第4話 どうして

 その日暮どきのお話だ。

 リシアと別れた二人は、薄暗くなった空の下を歩きながらやっと宿の入り口へと辿り着いた。

 薄暗いを通り越して、視界が悪くなり始めるその時間帯に二人は一息をついた。



「見広、これからの時間は特に魔物が出やすくなるんですから気をつけてくださいね」


 忠告するような言葉だったが、そこまで強制をする気はないような、なんというか可愛いものだった。

 そういったシルルに見広はニヤリとした笑みを浮かべながら言う。



「それだったら、俺よりもシルルの方が気をつけなきゃいけないんじゃ?」


「私は日頃から気をつけているからいいんです! 危なっかしいあなたとは違って」



 別に危なっかしいことをこの世界にしてから、自分の方から行ったことはないと思うんだけどなと見広は心の中でぼやく。

 ゴブリンと戦ったのはあっちが先に仕掛けてきたからだし、と見広は言い訳じみたことを口にしてからグッと伸びをした。

 

 元の世界ならまだしも、魔法とかいうふざけたものがある世界で喧嘩をわざわざ売りにいく必要性を感じなかった。



「まぁ、そう言うことにしておいてやるよ」


「……そう言うことにしておいてください。おやすみなさい見広」

「あぁ、おやすみシルル」



 そう言った見広はそのまま自分の部屋へ向かう。


 その途中で一度振り返ったが、その時にはもうシルルの姿はそこになかったので前を向いてあくびをしながら戻って行った。


 シルルの方はというと、見広が後ろを向いた瞬間に少しだけ恥ずかしそうに手を振ると、そのまま路地の方へ体の方向を変えたのだった。




 少しだけ進んだところで、シルルはふと立ち止まった。

 誰かに呼ばれた気がしたのだ。

 いや、気がしたというよりかは至近距離で何かを囁かれたような。


 悪寒を伴うそれに身を震わせてリシアは走り出した。



(こんな夜に私を呼ぶなんて……)


 ありえない。

 リシアは、少し進んだところで息を切らしながらその声が聞こえた方向に、体を向けて。


 驚愕の声を漏らす。

 


「これは、どういうっ?!」



 どうしてこんなところに____なんかがいる?!

 か弱い少女は、抵抗などできなかった。



 

《行間》




 翌朝、鳥の鳴く甲高い声を聞いて見広は目を覚ました。

 なんとも典型的な、と自分自身でも思ったものだが本当のことなのだから仕方がない。


 一度、大きなあくびをこぼしてから見広は立ち上がる。



(この宿に泊まるのも、ちょっとキツくなってきたな……。持ってあと数日か)



 安い宿、とは言ってもゴブリン如きの魔石でずっと泊まれるほど親切ではない。

 あくまでも商売の一環で、この宿だって儲けと言うものを出さなければいけないのだ。



(風呂に入りてぇ)



 朝風呂、と言うのがこの世界では許されるのかわからない。

 少なくとも、朝から宿備え付けの大浴場に浸かりに行っている人間は見たことがなかった。


 そこまで入らなければ気分が落ち着かない、というわけでもないのでまぁいいか、というだけですごした。



「おはようございます」



 下の階に降りて、ロビーの受付をしている女の人に挨拶をするとにこやかに挨拶を返してくれた。


 うん、清々しい朝だと見広は思う。

 しかし、同時に何かとてつもなく大切な物がなくなってしまうようなそんな感覚が付きまとう。



(なん、だ)



 街の方に出てみると、遠くがわずかに騒がしいことに気がついた。

 町民たちがとある一ヶ所に集まってガヤガヤと、しかし何か慌てたような様子で騒ぎあっている。


 

 何かがあった、と言うことには変わりがないのだろうがあまりにも人が集まりすぎているため何が起こっているのかわかりはしなかった。



(まぁ、俺には関係ないか)



