第22話 ラシュア
ダスティンはシルルのくだりについては知らなかったか。
それでもなにか感じるところがあったのだろう。
男にたいして彼は警戒心をむき出しにした。
それはリシアも同じで、しかも彼女だからこそ知っていることもあった。
ここに来る前に全て終わらせてしまったはずの事件が彼女に今再び牙を剥かんとする。
絞り出すような声で彼女は言った。
「……どうして、シルルに関しては見広が犯人を殺したって」
「殺しを実行させるためにこの俺が使った人間なら確かにそこで寝ているやつに殺されたぞ?」
何を言っている、とそう言われた気がしてリシアは震えた。
つまりこの男は実行犯でないにしろあれにリシア以上に関わっているわけだ。
むしろ、この男が主犯であることを疑ってはいけないだろう。
というか、口ぶりからしてそれで確定か。
「どうしてシルルを殺したの?」
見広が唯一屈託のない笑みで話しかけていた相手だったのに。
あなたが彼女を殺していなければ、きっと今も見広を支えているのは彼女だったのに。
男の答えは簡潔で、また残酷だった。
「仕事だから、だな」
殺しは仕事であって、その男の本能の延長線上にあるものでしかなかった。
リシアはそれを聞いて若干身震いをして。
見広の頭を地面にそっと置くと明確な敵対の意思を男に返した。
「覚悟はいい?」
憎悪ともまた違う好戦的な雰囲気に置き去りにされていたダスティンも一歩前に出た。
「だいたい俺がこんなごみ見てぇなクソヤロウを助けてやる義理なんてねぇけどよぉ。いい加減お前イラつくんだよ」
へぇ、と男は二人を見てから。
あぁ、と思い出したかのようにてを叩いた。
「名乗るのを忘れていたな。俺の名は《ラシュア》。しがない一人の殺し屋だよ」
いっそのこと緊張感の抑揚もないその挨拶だった。
挨拶された方は、逆に警戒心をさらにむき出しにすることとなるような内容だった。
「ところで君たち、僕もあんまり戦いたくはないんだ。だからおとなしくそこで眠っている子を殺させてくれると助かるな」
ラシュアがそう言って、ダスティンがハッと吐き捨てた。
リシアは顔色一つも変えずに言葉を返した。
「お断りね」
自分でもどうしてかは分からないけれど、彼を失ってしまうことだけは防がないといけないとそう思っているから。
ダスティンにとって見広はリシアに絡むいけすかないやつだったがそれでも知人を殺し屋に売るようなゲスにはなり過ごしたくなかったから。
それよりも何よりも、
「見広が体を張ってやっと得た静寂をこんな人間に悲しみの成果に変えられてしまいたくない!」
魔方陣が展開される。
先ほど暴走していたときとは違うリシアという少女らしい綺麗な魔法が。
ラシュアはそれを鼻で笑うと同じように魔方陣を展開した。
その大きさは学生のそれよりも遥かに大きい。
「咲き乱れ舞い落ちて、世界を彩り天をも覆う。色彩豊かに可憐なそれは、あるいは嵐となりて。人を魅了し、邪気さえ払え」
少女の詠唱が、辺りに響いた。
「《
刹那、景色が変わったというのは何の比喩表現でもなかった。
まるで、自然がそれを受け入れて、どこか堕落していくような。
花弁どもが吹き荒れた。
要するに花びらの舞い。
そんな美しいとも表される存在が、景色を抉りとっていく。
「ほう?」
対して目の前のラシュアと名乗った男はそう唸っただけであった。
あるいはそれさえも演技だったかもしれない。
「そういえばそこにいるものは面白い定義を持っていたな。たしか、魔法は想像だ、だったか」
「何を?」
フッと微かに顔が崩れて、ラシュアは首をコテンと倒した。
何が起こったのか根本的には分からずにリシアも首をかしげた瞬間。
「くだらないな」
何がとは意地でも言わないつもりらしかった。
「っ?!」
「その男が何を言いたいのかは知らないけどな」
「まったく意味が分からねぇけどよぉ。とりあえず死ねやお前!!」
ゴガッ、ゴガガガガガ!!!!
