第3話 顔合わせ


 バッキンガム宮殿には775もの部屋がある。


 王族が寝泊まりする特別室19。来客用の寝室52。


 スタッフ用の寝室188。事務室92。トイレ78。浴室78。


 さらには、画廊。宝石商。郵便局。手術室。地下ATMなど。


 外出をしなくとも、公務が滞りなく行える施設が用意されている。


 ただし、これらは公にされた一部情報であり、大半は謎に包まれていた。


「…………」


 バッキンガム宮殿内。その三階に位置している実験室。


 王位継承順位第四位。パメラ・フォン・アーサーの私室。


 室内は薄暗く、実験用の培養槽が所狭しと敷き詰められる。


 それをうっとりと見つめるのは、白衣に袖を通した、パメラ。


 背は高く、桃色の髪は腰まで伸び、頭頂部にはティアラが乗る。


 ティアラにはダイヤが散りばめられるが、その輝きは眼中にない。


「可愛い可愛い下僕キメラ……。ようやく、お披露目の時だよ」


 パメラは培養槽の操作盤を押し、中の液体が排出される。


 そこから現れたのは、人の形をしていながら、人ではない者。


 頭頂部には縦に尖った黒い耳があり、口は大きく、その牙は鋭い。


 黒い毛皮、黒い尻尾、筋肉質な肉体を持ち、特に大腿が発達している。


 獣のような出で立ちでありながら、二足歩行で、一歩前に踏み出してくる。


「……なんなりとご命令ください。パメラ様」


 声をあげたのは、培養槽から現れた人物。


 片膝をつき、人を敬えるほどの知性を持つ存在。


 狼と人間のキメラ。常識を凌駕した獣人がそこにいた。


「じゃあ早速だけど、最初の命令。あたいが王になれるようサポートしな」


 パメラは、にやりと笑みを浮かべ、己が願望を言い放った。


 ◇◇◇


 バッキンガム宮殿内、二階、遺物室。

 

 歴史の影で暗躍した遺物が保管される場所。


 白を基調とした広大な空間にショーケースが並ぶ。 


 遺骨、鉱物、宝石、宝剣、法具、聖櫃、聖杯、聖骸布。


 古今東西問わず、多種多様な文化的価値があるものが揃う。


 そのありふれた宝物には目もくれない、短い赤髪の男性がいた。


「聖なる物と邪なる物。誰が勝手に決めたのかね……」


 王位継承順位第三位。ベクター・フォン・アーサー。

 

 白スーツに袖を通し、精悍な顔つきで、引き締まった肉体。


 最奥には、一匹の茶色のニワトリと、紺碧の腕輪が壁に飾られる。


 ベクターは懐から銀色の鍵を取り出し、解錠。生物と物質を手に取る。


「自分一人の力でデカくなってやる……。それが俺の王道だ……」


 振り返り、出口を見るが、側近や侍従の姿はない。


 個の頂上を目指す彼にとって、配下は不要な存在だった。


 ◇◇◇


 バッキンガム宮殿、一階、封書庫。


 第一級有害指定書が封印されている場所。


 古文書、魔術書、呪文書、怪文書、非公開禁書。


 白い鎖だらけの本棚には、多種多様の本が並んでいる。


 青を基調とした部屋でありながら、照明は薄暗く、湿っぽい。


 その封書庫内を、せわしなく徘徊している、青髪の小さな男がいた。


「あぁ、これも違う、あれも違う……。どこやったかなぁ……」


 王位継承順位第二位。アルカナ・フォン・アーサー。


 背丈は129cmほど。青と黒のローブ服に、木彫りの両手杖。


 両目には黒縁の眼鏡をかけ、目を細めながら、目的の書物を探す。


「アブラメリンの書……。これじゃないっすか?」


 脚立を使い、本を手に取ったのは短い紫髪のバニーガール。


 黒い本の表紙には、赤い五芒星が描かれ、一部焼け焦げている。


「あぁっ! それだよぉ、それぇ。よく見つけてくれたねぇ」


 アルカナはぐっと背伸びをして、本を受け取る。


 その顔は無邪気で、純粋。邪な心は垣間見えない。


 ただ、手に持つ書は、有害そのもの。人の手に余る。


「礼はいいっすよ。それより、あんたを王にしたら――」


 バニーガールは脚立から降り、尋ねる。

 

