第21話 闇喰らえ天剣
瞬間、吹き荒れたのは想像を絶する嵐だった。
竜が引き起こしたのではない。
天智見広という一人の人間が、人の為せるわざとは到底思えないような技をやってのけたのだ。
風に煽られて、リシアの体も宙を変な方向に舞う。
落下する感覚を味わいながら、リシアは見広の方を見て。
次の瞬間には、自分が抱き抱えられていたのだから驚愕解いたっところか。
それに、この格好はいわゆる____。
リシアを咄嗟にお姫様抱っこして、地面に下ろして見広は「よし」と呟いた。
どうにも体は問題なく動いているようだった。
いや、ある意味動けすぎていることが問題か、と見広は苦笑したが。
腕の中に収まったリシアが呆然とした様子で見広に聞いてくる。
「見、広?」
まるで夢でも見ているかのようなリシアが見広の頬に手を添えてきたので彼はその手を優しく包み返した。
それから彼女を地面に下ろして竜の方に向き直った。
(流石に竜。あれくらいの風で地面に落ちてくれるほど簡単な攻略対象ではない、か)
まぁ、落ちてくれなくても困ることはないんだけどなと見広は思った。
地面を踏み締めて、宙へと飛び出る。
ただ高く高く飛び上がって、そこは竜と同じ目線。
「グァァ?」
竜が理解不能と言ったような声をあげた。
先ほどの少女は魔法を使って自分と同じ高さにまで上がってきたのに、この少年はどうしてただのジャンプでここまで辿り着けたのだ、とそんなことを思ったのだろう。
それが見広からすれば心外だったが、そもそも見広の能力を竜が知らないのだから仕方がないのだろうか。
「あぁ、めちゃくちゃ勝手な言い分で済まないんだけどさ。その顔に刺さってる剣返してくれね?」
まぁ、同意は求めていないけどなと見広が笑った。
柄を握って、竜に刺さった剣を全力で引き抜いて。
それでやっと、緑の血が吹き出した。
竜からすれば出血のうちにも入らない可能性があったが、それは見広にとっては一つの吉報だったか。
敵からの猛攻を空中で躱しながら地上に降り立って。
その以上なまでの加速度で、翼の上に飛び乗った。
「まずは、機動力を奪う!」
関節部に黒の剣を叩きつける。
翼は飛ぶためにあるものだが、可動域を広くするためにその他の部位ほど強固に作られてはいなかった。
いっそ軽々しく、竜の翼がズトンと地に落ちた。
しかし、竜なりの最後の抵抗か。
切り落とされる前の翼を上へ跳ね上げて、見広を空へと押しやってのだ。
さすが、なんて思って見るがしかし、そんなことばかり見ていることもできなくて。
咆哮。
《
周囲を溶かし尽くさんとした炎が見広へ向く。
それに対して見広が切先を向けるのは《
竜から奪い返した剣のその先端だった。
「いただきます」
それでも見広はそう言った。
思い出してみれば、最初見広は何を望んでいたのか。
何を考えてきたのか。
少なくとも、純粋な打撃的な攻撃ではない何かだった。
それはそう、魔法での攻撃だった。
情報を開示しよう。
黒き剣に与えられた一つの権能。
付喪神を名乗る精霊が見広に密かに教えた内容。
それは、その件の使用者の持つ権限を一つだけその剣に付与することができるというもの。
つまり、今のような状態であれば。
剣が、魔法を喰らい見広のエネルギーとする。
そうして、そうしてだ。
熱波は全て見広のその剣に吸い込まれてしまって。
逆に、見広はそのエネルギーを受け取ることとなった。
「ご馳走様。相変わらず、愛おしいくらいに美味い魔法だな」
魔法に味など無いのだが。
それでもそう表現せずにはいられないくらい、その魔法に焦がれたのか。
それとも、みひろ自身の中で何かが崩れさってしまったのか。
真偽は必要がないことである。
「ウラァァァ!!」
竜の爪と、見広の剣が交差した。
結局お互い弾かれて終わるという結果になったのだが、まぁそれが以上な事態であるというのにもちろん傍観者の二人が気が付かないはずがなかった。
見広のそれは舞であった。
いや、演舞であった。
前に舞っていた時のような必死に食らいつく姿勢はなく、ただただ淡々と攻撃の回数を重ねるだけであった。
それは次第に勢いを増していく。
最初、数秒に一回だったぶつかり合いは、その間に幾度となくぶつかり合うようになり、次第には竜も見広もお互いの力をぶつけ合う結果となっていた。
「まじぃな」
ダスティンがそう言いながら、リシアの方へと近づいてきてリシアはそちらに目を向けた。