 そう、割り切って頭の中に自分ではない誰かの声が響いた気がした。



『本当にそれでいいのか?』



 聞こえた声に怪訝な顔をして。


 チラリ、とほんの一瞬だがその人混みが都合よく隙間を開けた気がした。

 それでいて、見広はその方向をじっと見つめていたのだから当然それが目に入るわけで。



「は?」



 人混みの中心が、自分の知る人物だったならばそんな間抜けな声を漏らすのも仕方がないだろう。それが、異常な状態で倒れていたのならばもっと。


 見広は目の前の真実を信じることはできないと言うような感覚に襲われながらも、少しだけ焦ったような感覚で人ごみをかき分ける。



「シルル?!」



 叫びながらそこに近づくと、知り合いが来たのかということで周りもそれに気がついたようで少しだけ避けてくれる。

 そうして、はっきりとそれが見える場所に辿り着いて、見広は酷く呆けたような顔をした。


 そこにあったのは、到底人と呼べるものなどではなかった。



(死んで……。違う、誰かに殺されて?)



 腕は片方なくなっていたし、足はボロボロに食いちぎられて心臓には穴が空いている。

 昨日、せっかく着飾っていた服は血糊で溢れかえっていて、流血を辿っていった先には抉り取られた眼球が転がっていた。


 その瞬間。

 初めて、惨殺された人間というものを見広は見ることになった。



(どう、して)



 ゴポリ。

 胃の中から気付かぬ間に何かが逆流してくるのを感じながら見広はその死体に手を伸ばす。

 何か異常があるのなら、その幻想も嘘も虚構も全部食ってしまおうと。


 そう思って。



(どうして)



 震える手がそれに触れると、まるで冷気を浴びたかのようにそれは冷え切ってしまっていて。

 もう何も感じることはなかった。


 ただ一つを除いて。



(どうして)


 たったそれだけ。


 昨日は、昨日の夜まではちゃんと一緒にいて一緒に笑っていたはずだ。

 にこやかにおやすみという言葉をくれていたはずだ。


 自分に気をつけなよ、と。

 私は大丈夫なんだよと、そう言って笑っていた少女だったはずだ。



(どうして)



 だったらどうして。

 どうして、この少女は今動かないのだ?


 たった二日っきりの付き合いだったけれど、その本心からの笑顔をなぜ見広にむけてくれないのだ?


 ゴポリ。

 その逆流をもう見広は堰き止めることすら、不可能だった。


 近くの溝まで本能にうごかされるままに歩いて行って。

 そこで、盛大に嘔吐した。



「見広?!」



 聞いたことのある声がして、見広は弱々しく顔を上げる。

 そこには藍色の髪の毛を揺らした少女が。


 おそらく臨時の出兵で、私服に剣という騎士らしからぬ格好のまま立っていた。

 もちろんその少女もこの時ばかりは慌てたような様子で。



「大丈夫……。じゃないわね」


「……当たり前だ」


 苦々しく、見広は答えた。

 それくらいの受け答えができるくらいには落ち着いたか。



「犯人は……おそらくゴブリンね。ここまで人間を食い散らかしていく魔物なんてあれしか思いつかないから」

 


 その少女、リシアがそう言ったのを聞いて見広はそうだなとそう返す。



「死体の処理は……。私がやっておくわね」


「……あぁ、頼んだ。シルルがあれだけ信頼していたおまえがそうするのがいいはずだ」

「見広、は」




「……聞かなくてもいいだろ? 俺は大人しく・・・・・・宿に引き篭っとくよ」



 ぶっきらぼうに、見広はそう答えた。

 リシアは何かいいたげな顔をして、一度黙ったが弱々しくも見広の言葉を肯定してくれた。



「……そう」

「あぁ」



 リシアはその短い会話をすると、人ごみをかき分けて死体になったシルルの方へ走って行ってしまった。


 見広はそれを見届けると反対方向を向く。

 このまま宿に戻る、なんてそんなことはしない。


 自分で口にしたことを破ってでも今この瞬間だけはこうしなければいけないと思った。

 それが、天智見広なんだと本能が叫んでいた。

 

