まちおこし奮闘記

赤牟タクシー 015号車

赤牟町/三重県北牟婁郡/日本国

平成33年10月20日  午前11時30分(日本標準時)


「いやー、おにいさん達、ツイてなかったねえ」

 60歳くらいのおじいちゃん運転手さんは、カラカラと笑った。


 シャトルバス出発時刻2分前の段階で駆け込んだものの、満員のために乗車拒否をくらってしまったのだ。次のバスが1時間後というので、それならば、とタクシーに切り替えて赤牟港あかむこうに向かっている。……顔出しパネルで写真撮ってた僕のせいではあるけど、タクシー代全部僕持ちってのはひどくない? え? 自業自得?


 それにしても、離島の山間部を抜ける道だというのに、道路整備はちゃんと行き届いている。お尻の肉がちぎれるような思いをするのが、フィールドワークではよくあることなんだけれど。


「おにいさん達は観光かい? お仕事?」

 運転手さんは気さくに話しかけてくる。

「まあ、観光……みたいなもん……ですかね」

 イノさんが含みを持たせて答える。……渋くて画になるなあ。

「あー、あれだろ、自衛隊と合衆国の演習撮りに来たんだろ? ミリタリーオタクってやつ。ここ数日多いんだよ」

「我々はそういうわけではないんですが……この島から見えるんですか?」

 土屋さんが尋ねる。

「ありゃ、違うのかい。山の上の展望台に登りゃたくさん見えるよ。合衆国のフォード級最新空母『アームストロング』とか、海自のいずも型の『つくば』とか。大艦隊さ」


 そういえば大学当局から来たメールに、自衛隊と合衆国軍の合同演習の影響で、出してもらえる予定だった船が出せなくなったって書いてたっけな。――おっと、お口チャック。


「ああ、もしかして軍艦じゃなくてアレのほうか、あのでっかい海上研究所。名前なんだったかな、フダラク?」

PODARLaCaポダラカ

「そうそうそれ、後ろのハンサムなおにいさん。そっちかい?」

 ……やっぱりイケメンは得だねえ、イノさん。

「確かニュースでは南太平洋に行くと言っていましたが」

「それがね、なんだか妙なんだよ。俺もけさのニュースで見たんだけどよ、先に発電衛星を打ち上げることになったらしいんだ。なんでも急病人がいっぱい出たとかで、この島でだいぶ下船させるんだとさ。で、交代要員を待ってる間に、衛星打ち上げ要員は割と残ってるからロケットは発射するんだってよ」

「となると、島の病院は研究所の方の入院患者でだいぶ埋まってるような状態ですか?」

 イノさんが尋ねる。

「まあ、そうらしいね。そこそこ大きい病院ではあるんだけどね」

「猪瀬さん、病院がどうかしましたか?」

「いや、露木先生が転んで怪我したときに入院できないと困るなって」

「イノさんのいじわる」

 運転手さんは愉快そうにまたカラカラと笑った。


「それにしても、空港もこの山道やまみちもですけど、だいぶ立派ですね」

 今度は土屋さんが尋ねる。確かに、空港からずっと、2車線歩道付きで制限速度60キロの見事な道路が続いている。

「ああ、それは沼座さん――平成初めのときの町長のおかげだよ」

 運転手さんは懐かしそうに答える。

「おにいさん達くらいの若い人だとわからないかもしれないけど、昭和の終わりから平成の頭にかけて、『ふるさと創生』ってのがあってな」

 ちょうど僕らが生まれたあたりのころかあ。

「誰が総理だったかな……孫がテレビ出てる……誰だっけな」

 ああ、

「――まあいいや。全国の全市町村に1億円配るというやつで、金塊買ったところが多かったんだけど、沼座さんはそれで合衆国の大学の研究所を誘致したんだよ。『金塊なら売り買いしたら無くなるけど研究結果や得られた知識は無くならない』ってな」


 ……ジャパンマネーが強かったにしても、研究所を1億円で?


「大学の研究所が1億円で建っちゃうというのは、破格な気がするんですけど」

 僕がふと疑問を口にすると、運転手さんは意外そうな表情でこちらを見た。

「鋭いね、ちっこいおにいさん。なんでも向こうさん――ミスカトニック大学――側からしても、この島の立地は理想的だったんだとさ。いろんな調査とかやって、宇宙太陽光発電の研究所建ててくれたんだけど、その調査の過程で遺跡が見つかりもして観光資源も増えたから棚ぼただったよ」

鞍貫山くらねくやま環状列石遺構と根之堅洲ねのかだす洞窟?」

「驚いた、そっちの見学だったのかい。残念だけど、いまあのあたりクマが出ててね。警察と猟友会が一帯全部立入禁止にしてるよ」

「75年ぶりのクマだなんてツイてなかったなあ」


 大学からのメールにあったとおり、警察と猟友会以外の『何者か』が発砲していることは知らされてないみたいだ。――もちろんお口チャック。


も調査に来る予定だったんだけど、んだよね。うちの会社もタクシー貸し切り需要あるぞって期待してたんだけどねえ、ハハハ」


 ――イノさんと土屋さんが、わずかに表情をこわばらせたのがわかった。


「空港も山道も、その観光のおかげで整備できたってことですか?」

 少し無理やりな気もするけれど、話題を変える。この話好きな運転手さんなら、違う話にもっていってくれるはず。


「いや、これは研究所のおかげだね。研究所の人の入れ替わりが激しくて、フェリーじゃ大変だってことで空港を拡張することになったんだよ。資材搬入も専用機チャーターする豪勢なもんだよ。そこから島内の搬入ルートやら島内のデータ網やら、研究に必要なものは向こうの大学がだいぶ資金援助して整備されたんだ。さびれた漁村がここまできれいになるなんて、やっぱり沼座さんの読みは正しかったんだねえ」

「学術と観光に加えて、今度は映画のロケ地になるという話もありましたね。それも沼座さんのご功績なんですか?」

 土屋さんが尋ねると、運転手さんは一瞬口ごもり、複雑な顔をした。


「それが、沼座さんは息子さんを跡継ぎにさせようと思ってたらしいんだけどね、息子さんは漁村時代を忘れられなくて、寿司職人になったんだ。沼座さんもそれは仕方ないものと思ってたようなんだけど、その息子さんが海で亡くなっちゃったんだ。失意のうちに沼座さんは亡くなっちゃうし、映画も公開がいつになるか怪しくなったみたいでね。いまの町長の梨子堂なしゅどうさんも大変だよ」


 車内は、どうにも重い空気に包まれた。しばらくの気まずい沈黙の後、雰囲気を変えるかのように、イノさんが切り出した。


「そのお寿司屋さんってのは、まだあるんですか?」

「ああ、その事故で安達の親方も亡くなっちゃったけど、親方の息子さんが店続けてるよ。『』で……改装したときに名前変えたけどなんだったかな。赤牟港じゃなくて赤牟漁港のほうにあるよ。うまいからおススメの店さ」

熊野灘くまのなだの幸とかいっぱいあります?」

「そりゃもう。島特産の鱒寿司から本格的な海の幸まで」

 心の中で小さくガッツポーズ。


「まあ、『だごんずし』行くときはぜひまた赤牟タクシーをご利用ください。もうすぐ赤牟港に到着です」

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