとは思わない。無駄な労力は使いたくない主義だった。
「やめろ。神聖な玉座の前で血を流すな」
見かねたハインリッヒは、即座に命令し、攻撃の手は止まる。
頭。首。心臓。目。それぞれが狙った急所を捉える直前で停止する。
頭で思い描いた通りの展開だった。こうなることは、最初から分かってた。
「無礼なことを言ったのは謝る。ごめんなさい。これで、帰っていいでしょ?」
サーラはすぐに謝罪をして、王への非礼を詫びる。
すると、他の王子たちはそれぞれの得物を引いていった。
(やっぱり……。優先してるのは、継承戦より、王の面子か……)
王子たちの熱量は、王を立たせることに偏っている。
王位継承戦に参加するかどうかは、あまり重要視してない。
今のは、継承戦にこだわる人物をあぶり出すための、挑発だった。
「そう簡単な話ではない。宮殿に踏み入れた時点で、継承戦は始まっている」
ハインリッヒが述べるのは、ありきたりな台詞だった。
継承戦が終わるまで外に出られないとか、そんな脅し文句。
その中身は大体、嘘。場の雰囲気で信じ込んでしまう集団心理。
「……へぇ。じゃあ、確かめさせてもらう。敵意はないから手出ししないでよ」
前置きを挟み、サーラは白いセンスを発する。
嘘か本当か判別できる手段をこっちは持っている。
直接試すより間接的に試せる、手間のかからない能力。
「空触是色」
センスを手に変え、建物の外に伸ばす。
実体がないから、簡単に壁を通り抜けられる。
手はぐんぐん伸び、宮殿の出口の方まで迫っていく。
(楽勝じゃん。やっぱり、さっきのは王の――)
感覚的に出口に近付いているのが分かる。
あと少しで外に出られる。嘘だと証明できる。
「――――」
直後、何かに触れた。今まで触れたことのない感情。
憎悪。絶望。執念。嫉妬。無念。苦痛。恐怖。嫌悪。怨嗟。
そんな言葉じゃ、生温い。それらを全て混ぜ込んだ、どす黒い沼。
(……気持ち、悪い)
次第に、寒気が走ってくる。
肩は震え出し、頭がクラクラする。
負の感情は、何度か触れたことはあった。
だけど、これ以上はない。存在しちゃいけない。
泥沼に軽く触れただけなのに、深さが分かってしまう。
飛び込めば、ただじゃ済まないことが体で理解できてしまう。
「おえぇぇぇ…………」
気付けば、胃の中のあったものを全て吐き出していた。
玉座の間の神聖な赤い絨毯の上で、汚物をまき散らしていた。
胃液が空っぽになるまで、この不快な感情を取り除こうとしていた。
(嫌……。外に出るのは、絶対に嫌だ……。まだ、死にたくない……)
同時に置かれた状況を悟ってしまう。
ハインリッヒが言ったのは、嘘じゃない。
継承戦が終わるまで、外に出るのは絶対無理。
「お前は運がいい。先祖のアレに触れて、生き残れた人間は少ない」
ハインリッヒは状況を達観していた。
むしろ、興味深そうに事象を観察していた。
(こいつ……。こうなるって分かってて、わざと……)
自業自得。とはいえ、あまりにも物分かりが良過ぎる。
安否のみならず、能力の詳細もバレていたと考えるのが自然。
ここまで全部、ハインリッヒ王の筋書き通りの展開のように思えた。
「さて、本題に移るが、継承戦に参加するか、しないか、お前はどちらにする」
そこで、念を押すように、王は二択を強いてくる。
皮肉か、冗談か、それとも、本気で言っているのか。
気分は最悪だし、倒れて、聞かなかったフリもできる。
返事を先延ばして、体調不良を理由に拒否するのも可能。
「参加、するに決まってんでしょ……。逃げられないんだから……」
だけど、それじゃあ、腹の虫が治まらない。
言ってやらないと、舐められてしまう気がした。
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