何を言おうとしているのか、リシアはその一瞬で理解したのだろう。
だから、自然に微笑んでダスティンへと言葉を送った。
「大丈夫。見広は負けないわよ」
だって、英雄は魔王に勝たなければならないから。
竜がまた方向を上げた。
前回の反省を活かしてか、それに魔力は載っていなかった。
つまり、魔力という概念を通さない純粋な物理攻撃。
故に、見広はそれを食うことができない。
攻撃をくらってしまう。
が、それでも。
「《
それは、先ほど詠唱していた魔法だったか。
見広の周りを、何かが覆った。
目には見えない、しかし確かに存在しているという気配を漂わせるそんな何かが。
風が、消えた。
「お前は魔力を込めてないつもりなのかもしれないけどさ。流石に、無理があるよ」
ここで一つ、前提が覆る。
天智見広は魔術が使えないという根本的な事実が。
否、それは半分正解であり半分間違いであったのだ。
(詰まるところ、いつもの俺は魔力がカツカツどころかマイナスなわけだ)
それで、その魔力を満たすために魔力を食って食って食いまくって。
それでも全身へと漏れてしまうから、見広は魔術を使えない。
しかしどうだ。
この竜のように、想像を絶するほどの魔力を持つものからそれ相応の魔力を食らったのだとしたら。
瞬間的とはいえ、見広の魔法を使うだけの魔力は満たされるのではないだろうか。
「魔法は想像だ」
見広はそう考えていた。
この世界の人間は、魔法を学問のように考えている節があるが地球で生きていた見広にとってはそうではない。
「想像は自由だ」
自分の想像の中でなら何をやっても許されるだろうと、見広はそう思っていた。
どれだけ他人を傷つけるような言葉であったとしても、それが自分の中にさえ収まっていれば。
「自由は夢だ」
別に、自分が異世界でチートスキルを手に入れてもいい。
ハーレムを築いてもいい。
ちょっと他人にはいえないような内容のことをしてもいい。
それが、夢の中でなら。
「夢は束縛だ」
現なんてものは、血と怨嗟に溢れていたから。
「束縛は愛だ。愛は毒だ。毒は薬だ。薬は人だ。人は世界だ。世界は何かだ」
嘲笑うかのようにつらつらと、竜の前で見広は語って。
それが伝わっているのかはわからなかったが。
「そのすべては、俺に還元する」
まさかそれ自体が詠唱だったなんて、さてもの異世界人でもわからなかっただろう。
「《
さて、その名は何にしようかと刹那の時間にほくそ笑む。
それでこれまでのことを思い出して見て、率直に。
全く酷い名前だと思いながらも見広はそれを口にした。
「《
飛翔する剣撃が一閃。
竜は初め防ごうとして、それが無理だと悟ったのか慌てたように飛翔した。
斬撃がそれまで竜がいた場所を掠めていった。
外した、とその場にいるすべての生命が思っただろう。
(そのための《移動配置詠唱》だっつうの)
斬撃は、帰ってくる。
異常なまでのその鋭さに圧倒されて、竜の鱗などないに等しかった。
そもそも、竜の鱗が魔力を帯びているのだとしたら、見広のあのよくわからない《聖域展開》に影響されていたのか。
そうして、全てに静寂が訪れた。
その瞬間、緊張が解けたのか見広の膝がカクンと折れる。
片膝をついた彼にリシアが駆け寄って肩をかす。
ダスティンもこの瞬間だけはその行為に甘えておけ、と顔をそらしながら言った。
「……すまん、なんかめちゃくちゃ眠いから。寝るわ」
「うん、よく頑張ったね見広」
トントンと数回頭を叩くと眠ってしまった見広を見ながらリシアは微笑んだ。
だんだんと、周囲の魔力が薄れてきているのが彼女たちには分かった。
パチパチパチ、と拍手が響いてきたのはその時だったか。
「いやぁ、素晴らしい。本当に素晴らしいね、君たちの友情と言う奴は」
「……誰だテメェ」
深くフードを被り、季節に合わない黒のロングコートの中から灰色の髪をのぞかせている人間であった。
そんな人間はダスティンをリシアを、そして最後に見広を嘲笑うようにして睥睨して。
口元に狂気を浮かべながら静かに言い放った。
「ん? あぁ。シルルとか言う平民をとある魔獣使いに殺させた魔獣使いというのがこの場合の正解かね。あるいは、この厄災を発動させた張本人というのが正解かね」
「っ!」
さぁ、天智見広というイレギュラーが抜けた状態で対抗しろ。
一連の物語の黒幕を。
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