好奇心
三重県北牟婁郡赤牟町/日本国
平成33年10月21日 午後0時50分(日本標準時)
展望台にいたのは10数人ほど、ほとんどが
その中でひときわ目を――耳を?――引いたのは、探検隊のような出で立ちに身を包んだ、長髪の若い女性の姿だった。民生品とはいえ3日間の作戦行動が可能な
「……水城さん、館長さんの孫娘、あの女性でしょうか?」
土屋さんが耳打ちしてきた。
「……たぶんそうだな、露木先生とは“混ぜるな危険”なタイプとみた」
「失敬な。んで、誰が話しかけるの?」
露木先生は頬を膨らませながら言った。
「よしイノ、今度はお前が行け、色男」
イヤハヤさんのときの仕返しとばかりに、猪瀬の腕を小突いてやる。
「よりにもよって俺かよ」
そう言って肩をすくめる姿も様になるのが腹立たしい。
「レンジャー資格取ったとき
「お前もな。まあ女性相手にアレを使えって言ってるやつには向かない話か」
「うるせえ、行ってこい」
文字通り尻を叩いてやると、猪瀬はそれはそれは軽薄そうな足取り――間違いなくレンジャーではなく私立探偵で覚えたもの――で、女性に近づいていった。
「こんにちはお嬢さん、ここから何か面白いものでも見えますか?」
露木先生が吹き出しそうになるのを、土屋さんがその口を押さえる。――猪瀬のやつ、顔の良さだけで乗り切ろうとしてるな?
「……んにゃ?」
女性は間の抜けた声で返し、猪瀬と我々をしげしげと眺めた。
「あれ、おじさんたち、ミリオタじゃないの?」
「おじ――」
普段は年齢不詳・性別不詳で通っている露木先生は、おじさんカテゴリに入れられたことが堪えたのか、思わず絶句した。猪瀬は軽く笑ってまた肩をすくめてみせた。
「ちょっと山歩きに来ただけですよ。それで、何か面白いものでもご覧になっていたんですか? ずいぶんと楽しげな様子でしたので、つい声を」
「そりゃもう、海自の護衛艦と合衆国海軍オールスターズに、噂の海上プラットフォームまで見られるなんて一生に一度でしょ! にゃはは」
女性は笑って双眼鏡を猪瀬に差し出した。
「ちょっと見てみてよ」
猪瀬は双眼鏡を覗き込んだ。
私も手で遠めがねを作り、水平線の手前を見る。そこには、大艦隊がひしめきあっていた。
「前衛を固めてるのが海自の護衛艦ね。前の方にいるピラミッドみたいなのっぺりしてる子2隻が、もがみ型FFMの『みやせ』と『きもつき』。斜め前のほうにいるあんまり特徴のない子が、あさひ型DDの『さきがけ』と『ようこう』。真ん中のほうの前にいるデッカいのが、まや型イージスDDG『つくば』。真ん中後ろにいる甲板が平らなのが、いずも型DDH『さがみ』ね」
「はあー、海上自衛隊もたいしたもんだ」
一気に早口でまくし立てる女性に対して、猪瀬は白々しく相づちを打つ。
「んでね、後ろの方に控えてるのがもっとスゴいの。合衆国海軍空母部隊が勢揃い。真ん中のドデカい空母を取り巻いてるのが全部最新鋭のアーレイ・バーク級駆逐艦。奥のやつから時計回りに『バズ・オルドリン』『ピート・コンラッド』『デイビッド・スコット』『ジョン・ヤング』『ユージン・サーナン』。真ん中が最新鋭ジェラルド・フォード級空母『ニール・アームストロング』。おじさんたち、もう1時間早く来てれば
女性は腕組みをしながら、うんうんと頷く。
「何かの演習をやっているんだっけ?」
「そうそう、離島奪還と、海上重要施設の防衛任務を想定した演習。いま東南東の端っこにいる海上移動プラットフォームから、13時にロケットが打ち上げられるんだけど、それを防衛対象に見立てての演習なんだって」
「きみ、詳しいんだね」