 

(ぶっ殺してやる)



 不思議とこれを引き起こしたものの居場所はわかっているから。

 なぜ知っているのか、なんて野暮な質問には見広は答えることができない。


 

 なぜか知っている、というそんな曖昧なものだったからだ。

 むしろ、この時ばかりはデジャヴというものに感謝するしかなかった。



「何がなんでも」

____どこにいようとも、お前を見つけ出してぶっ殺してやる。


 びっくりするほど底冷えした声が自分の喉から漏れたことに見広は気が付かない。

 そもそもそれは自戒のような言葉なのだから。

 我が道をいく、天智見広という存在を見失わないための。

 

 しばらく覇気のない歩き方で進んでいくと見広はある場所を目的地と判断する。


 そこは家を持つことができなかった人たちが細々と生活する裏路地であった。



「ギギッ、ケケケ」



 案の定、そこからは人ならざるものの声が漏れ出してきていて、考えるのをやめた。

 グンと加速して、見広はその声を発した異形を殴る。


 二日前よりは重たい感触がした。

 当たり前か。

 見広はまだ、魔力を喰らって強化されている状態ではないのだから。


 それでも不意打ちはかなり有効打だったようで。

 なっては鳴らないような、砕破音がしてそれは絶命した。


 倒れたそれをさらに全力で踏みつけて、口から中のものも一緒に溢れ出してきた。



「シルルを殺したのはあんたか。《魔物使い》」



 比較的細身な、茶髪の人間・・・・・だった。



「ほう、どうしてそう思う?」



 見広の抑揚のない声に対して返ってきたのは、そんな疑問の言葉だった。

 肯定だと判断するにはちょうどいいものだった。



「そんなこと、どうでもいいだろ」



 倒したゴブリンの口から逆流してきた魔石に手を伸ばして、見広は狂ったように笑う。

 高笑いにも似たそれで、涙と血痕で濡れた顔を歪ませて。



「てめぇを、殺す」



 音もなく魔石が、吸収される。

 その消化が始まって見広の体をエネルギーが駆け巡る。



「やれるものならな。こい小鬼ゴブリンども」


「やれるさ。テメェみたいなクソ野郎は特にな」



 大きな踏み込み。

 さらにもう一体のゴブリンが今度は胸を貫かれて絶命する。


 その貫いた先にあった魔石を見広はさらに吸収する。



「っ?!」


「諦めろ《魔物使い》。テメェと俺じゃ相性が最悪だぜ?」

「小鬼を殺した如きで、調子にのるな。こい、人鬼オーガ


「無駄だ」



 また、一撃。

 いっそCGと言われた方が納得できそうな血飛沫が見広に降りかかる。


 それは人の血液とは似ても似つかない色だった。

 特有の鉄錆くさい臭いをあたりに充満させながらも見広はハッと嘲笑う。



「こんなもんかよ、人殺し」



 召喚され、使役された魔物は無惨にも殺され。

 その歩みを止めることさえも、不可能だった。



「ヒィ!」



 目の前の敵が声を上げる。

 助けを求めるようなその仕草を嘲笑って。



「誰も、おまえを助けてくれる人間はやってこないさ」

 


 街中で魔物を放している人間にはな、と見広は無感情にいう。

 最後に、一言。


「死ね」という一単語を付け足して。


 

 その日、見広は人間を殺した。

 それなのに見広が抱いた感情は「人の体の中にも魔石って存在するんだな」なんてそんなものだけだった。


 殺してもなお、その気持ちが晴れることはなかった。




《あとがき》

理解していただけましたか?

急ぎ気味ハイペースっていうのはこういうことです。


あとどうでもいいんだけど、今週の平均体温が38度ってどういうことだよぉ!!

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