交錯

航空自衛隊小松基地所属 F-15J戦闘機

コールサイン・“ドレイク2-1”

御前崎沖35nmマイル(65km) 高度5,000ft(1,500m)

/日本国防空識別圏A D I Z

平成33年10月21日  午後0時30分(日本標準時)


「ドレイク・リードよりアストラ。目標機2機視認タリー2ボギー方位・ベクター・東南東1-2-0距離20nmトゥエンティ高度5,000ftアルト・エンジェル5速度スピード・480ktフォーハンドレッドエイティ。ケイロンは所定の位置で飛行中」


 2機編隊“ドレイク”隊の編隊長機リードであるドレイク2-1から、“空飛ぶレーダー基地”E-767空中管制機A W A C S(コールサイン・“アストラ”)に対して、報告が飛ぶ。

「アストラよりドレイク・リード、了解ラジャー。ケイロンとチャンネル4でコンタクトせよ」

「ドレイク2-1、指示了承ウィルコ。チャンネル4でケイロンとコンタクトする」


 ことの始まりは、房総半島沖の防空識別圏内に、数機の国籍不明機ボギーが入り込んだことだった。峯岡山みねおかやまの航空自衛隊レーダーがこの一団を捉え、百里基地所属のF-2A戦闘機“ケイロン”隊の2機が緊急発進スクランブルした。

 その後、当該機は領空にじわりじわりと近づきながら外縁をなぞるように南西方向へと飛行をつづけ、ケイロン隊が監視および追尾を継続していた。


「ケイロン、こちらはドレイク2-1ドレイク2-1・ヒア。状況を知らせ」

「ケイロン1-1了解ラジャー。当該機、国籍、。ボギー1ワン、対潜哨戒機、Tu-142。ボギー2ツー、大型爆撃機、Tu-95MS。現在追尾中。目標機機首方位・ヘディングベクター南南西2-0-0高度アルト・5,000ftエンジェル5速度スピード・480ktフォーハンドレッドエイティ

「ドレイク2-1、内容理解コピー当該機群ボギーズ機首方位・ヘディングベクター南南西2-0-0高度アルト・5,000ftエンジェル5当機到達予定60秒後E T A イン60セカンズ


 480ノット――時速890キロでの追っかけっこ。相手は、世界最速のプロペラ機と名高いTu-95爆撃機と、その派生型のTu-142対潜哨戒機。ドレイク隊のF-15Jに比べ、ケイロン隊のF-2Aは小型で燃料積載量も少なく、百里から静岡までの高速飛行で消耗している。なるべく早く加勢に入りたい。


「ケイロン1-1よりドレイク」

「ドレイク・リード。ケイロン、送れゴーアヘッド

「現在、2回の無線通告と機体信号、および写真撮影を実施。無線に応答なし」

「目標機はわれの誘導に従ったように見えるか」

「見えない」

「了解。ケイロン、対潜哨戒機ベアFにつけ。こちらは爆撃機ベアHにご挨拶する」

「指示了承。ケイロン1-2、対潜哨戒機のケツについて煽れ。1-1は右側に遷移する」

「1-2、指示了承。後方上につく」


 ケイロン隊がなめらかに機体を滑らせ、対潜哨戒機の右横と後方上につく。領空侵犯措置で定められた手順通りだ。

「ドレイク2-1から2-2、俺らも仕事だ」

「ドレイク2-2、指示了承。ケツとります」

 後輩である2-2からの麗しき謙譲の精神。ありがたく爆撃機の右横におさまることにする。

「ドレイク2-1よりアストラ。機体信号実施」

「アストラ了解」


「おらよっ、と」

 機体をロールさせ、翼をパタパタと左右交互に振る。国際慣習における“我の指示に従え”の機体信号。

「さあて、どんな具合だ」

「こちらアストラ。目標の行動に変化はあるか」

「ドレイク2-2よりアストラ、目標の行動に変化は――いや、ボギー2が右旋回を開始」

「ケイロン1-2よりアストラ、ボギー1も右旋回。機首方位・ヘディングベクター西南西2-4-0

 巻き込まれないようにこちらも右旋回して機体を安定させ、目標機との位置を保つ。――西南西? ……おいおいおい!

「アストラより各機、目標は領空方向へ変針。――領空まで10マイル。通告実施せよ」


 ケツとられて領空側に旋回するとはいい度胸だ。無線を国際緊急周波数ガードチャンネルに合わせ、定型の領空接近通告を行う。

通告するアテンション! 通告するアテンション! 通告するアテンション! 太平洋沿岸上空を飛行中の連邦機に告ぐフェデラル・エアクラフト・フライング・オーバー・ザ・パシフィック・コースト! 当機は日本国航空自衛隊であるディス・イズ・ジャパン・エア・セルフ・ディフェンス・フォース! 貴機は日本国領空に接近しているユー・アー・ナウ・アプローチング・トゥ・ジャパニーズ・エア・ドメイン! 直ちに進路を変更せよテイク・リバース・コース・イミディエイトリー!」


 我ながら酷い発音だが、緊急周波数でがなり立てられて何も思わない飛行機乗りはいない。同内容の通告を、今度は連邦の言語で行う。


「3度目の通告実施。ケイロン1-1よりアストラ、機体信号を行う」

「ドレイク2-1、機体信号を行う」

 2機で翼を振る。……どうだ?


