第23話 霧の魔物
「ふはっ」
リシアがそういうとラシュアはやっと愉快げに顔を歪ませた。
実際問題、それは楽しげと言った方がいいようではあったが、そもそもラシュアに関心を向けられたというだけでもかなりの進歩だろう。
「
魔法を行使していたというか、異能を行使していたのはラシュアという男が使役していたそれであって、ラシュア自信ではなかったのだ。
「だとしても、ブロッケンなんてどうやって倒せばいいんだぁ?」
実態が存在しないから、直接的な攻撃を行うことは難しいだろう、とそう思ったのかダスティンはリシアにそう言ったが。
対してリシアもそこまで核心的な対策方法を知っているわけではなかった。
「範囲攻撃をする……というのも《
そもそものはなし、霧払いの魔法を使えたのならば少しは楽だったかもしれないが。
さてと、とリシアは現状にしっかりと向き合いながら、撤退したそうな顔をしていた。
(見広が寝てさえいなければ……っ)
おそらく《
しかし、その見広はまるでリシアたちのことなど知りませんとでもいうかにように規則正しい寝息を立てていた。
それくらい体力を消耗していたのだろう。
「どうして、あなたはそこまで見広にこだわるの?」
「貴様にそれを聞く権利があると思うか? と言いたいところだが、特別だ。教えてえやるよ」
フードがバサリと風になびかれて、取れた。
その下から出てきた顔をラシュアは狂喜に染めて。
「そいつはこの世界には必要のない人間だからだよ。____弾けよ、あるいは従順せよ。そして加速せよ」
接続詞「そして」。
物事をあとから追加する。
「《
対してリシアとダスティンがとった行動は先ほど発動までは至らなかった《防御魔法》をいまここで発動させることだった。
あくまでも耐性を向上させるものであって、無効ではないのだがしかし、効果はあったようだった。
「其は収束し、束となる。其は幻影の弓となる。《
「防御せよ、あるいは打ち払え。そして制止せよ」
リシアが魔法を放ち、そうすると相手も同じように対抗してくる。
ダスティンがそれをやっても結果が変わることは一度たりともなかった。
「勝てると思って?」
「知らねぇよ」
短い押収。
無秩序なる力のぶつかり合い。
何を行っても変わらない相手との力のぶつかり合い。
先ほどのドラゴンほど圧迫的な恐怖を与えられることはないとして。
それはそれとして。
「あなたとその霧の魔物の行動は異常すぎる」
「どうして。異常さでいえば、そこで倒れて眠っている人間の方が高いと思うが?」
「まぁ、それはそうだけど……」
「だいたい、これくらいの域になら。才能と根気があれば辿り着くさ一般人」
リシアの剣が首筋で振り切られて、しかしそれをラシュアが避けることはまるでない。
「反発にして反抗。あるいは、力を持って静止せよ」
ボンッ、とそこで空気が爆発した。
それは比喩表現などではなくて、本当に。
そうくるだろうとは予想いていながらも、リシアは顔を歪ませた。
ダスティンがその瞬間にリシアを庇うように前へ出たが結局結果が変わることはなかった。
「亀裂にして破裂。すなわち、攻撃の意を持て」
ラシュアの声を聞いて二人はどう思ったか。
否、どう対処しようかと迷ったか。
つまりその時間だけのロスが生まれてしまうということだった。
「がぁ!!」
今回攻撃を喰らったのはダスティンだった。
(背中、視覚外からの攻撃、だと?!)
失念していた。
奴が霧の魔物を行使しているのならばすなわち、ここら辺一体、三百六十度どこからでも攻撃を行うことなのではないだろうか。
どこから攻撃が来るだなんて考えても無駄なのではないだろうか。
なぜならば、防御が一番緩いところを狙ってそいつは魔法を展開させればいいのだから。
「ダスティン?!」
「クソが、油断した。こっちは大丈夫だぁ、だからそっちに集中しやがれ騎士様よぉ」
攻撃された部分を、利き手ではない方の左手で押さえつかながらダスティンはそう叫んだ。
それでも何か、胸の奥で突っかかったものが抜ける気がしない。
まだまだ深く突き刺さっていた。
(クソッ、本当に霧の魔物に対する魔法を俺たちは持っていないってのかぁ? 学園で学んできても何も?)
