賢人会議
観光案内所駐車場/三重県北牟婁郡赤牟町/日本国
平成33年10月20日 午後2時40分(日本標準時)
結局、露木先生はイヤハヤさんにネタばらしした。
「白いスシは
「……
我々は若干ヘコんだ様子のイヤハヤさんを、宿泊設備があるというミスカトニック大学の施設まで送った。そののちに、水城のレンタルサイクルが置いてある観光案内所まで戻ることにした。
観光案内所の駐車場に車を止め、私は話を切り出す。
「……さて皆さん、腹を割って話そうじゃないか」
一瞬、車内に沈黙が下りた。
「隠し事はナシだよ、皆さん。古文書解読のために島を訪れる必要があるとはいえ、ここまで見事に万事繰り合わせの上で集まれるなんて、偶然ではないんだろう? 特に宮仕えの土屋刑事、それにミズ」
土屋刑事の顔がこわばる。一方でミズの表情は変わらない。
「……やだなあイノさん、僕らはイノさんと土屋さんの依頼で古文書解読のために来たんじゃないか」
露木先生が笑いながら言う。
「センセイ、だったらなんで城南大の調査が中止になったことを黙ってたんだい?」
「……え?」
「タクシーの運転手さんが言ってたよね、合同調査で貸し切り需要があったかもしれなかったけど無くなった、って。センセイは合同調査の前入りと言ってたけど、その本来の調査自体がなくなっていた、というのはどういうことだい?」
露木先生はしばしキョトンとした顔をしていたが、苦笑しながら話しはじめた。
「ああ、そのことね。ごめん、言い忘れてただけだよ。最近ニュースでも出てたけど、調査予定だった山のとこにクマが出て、立ち入り禁止になっちゃったんだよ」
「それ以外の調査は続行にならなかった?」
「もう一つの調査予定だった海はご存じの通り、例の合同演習で進入禁止になったのさ。演習海域をミズさんに聞いておけばよかったね」
露木先生は肩をすくめてみせた。
「なるほどね」
「そういうイノさんはどうなのさ? 最近の探偵は古文書解読の依頼も来るのかい?」
露木先生が聞き返す。表情はいつものようなひょうひょうとした雰囲気ではあるが、言葉にどこか怒気をはらんでいる様子だ。
「それを聞かれたら困るな、と思っていたところだよ。『探偵としての守秘義務』は、通らないよね?」
「さすがに、今はね」
「人捜し、だよ。赤牟島と……ポダラカに関連する人物だ」
「この島だけではなく、ポダラカも?」
「ああ。だからイヤハヤさんがポダラカの研究員だと聞いて驚いたよ。しかも、ポダラカからの急病人がこの島に搬送されているということも」
「となると、調べたいのは海岸沿いだけではない?」
「できれば、ね。町の中心地の人が多い場所や……病院も調べたいところだ」
「そうなると、島を巡るとなれば病院も含める必要がありそうだね。土屋さんも、そういうこと?」
「……宮仕えの身なので多くは言えませんが、おおむねご想像通りでしょう。あの古文書に関する内容と……その出所に関する調査が要ります。いまはまだ言えませんが、そろそろ報道協定も解けてニュースになるころでしょう。そのときには、話せる範囲でお教えします」
「……というわけで、ミズ、お前の番だ」
「ん? 俺か?」
「まさか本当にその釣り具の試験だなんてことはないよな?」
「それ以外になんだというんだよ」
ミズの表情に変化はない。
「俺らと一緒の飛行機ではなく、わざわざフェリーで前入り。しかもこの島では別の部隊が
ミズは私を見返して、大きなため息をついた。
「……わかったよ、お前にゃ勝てないな」
「やはり、何かあるのか」
「ああ。左遷人事さ」
「……なんだって?」
ミズはもう一度大きなため息。
「左遷だよ。よく考えてもみろ、『バケモンと遭遇した』なんてレポート書いて出したんだぞ? 休職扱いにならないだけでも温情かけられてるようなもんだ」
人差し指で自分の頭をトントンと叩き、ミズは続ける。
「釣り具の試験の名目で、暗に頭冷やしてこいって言われているんだよ。バケモノを見たあと、穴倉みたいな戦車に入り続けてたら、頭とか精神とかやられたと思われてんだろ。あったかい離島で釣りしてこいとさ」
「まさか! 休職じゃないにしても、そんな物品試験やる部署がどこにあるっていうんだ」
「イノ、富士山の見える
「富士山? 一番近いとすれば……富士
「富士には何がある?」
「機甲の富士教導団、情報教導隊、関東
ミズは言葉を待っているようだ。
「……開発実験団?」
ミズは、口の端をクイとあげて笑った。
「そこはそんなに暇なのか?」
「言ったろ、閑職だって」
「じゃあ、フェリーで前入りしてたのは何故だ?」
「仮にも最新鋭の装備、飛行機で預けて、手元から離れると困るんでな。それに、うちは万年予算不足だろ」
「経費削減でフェリーねえ……
「いいや、自腹さ」
「それじゃあ、ほとんど休暇じゃないか」
「だから、そう言ってるだろう」
そういってミズはカラカラと笑った。
「ということは、だいぶ暇なのか」
「釣り以外はな。呼ばれたら駆けつけるよ」
「わかった。なるべく
「了。これで俺の疑いは晴れたか?」
「まあな。……全く、難しく考えて損したぜ」
「防大時代からの悪い癖だな、イノ」
「
「……ええと、明日からの行動予定はどうする?」
露木先生が珍しく神妙に聞いてきた。
「とりあえず宿で朝飯のあとは図書館で情報収集、昼メシはまた大幸寿司で定食でも」
「図書館……ああ、
「いや、例のクマが出てる山を突っ切ることになりますんで、いったん観光案内所まで出ます。さすがに対クマ格闘術はやってませんからね。先にレンタカー借りておきますか?」
「頼めるか、ミズ?」
「『猪瀬探偵事務所』で領収書切ればいいんだな?」
「負けたよ、お前には」
一同がひとしきり笑い、解散しようとしたそのときだった。
いまや日本人の神経に染みついた、恐怖をかき立てられる警告音が、その場の全員のスマートフォンから響いた。
「緊急警報『エリアアラート』
三重県沖で地震発生。強い揺れに備えてください。
(気象庁)」
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