 直後、後方上から見ていたドレイク2-2から管制機へと報告が飛ぶ。

「ドレイク2-2よりアストラ! 目標降下ディセンド! 増速中!」

「アストラより各機。当該機群ボギーズ機首方位・ヘディングベクター西南西2-4-0高度アルト・4,000ftエンジェル4速度スピード・500ktファイブハンドレッド

 対潜哨戒機と爆撃機が、高度を下げて速度を上げる。500ノット――時速926キロといえばTu-95ベアシリーズの最大速度。“仕事”を始める前触れか。

「2-2、射撃管制レーダーF C用意。まだアクティブにはするな」

「指示了承」


作戦中全機オール・エアクラフト傾注せよビー・アドバイズド!」

 アストラからの通告。

「前方150nm、『スティール・アックス2021』演習が実施中。および、海上よりロケット打ち上げが1300時ネクスト00に行われる。目標機は当該海域上空を飛行すると思慮」

 まさか連中、合衆国・海自の連合艦隊ド真ん中に突っ込むつもりか。

合衆国海軍U S N空母アームストロングより空中哨戒の戦闘機C A Pおよび早期警戒機A E W発進済みエアボーン。コールサインはCAPが“リンクス”、AEWが“クエーサー”。コールがあれば対応せよ」

「ケイロン、指示了承」「ドレイク、指示了承」

 

 対潜哨戒機や爆撃機が積めるのは爆弾だけではない。機体下部の爆弾倉が開いて、長距離からの対艦ミサイル攻撃をかます可能性だってある。――無線通告と機体信号に従わない場合、次に取るべきオプションは――。


「ケイロン、ドレイク、傾注せよ!」

 足に張り付けたチェックリストに目を通していたところに、アストラからの通信。

「ボギー1、ボギー2、日本領空に侵入。領空侵犯機と判断された。警告開始!」

「ドレイク・リードよりケイロン、無線は任せた! 最大速度はこっちが上だ!」

 速度を上げ、こちらの機首を目標機の機首よりも先に出す。

「ケイロン1-2、指示了承。警告開始」

 ケイロン1-1も意図を察し、同じように機首を前に出す。そのタイミングで、ケイロン1-2が緊急周波数で警告を発した。


警告ワーニング! 警告ワーニング! 警告ワーニング! 貴機は日本国領空を侵犯しているユー・アー・バイオレイテッド・ジャパニーズ・エア・ドメイン! 貴機は日本国領空を侵犯しているユー・アー・バイオレイテッド・ジャパニーズ・エア・ドメイン! 我の誘導に従えフォロー・マイ・ガイダンス! 我の誘導に従えフォロー・マイ・ガイダンス!」


 機首を前方に出した2機は、無線警告と同時に翼を左右に振る。ここまでやって「気づかなかった」とは言わせない。


「2-2、やっこさん動いたか」

否定ネガティヴ、だんまりですよ」

「信号射撃を上申するか」

「指令了承。ドレイク2-2よりアストラ――」

 

 ドレイク2-2の報告を遮り、アストラからの悲鳴にも似た警告が無線に響いた。


全機オールエアクラフト警戒コーション! さらなる不明機編隊が接近中アディショナル・グループ・ホット! 当該機2機2ボギーズ方位・ベクター東北東0-6-0距離50nmフィフティ高度アルト・30,000ftエンジェル30速度スピード・マッハ1.2マックワンポイントツー!」


 ――後方から超音速機が接近?


「ドレイク・リードよりアストラ、機種は? 敵味方識別装置I F Fはどうなってる」

「反応が弱いが途切れてはいない。爆撃機のサイズではないが、ステルスでもない。敵味方識別装置応答なし、合衆国空母の外縁空中哨戒B A R C A P機ではない」

 となると、可能性はひとつ。

「……連邦軍の戦闘機か」

 爆撃機の援護に来るとは殊勝な連中だ。

肯定アファマティヴ。Su-27シリーズ……Su-35Sと推定」


 空対空戦闘においては東側トップクラスの戦闘能力をもつSu-27“フランカー”シリーズの最新ロット、Su-35S。元が対艦攻撃機のF-2Aが相手するには分が悪い。


「ドレイク・リードよりケイロン。フランカーはドレイクが引き受ける。ケイロンにはベアを任せた」

「ケイロン・リード了解。くそっ、厄日かよ」


 ――だが、厄介事は続くものだ。


こちら合衆国海軍ディス・イズ・U.S.ネイビー早期警戒機A E Wクエーサー。航空自衛隊機JASDFエアクラフト聞こえるかドゥ・ユー・リード・ミー?」

 おまけに、合衆国海軍のレーダー機からの呼び出しときた。考えることが多すぎるが、急いで応答する。


感明良好ラウド・アンド・クリア。コールサイン、ドレイクおよびアンドケイロン。現在、連邦機を要撃中ナウ・ウィー・アー・インターセプティング・フェデラル・エアクラフト

理解したアンダストゥッド我々の戦闘空中哨戒中の機が急行中アワー・CAP・エアクラフト・インバウンド。コールサイン、リンクス0-3およびアンドリンクス0-4。FA-18E。目標機の目的不明のためボギーズ・パーパス・イズ・アンノウン我々は交戦行動に移るウィー・ゴナ・エンゲージ・ゼム


 戦闘空中哨戒。空母を守るため、交戦も辞さない構えで実弾を積んでいることを意味する。

 ――だとしても、領空内で好き勝手に交戦行動だと?


「クエーサー、我々は交戦行動を承服できないウィー・キャント・オーサライズ・エンゲージメント

 クエーサーは一瞬言いよどんだのち、言葉を返す。

航空自衛隊機JASDFエアクラフトもう一度言ってくれセイ・アゲイン


 上等だ、何度でも言ってやる。


繰り返すアイ・セイ・アゲイン我々は交戦行動を承服できないウィー・キャント・オーサライズ・エンゲージメント日本領空内においてはウィズイン・ジャパニーズ・エアスペース!」

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