疑似餌

民宿「ないとう」、谷路たにじ地区/三重県北牟婁郡赤牟町/日本国

平成33年10月20日  午後5時15分(日本標準時)


水城みずきさん、お夕飯のまえにお風呂にしなさいなしゃんかれ

 民宿の談話室でくつろいでいると、女主人である内藤ないとうさんが、にこやかに話し掛けてきた。

「昼間の地震で台所がえらいことなってしもて、お夕飯に何を作るかまだ決まっとらんのやわ。釣りに行ったり自転車乗ったりで疲れたえらいでっしゃろ。先にお風呂にしなさいなしゃんかれ

「ありがとうございます。お部屋に戻って、着替えを取ってくるついでに、荷物の整理をしようと思います」

「なんか釣れはった?」

「残念ながらボウズです。お昼は、大幸だいこう寿司さんでお寿司を」

「まあ、寿司さんとこで。いまの大将さんも腕は悪くないんやけど、前の親方にはまだちょっと追いつかれへんのよねえ」

 内藤さんは、少し困ったような笑みを浮かべた。

「そんなに違いますか」

「何代もやってる店やし、親方の人望もあったんやろうねえ。することもあったんやわ。こうちゃん――今の大将さんは10年目やけど、そういうができたらええんやけどねえ」

「十分おいしいお寿司に思えましたが」

「そうなんよ、味はええんよ。最近は梨子堂なしどうさんとこのお孫さんが、東京の調理師学校から帰ってきて弟子入りしたもんで、今までのだごん寿司にはなかったような工夫も取り入れてるみたいで」

「ああ、マスの握り寿司いただきました」

「あれね、押し寿司で酸いもんだったインシュウマスをあんなにやわらこう仕上げてね。お見事でしたやろ」

「ええ」

「けど、せやったらお夕飯にインシュウマスは出せへんなあ、何にしよか……」

「お任せします。では」

 ほどほどに話を切り上げ、自衛隊謹製の多目的収納具を持って部屋に退散する。




 ――やはりというか、なんというか。露木先生のいたずら心は、注意してもしすぎることはなかった。収納具を開け、中身を取り出す。

 今回の運用試験で試すのは、収納具だけではなかった。その中身こそが、本命ともいえた。


 歴代の制式採用品から、大幅に新型素材を取り入れつつ全長短縮を行い軽量化を図ったそれは、釣り具入れに収めても違和感がないほどであった。


 『20式5.56ミリ小銃・改』。


 ベルギーの『FN SCAR-L CQC』突撃銃を参考に、制式採用された20式小銃より銃身を短縮し、より近接距離での戦闘に特化させた試験小銃である。加えて、UGOS衛星の無重力実験で生成した弾頭にも対応するよう、各所に改修が加えられている。


 白河しらかわ3佐からの命令は、運用試験だけではなかった。

 『赤牟島あかむしまに出現した未確認生物の調査』、『南太平洋異常移動震源と赤牟島未確認生物案件の関連性の調査』、そして『赤牟島における各勢力の調査活動の動向把握』。

 合衆国軍が南太平洋異常移動震源South-Pacific Anomalous Moving-hypocenter――通称『SPAM』と呼称する一連の事象に関し、赤牟島住民・行政当局・警察・学術関係者がどこまで踏み込んでいるか、現地で情報収集をする必要があるというのだ。

 未確認生物の生態調査のための実力部隊は、赤牟島に空挺降下、山中に潜伏している。その第1次報告に基づき、今日の明け方には補給物資として『M26手りゅう弾』2発を受け取り、収納具に補充している。


 明日からの行動は、露木先生たちに帯同し、島民が一連の事象に関して抱いている印象の調査になるだろう。その場合は、さすがに収納具を携行するのは不自然に映るだろう。


 収納具にPALS装着機構でくくりつけているポーチを外し、中身を取り出す。ポーチはベルトに付け替え、腰の後ろの位置になるよう調整する。



 ポーチに中身を再び入れ直す。

「……できることなら、使わずに済むといいんだがな」

 ――護身用、そしてのため支給された『H&K USP Compact』自動けん銃と、消音器サプレッサーを。

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