「好きなものは調べちゃうの。でもね」
「うん?」
猪瀬が双眼鏡から目を離し、女性を見つめる。女性は“ここだけの話”といった顔をした。
「防衛任務にしては、艦が多すぎるんだよね。あの空母打撃群の火力だけでも赤牟島を更地にしておつりがくるぐらいの戦力なのに、海自の護衛艦隊もガッチガチにへばりついてる。まるで攻めてくるのが軍隊じゃなくて怪獣か何かとでも思ってるんじゃないか、ってくらいに」
女性の本気とも冗談ともつかない口調に、猪瀬は苦笑いする。
「怪獣かあ、口から火やビームは吐かないで欲しいなあ、ハハハ」
再び双眼鏡を覗き込んだ猪瀬は、何かに気づいた。
「……あれ、空母の甲板に2機いないかい?」
「んえ!?」
猪瀬がボソリと言うと、女性はその手から双眼鏡をひったくった。
「またスパホが上がるの!? AEWもBARCAPもCAPも上げたのに!? あっ、おじさん見た方が良いよ!」
猪瀬に双眼鏡を戻すと、女性はミリタリーマニアと思しき他のギャラリーに向かって走って行った。
「誰か『アームストロング』の管制
猪瀬は、双眼鏡で空母甲板の様子をつぶさに観察していた。
「どんな具合ですか?」
女性の勢いに
「甲板からは人がはけてるっぽいね。2機同時に上げるつもりだ。空母を守る機体は既に上げたらしいから、その交代要員を上げるのか、あるいは――」
「……“あるいは”?」
猪瀬が答えようとするより一瞬早く、女性が大慌てで戻ってきた。
「ここの目と鼻の先――といっても150海里、だいたい300kmくらいあるんだけど――連邦軍爆撃機が領空侵犯して、その迎撃に上がるらしいよ! 自衛隊がスクランブルで上がったら、爆撃機だけじゃなくて護衛戦闘機まで飛んできて、ドンパチやるかの瀬戸際みたい」
「……それを言っちゃうのって電波法上は……」
土屋さんが言いづらそうにすると、女性はハッと気づいた表情をした。
「ごめん忘れて! 忘れるよね!?」
「……何も聞かなかったことにします」
「ありがとう! あーもうポダラカからの衛星発射まで10分もないのに……!」
「……ねえ、ミズさん」
押し黙っていた露木先生が、言葉を選ぶように口ごもりながら聞いてきた。
「どうした、先生」
「まさかここで、実戦が始まらないよね? 連邦の爆撃機が来てるんでしょ?」
「我々の真上、ということは多分無い、とは思う。ただ、例の海上施設の重要度いかんによるな。もしかしたら、連邦軍にとってよっぽど都合の悪い場所なんだろう。それ抜きにしても、連邦軍機が太平洋側をぐるっと回る『東京急行』なんてのが昔もよくあったらしいよ」
「迎撃機上がったぞ! 衛星発射もカウントダウン開始してるみたいで空域から離れろと言ってる!」
無線を聴取していた、ミリタリーマニアと思しき男性が叫んだ。
「発艦を確認。2機」
猪瀬も報告する。
「ミズさん!」
「先生、落ち着いて。爆撃機がこの山を吹っ飛ばすより、空母かポダラカを狙っている可能性の方が高い。もし爆弾落ちてくるようなら、対ショック姿勢はちゃんと教えるから安心して」
自分で口にしてから、この言葉が何の救いにもなっていないことに気づくまで、だいたい5秒かかった。
――そして、『起こってほしくないこと』というものは、常に『最も起こってほしくない瞬間』 に起こる。
その場にいた全員の携帯電話・ラジオから、またしても身の毛のよだつあのチャイムが鳴った。
「緊急警報『エリアアラート』
三重県沖で地震発生。強い揺れに備えてください。
(気象庁)」
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