Phase 4
探索者
旅館「貝森荘」、
三重県北牟婁郡赤牟町/日本国
平成33年10月21日 午前6時50分(日本標準時)
非番だというのに、目が覚めてしまった。縁側を見ると、スマホを眺めている猪瀬さんが目に付いた。もう一つの布団の中身は空っぽだった。
「あれ、露木先生は?」
「ラジオ体操」
「……は?」
「モーニングルーティンだってよ」
「肉体年齢も見た目相応なんですかね」
「だろうね」
昨夜の露天風呂でのはしゃぎ具合も相当なものだった。とりあえず洗顔用具とヒゲ剃りを持って洗面台に向かう。
「あれー、土屋さんも起きたの? 非番なんだからゆっくり寝てればよかったのに」
ヒゲ剃りの途中で、露木先生が帰ってきた。
「二度寝したらしたで遅くなりそうですし」
「それもそっか」
先生は猫のように伸びをした。
「先生こそずいぶん早いですね」
「いつもこんなもんだよ? ラジオ体操して朝風呂して朝ごはん」
「はあ……」
「露天風呂、朝からやってるのはいいよねー、この宿でよかった」
この宿を取ったのは露木先生だ。調査行のときに泊まるつもりだった、と昨夜聞かされた。
「満喫してますね」
「現地調査ってのはハードだからね。楽しめるところは楽しんでメリハリつけなきゃ」
「なるほど」
先生はトテトテと私の後ろを通ると、猪瀬さんに呼びかける。
「イノさーん、僕のタオルどこだっけ?」
「窓際にぶらさげて乾かしてんの忘れたのかい。朝風呂?」
「そそ」
「俺も行こうかな……」
洗面所から戻りテレビをつける。チャンネルはNKH。ちょうど7時のニュースが流れていた。
「繰り返しお伝えします。昨日10月20日午後2時46分に発生した地震に関しまして、気象庁は、トラフ沿いの地震に関する評価検討会の臨時会合を行いました。検討会は、『トラフ地震発生の可能性が相対的に高まっているとする調査結果は得られなかった』とし、トラフ地震臨時情報を『調査終了』としました。」
「昨日のアレか」
後ろから猪瀬さんがのぞき込む。
「そのようです」
「気象庁は、『この調査結果は、トラフ地震が発生しないという意味ではなく、それ以外の地震も含めて、最低でも1週間分の非常時の備えを万全にしてほしい』と呼びかけています。では次のニュース――」
「旅行先で1週間分は難しいなあ」
露木先生もテレビを見ていた。
「連泊ですから部屋いっぱいに物資置くわけにもいきませんしね」
「いざとなれば野山から水やら野草やら採るか」
「そんなサバイバルな……」
「そこらへんはイノさんとミズさんにお任せだね」
「まさか探偵で自活やることになるとはねえ」
猪瀬さんは苦笑いした。
二人が朝風呂に繰り出したあと、スーツケースから必要なぶんの荷物を肩掛け鞄にまとめる作業を始める。捜査資料のコピーのうち、例の古文書らしきもののと、“仏さん”の顔写真だけをファイリングして鞄に詰める。他の資料はスーツケースに仕舞い、鍵をかける。
今回、赤牟島に来た理由は、溺死体の件だけではなかった。
例の公開延期のアニメ映画の関係者だけではなく、海洋調査人工島『ポダラカ』の関係者の失踪も、本庁では捜査を行っているところだった。そこで共通点として浮上したのが、ここ赤牟島というわけだ。
本来なら、失踪者に関しては三重県警への捜査 協力要請でカタがつくのだが、赤牟島は国家戦略特区に指定されている上、ポダラカ内部に関しても厚い機密のベールに包まれている。事件自体を大っぴらにできないため、あくまで「休暇で偶然訪れた」という体裁で、私が送り込まれたのだ。
まさか初日からポダラカ関係者、それも外部からの研究者と接触することになるとは思っていなかった。連絡先を交換しなかったことが惜しまれる。ただし、ポダラカに入るとすれば、何らかの関係者の口利きか助力は必要となるだろう。
ただし、ポダラカ内部でも“急病人”が相次いでいるということは、相当の混乱か何らかのトラブルが起きていることは容易に想像が付いた。ストレッチャーに載せられ激しく暴れる患者――少なくともあの様子を見るに、単なる伝染病の類いではないはずだ。
――一介の刑事に手に負える問題なのか、いよいよわからなくなってしまった。
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