見広に対して決闘で放ったような炎での一撃ではない、たった一発の物理攻撃。
ダスティンとしては当たると思った攻撃だったが……。
幻影、というのは間違いではないだろう。
(攻撃が、すり抜けやがって……こいつっ?!)
「一撃さえくらってしまえば確かに強力な攻撃……か。しかし、単調な攻撃などくらうとでも?」
続いてラシュアはこう唱えた。
「唯一にして、唯一ならぬもの。厄災となるもの朽ち果てん」
その真名を彼が唱えることはなかった。
あり得ない、なんて考えても事実は事実。
地面がボロリと崩れ落ちた。
大穴とまではいかないが人一人分くらいなら余裕で耐性を崩してしまうような。
「さぁ、馬鹿みたいなことをしてないでそこの男を俺に寄越せ」
「だから、私は彼をあなたに譲らないって言っているでしょう?」
「不本意だが、俺もリシアに同意してやらぁ」
はぁ、とラシュアがため息をついて鬱陶しげにリシアとダスティンを見つめた。
同時に、軽く手が振られて。
「?!」
「俺は魔法使いという職業が嫌いだ」
地面が裂けた。
「十数年前まで絶えることのなかった異能使いに対しての迫害をまさか忘れたとは言わせないぞ?」
知るか、とダスティンが吐き捨てた。
確かにそんな話があった気がしないでもないが、そんなことを今持ち出すな、と。
十数年前の話なんて俺たちは知らねぇんだよ、と当たり前のことを吐き捨てた。
「まぁ、いろいろと嘘なんだがな」
「テメェ」
そもそもこんな男が迫害だろうが差別だろうがそんなものを気にするはずもなかった。
むしろ、嬉々としてそのなかに飛び込むタイプの人間なのではないだろうか。
異質な存在、と一言で片付けてしまえば早かったが、その言葉だけでは表すことのできないなにかを秘めているような。
「開眼せよ」
一言だった。
その一言でありもしない何かからの監視をうけるような感覚を二人は味わった。
というよりは、魔力そのものが性質を変化させたような?
ゾワリ、と咄嗟の判断だった。
一瞬でも遅れていたら、今と同じような結果にはならなかったはずだ。
「何が……」
「起きた、とは言わせないぞ? 俺はただ、周囲の魔力を掌握しただけだ」
リシアは、ハッと目を見開いた。
この男は《
周囲の魔力を取り込んで使えない、ということはほぼ百パーセント自分の体内で練り上げた魔力しか扱うことができないということだから。
当然、魔法の威力も落ちる。
逆に、
「呼応せよ」
周囲の魔力を掌握した相手の魔法の威力は、もちろん跳ね上がる。
ドクンと、まるで巨大な心臓が脈動するような音がして、それで空気が振動した。
もっといえば、空気の振動そのものが殺傷能力を持った。
「我が身に宿り、我が身を守る盾と……」
「反転せよ」
今度は逆に、大気がまるで滝下のように押さえつけられた。
《防御系統》の魔法を展開しようとしていたリシアもダスティンもその一言で叩きつけられた。
それにしても、考えてみれば全くおかしいことだ。
この人間は詠唱をしているにしろ、それが短すぎる。
ちゃんとした詠唱をするのならば、少なくとも三節は欲しいはずなのに。
それも一節、はたまた一単語で終わらせるなんて。
「加速せよ。あるいはそれに、従順せよ」
そう考えた矢先に新たな指示。
接続詞「あるいは」。
ある一定の条件の下によって結果が変わるようなそんな詠唱。
「テメェ!」
「っ、ダスティンだめ! これはそもそも魔法なんかじゃない!」
激昂したダスティンにリシアが叫んで行動を止めさせた。
それを見て、ほうと男は少しだけ感心したように藍の髪色をした少女を見つめた。
「どういうことだぁ?」
「____大前提が間違っていたの」
そもそもその事象の見方が違ったのだ。
彼女らは魔法という概念に縛られすぎて、柔軟な発想ができなかったのだ。
「この男は、魔法なんかそもそも使っちゃいなかった。使っていたのは《
「それはどういう」
「あの言葉は、魔法の詠唱なんかじゃない。魔物への呼びかけなの」
「でも、魔物なんてよぉ。このあたりにはもういねぇじゃねぇか」
ダスティンの怪訝そうな言葉に、リシアはそれも間違いだったと返した。
「《
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