それがダスティンにはわからなかった。
こんなことならば、授業くらいちゃんと出席してその中の内容を覚えておくべきだった、と今更後悔する。
が、そんな反省をしたところで敵が止まってくれる、なんてことは起きるはずがない。
(実際問題、このいけすかねぇ殺し屋野郎は攻撃の判断をとってきている……。本気、なんだろうなぁ)
少なくとも面白半分で自分達と敵対しているわけではないだろう、という大前提を改めてダスティンは噛み締めて。
チラリと厄災と戦い切った男を目に入れて。
クソッと舌打ちをした。
ひくに聞けないじゃねぇか、と少しの皮肉を込めて。
しかし、いつの間にか口元には不敵な笑みが浮かんでいたことに彼は気がついただろうか。
ここまで圧倒されて、しかもそれが自分たちと同じ人間だという事実に打ちのめされもせず、ただ自分は目の前の敵を倒したいのだとそう思っていることに自分自身で気が付いただろうか。
「狂やがれ、狂やがれ、狂やがれ。奇跡も魔法も自然の摂理も。狂やがれ、狂やがれ、狂やがれ。何よりそこに立つテメェが。《
「対立せよ。あるいはその力を持って静止せよ」
今までで一番大きい声で叫んだダスティンの魔法でさえも、そいつは一言二言の言葉の羅列で受け止めようとした。
実際受け止められるのだから、それは賢明な判断だったのだろう。
ダスティンが、その魔法そのものに細工していなければ。
「舞い上がり、狂い落ち。目の前の事象に変革を!《
「っ?! ___もしくは、相殺せよ!」
「______! 遅ぇよ!《
炎が舞って、そこで初めてラシュアが明確な回避行動というものをとった。
どうして、とリシアが目を見開いたのがダスティンにはみてとれた。
確かに、ダスティンが放った攻撃は凄まじいものであることに変わりはなかったが、リシアだって同格の魔法を放っていたはずだ。
命令速度に限界があるのだろうか、とそういう予想に至ったようだったが、そうではなかった。
「気温の上昇。そろそろ霧の魔物の実態が保てなくなって来たんじゃねぇか? なぁ、答えてみろよ」
「なるほど、ただの脳筋だと思っていたが案外頭は悪くないようだ」
「そんなこたぁねぇよ。たまたまだたまたま。知り合いがそんなことを話していたんでなぁ」
霧のできる原理。
空気中の水蒸気が水滴になる。
だったら、空気中の飽和水蒸気量を局所的に無理やり上げてしまって、その際に水滴ごと空気中に飛ばして仕舞えばいい。
「……どこで気が付いた」
「あぁ? 朝、だよ。朝からこの空の上にはクソみてぇな魔法陣がかかっていて、とてもじゃねぇが太陽が出るような状況じゃねぇ。俺たちは動いていたから気がつかなかったのかもしれねぇけどよ。今日は終始肌寒いんだ」
また、ダスティンの手に炎の魔力が収束する。
なるほど、と納得した様子のリシアも。
彼女は、炎抵当が苦手だったため、そこまで大きな炎を作り出すことはできていなかったが。
「もう一度言うぜ? とりあえず、死ねやテメェ」
「っ、呼応せよ!」
「いい加減、五月蝿いわよ」
烈火が舞う。
普通の人間ならば、たったそれだけで焼き切ってしまうであろう魔法がラシュアを襲う。
当然、ラシュアは消えかけた霧の魔物に呼びかけるが、それよりも先に攻撃が____届く!!
「それくらいで、俺に勝てるとでも思っているのか?」
「っ?!」
しかし、攻撃の結果が伴わなかった。
なぜ、という疑問に関しては、簡単だ。
魔物の権能が弱まり弱体化したとはいえど、彼はそれなりの腕を持った魔術師なのだ。
「《
「はっ、結界破りは得意なんだよなぁ!!」
「だったら破られることを前提に、呪いを付与してやればいいだろう?」
その一言を無視することができなかったか、ダスティンがその場に踏みとどまった。
純粋な駆け引きをするのならば、相手の方が一枚上手、ということなのだろう。
「まぁ、はったりなんだがな」
「チッ、そうだと思ったぜ」
一度、力の押収があった。
先ほどまでのラシュアが一方的に優位を作るぶつかり合いではなく、両者が互角のつばぜり合いを行う押収が。
地面に倒れ着くものはいない。
「まぁお陰で時間が稼げた」
ラシュアが不意にそう言った。
同時に上空の魔方陣が呼応するかのように禍々しい光を再び帯びる。
まさか、とリシアが驚愕の声を漏らした。
「さぁ、再び厄災を始めよう!」
「あらあらあらあら? そんなにも堂々としているけど、ぶっ殺してほしいのかしら?」
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