赤牟島へようこそ
赤牟島空港/三重県北牟婁郡赤牟町
平成33年10月20日 午前11時00分(日本標準時)
猪瀬さん、露木先生、そして私の乗った名古屋発・赤牟行き全日航701便は、赤牟島空港35番滑走路に無事着陸した。
『フライトお疲れさまでした。機長の永瀬です。ご搭乗のお客様にお知らせいたします。当機は赤牟島空港に着陸いたしました。誘導路上、先着の自衛隊機がございますため、先着機の移動を待って降機手続きを行います。駐機場到着まで20分ほどお待ちください。お急ぎのところ、お待たせをいたしまして申し訳ございません』
窓から誘導路を見ると、青みがかったグレーのずんぐりした大型機が1機、駐機場にも同じ機体がもう1機いるのが見えた。駐機場の機からは、機体後ろ側の貨物ドアから、大型車両が自衛隊員らしき人影に誘導されながら降ろされている。
機内には自衛隊機をスマホカメラで撮影している乗客がいるようで、シャッター音がちらほらと聞こえる。
「わー、猪瀬さんあれ戦車?」
つい先ほどまで寝息を立てていた露木先生は、今は窓にへばりついて見入っている。
「それは非常に答えづらい質問だなあ」
「えー? でっかい大砲ついてるじゃん。あ、でもキャタピラじゃないんだ」
「『
「土屋さん正解。名前としては戦車じゃないけど、戦車部隊には戦車として配備されてる。水城さんも乗ったんじゃないかな。――あれ?」
猪瀬さんが首をかしげる。
「どうしました?」
「あの部隊章がどこのだったか思い出せないんだ。斧のマークの部隊なんてあったかな? それになんかアンテナ増えてる気がする。同じ
「隊員でもわかんないものなの?」
「うちは偵察が専門だったから。まあ偵察部隊にも将来的に来るって話だけど。ほら、露木センセイだって同じ大学で研究してるからって、専門外の天体物理学はわからないだろう?」
「あー、確かに。古文書読むときに
「そうだろう」
「そういうものですか」
「土屋さんも、ライフル、詳しい?」
言われてみると、押収品と映画に出てくるものぐらいしか思い浮かばない。
「確かに、よく押収されるものぐらいしか知りませんね」
「ほらね」
こうして暇を潰していると、15分ほどで機体は駐機場へ移動した。降機の際に周りを見ると、おそらくミリタリーファンであろうと思しき風体の乗客もいたことに気づいた。
無事に荷物――露木先生のステッカーまみれスーツケースのおかげですぐにわかった――を受け取り、到着ロビーを通り、ターミナルに出る。案内図には、「空港総合案内」「土産物売り場」「赤牟港行シャトルバス乗り場」「レンタカー受付」「展望ロビー」などの文字が書かれている。
……どういうことか、どの案内にも、生乾きの干物のような顔をした魚に手足がついた、名状しがたいデザインのイラストが添えられているのだ。
「この半魚人の絵、なんでしょう?」
「赤牟町公式マスコット『あかむう』」
露木先生が言った。……なんでご存じなんです?
「なんというか……こう……外注しないで職員さんが描きましたってデザインだね」
猪瀬さんは必死に言葉を選んで感想を絞り出していた。おおむね同意だ。
「あ、顔出しパネルあった、やろーやろー」
露木先生は言うが早いか、トテトテと既に走りだしていた。
「……なんでノリノリなんですかね?」
「……飛行機で爆睡してたから元気有り余ってるんじゃないかな」
「イノさーん! 撮ってー! 土屋さーん!」
周りの目は一斉にこちらに向いた。
「……他人のフリしたいな」
「……もう無理でしょう」
いくら露木先生がぱっと見で年齢不詳・性別不明の風貌でも、三十半ばの野郎3人がここで時間をとるのは色々とダメな気がした。観念して、私と猪瀬さんは1枚ずつ写真におさめた。
その顔出しパネルから離れたターミナルの隅に、別のイラスト入りパネルが置かれていた。こちらは、ちゃんとしたデザイナーかイラストレーターが描いたらしい絵柄だったが、なぜかひっそりと隠すような場所にあった。何かのアニメの宣伝のような雰囲気なのだが、作品名が見当たらない。
「あっちのパネルのほうが上等に見えるが、なんで隅っこに放置されているのかな」
猪瀬さんが言った。
「なんかどっかで見た絵柄なんだけどなあ、あの女の子のキャラデザ。最近どこかで……」
露木先生が首をかしげて腕組みしている。
「いや、ちょっと待って……ああ、あの絵柄は古河監督の新作のやつだ」
「イノさんよくわかったね」
「小隊長となると部下にいろんなやつが居てね……」
苦笑いしながら猪瀬さんが答える。
「公開延期で作品名も公開日もうかつに書けないんでしょうね」
「あれ、土屋さんもファンだったっけ?」
「ああ、ええ、いささか」
慌ててごまかす。捜査資料で知ったとはさすがに言えない。
「ちょっと総合案内で色々聞いてきますね、観光マップとか案内パンフとか」
追求が入る前に、逃げるようにその場から離れた。
「聞いてきたんですが、パンフ類はいま切らしているそうです。赤牟港の観光案内所には残部あるはずとのことで、とりあえず赤牟港に向かいたいのですが、どうでしょう?」
2人を交互に見てみる。
「土地勘がないから、いったんシャトルバスで赤牟港に出て、それからレンタカー借りるかバスやタクシー移動で済ますか考えようか」
「そうだねえ、僕の学術調査のための簡易マップではちょっと心許ないしねえ」
3人の意見はおおむね一致しているようだ。――ここで、ふと4人目のことを思い出す。
「そういえば猪瀬さん、水城さんから返事ありました? この島に来られそうですか?」
「ああそうそう、それがね、なんかもうフェリーで来てて泊まってるらしいんだよ。港から宿の間の道はわかるだろうから、そこらへんも含めて港に出たほうがいいんじゃないかな」
「飛行機ではなく船で……? わかりました。赤牟港で落ち合いましょうと水城さんに伝えていただけますか?」
「了解。メールする。――ん、すごいな、フリーWi-Fi飛んでるぞ、ここ」
猪瀬さんが顔をほころばせる。それにつられて、私と露木先生もスマートフォンを見る。
「離島でここまで情報インフラが行き届いているとは……あれ、ネットワーク名を見る限り、空港管理のものではではなさそうですね」
「空港内だけじゃなく島全部で使えるみたいよ、ありがたいことに――」
露木先生が言いかけて、眉をひそめる。
「――ミスカトニック大学が整備したデータ網?」
猪瀬さんの表情も険しくなる。
「……念のため、連絡に
「……そうしてくれると助かる、イノさん」
――何かふたりには引っかかるものがあったのだろうか?
とにもかくにも、我々一同は、赤牟港行きシャトルバス乗り場を目指したのだった。
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