 アルカナの配下のついた理由。その念押し。


 彼を王にした後に見る景色の再確認をしていた。


永遠の国ネバーランドの実現。安心しなよ。ちゃんと覚えてるからさぁ」


 当の本人であるアルカナは、書を懐にしまい、言い放つ。


 その表情には抜けた感じはなく、真剣な顔つきそのものだった。


 ◇◇◇


 バッキンガム宮殿、地下一階、武器庫。


 合法、非合法、時代問わずの武器が揃う場所。


 銃、剣、斧、槍、短剣、槌、弓と矢、鞭、刀、細剣。


 黒を基調とした広大な部屋で、壁面全体に武器が飾られる。


「クラシックってやつか。こんな時代遅れの品物で王になれんのか?」


 問いかけるのは、黒いスーツを着た、短い青髪の女性。


 壁面に飾られる無骨な斧を取って、そばにいる人物に問う。


「……やめとけ。気安く触れると火傷する。と言っても手遅れか」


 王位継承順位第一位。ミネルバ・フォン・アーサー。


 ハーフアップされた黄色の髪に、黒いドレスを着た細身の女性。


 背は150cm。腕も足も細くしなやかで、武器を扱うには筋肉量が足りない。


「うっ。なんだ、こいつ……。持てねぇ……」


 青髪の女性は、斧を両手で支えるも、地面がひび割れていく。


 通常では考えられないほどの重量が、無骨な斧には備わっていた。


 次第に支えきれなくなったのか、握っていた斧を手から放していった。


「こいつらはぜーんぶ王族専用さ。使い手を選ぶ。私なら……この通り」


 落ちた斧の柄をミネルバは空中で掴み、軽々、持ち上げる。

 

 その見た目からは想像もできない膂力を持っているように見えた。


「そういうカラクリか……。つまんねぇの……」


 青髪の女性は不機嫌そうに、そっぽを向いて愚痴をこぼす。

 

「本来なら持った瞬間に……。いや、詮無いことか……」


 ミネルバは拾った斧を元に戻し、隣に飾られる得物に触れる。


 それは、身の丈に迫る黒い両刃の大剣。革のベルトがついている。


 いとも簡単に持ち上げ、ベルトを装着し、ミネルバは大剣を背負った。


「王位争いに、そんな大層なもん、必要なのか?」


 青髪の女性は、大剣を背負う姿を横目で見ながら、問いかける。


 家族同士で争うにしては、過剰な戦力。そう言っているように見えた。

 

「王位継承の歴史は、今に始まったことじゃない。これがうちの、普通なんだよ」


 ミネルバは、どこか重々しいトーンで語る。


 その所作、仕草には微塵も油断は感じられない。


 代わりに、王位継承戦に臨む、覚悟と気概を見せた。


 ◇◇◇


 バッキンガム宮殿、一階、玉座の間。


 ぞろぞろと集まるのは、他の王位継承権者。


 ハインリッヒ王が侍従を送り、招集をかけた結果。


 配下を連れている人もいれば、全く連れてない人もいる。


(知らない顔ばっかり……。記憶ないんだから、当たり前か……)


 それを横目で見ていたのは、サーラだった。


 昔の記憶があれば、気心の知れた仲かもしれない。


 ただ、記憶を失った今は別。言ってしまえば他人だった。


「……あ」


「お久しぶりっすね」


「……おいおいおい、まじかよ」


 ジェノが声を上げ、紫髪のバニーガール、青髪の黒服女が続いて反応する。


「メリッサに、ラウラ……。なんで、こんなところに……」


 ジェノの反応を見るに、紫髪がメリッサ。青髪がラウラというらしい。


 彼からすれば、このバッキンガム宮殿内に身内が集まっているみたいだった。


(偶然か……。それとも、必然か……)


 奇遇で片づけるには、度が過ぎているように思える。


 むしろ、誰かに仕組まれていたと思う方が、自然だった。


「うちは、足場を固めにきたっす」


「僕は、地盤を固めにきたってとこだな」


 メリッサと、ラウラは、簡潔に動機を答える。 


 知ったこっちゃないし、どうでもいいことだった。


(このまま、身の上話を聞かされたら、嫌だなぁ……)


 それが、面白くないサーラは、ふとそんなことを頭に浮かべる。


「……静粛に。これより、王位継承戦の説明を行う」


 すると、ハインリッヒ王が空気を読んで場を取り仕切る。


 この話題なら、少しぐらいは耳を傾けても良いかもしれない。

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