Phase 3

アルゴノーツ

C-130H輸送機 コールサイン“アルゴ”

高度33,000ft(10,060m)/日本国領空内

平成33年10月18日 午前4時55分(日本標準時)


 ほの暗い赤色照明下の機内の光景は、まるで何かの生き物の体内を思わせた。

『ヘルメスよりアルゴ。降下地点 D Z を確保。周辺に脅威なし。進入継続』

 地上ルートからDZデーゼーに前もって到着している誘導員“ヘルメス”からの報告。予想されていた脅威は存在しなかったか、またはされたようだ。

「アルゴ了解。進入継続」


 輸送機の後部区画には、降下要員たちが待機していた。彼らは高度33,000フィート、およそ10,000メートルから真っ逆さまに時速300キロで降下し、地表スレスレで自由降下傘を開き着地する。輸送機の発見を困難にするための、高高度降下低高度開傘H A L O/ヘイローという特別な降下手順だ。

「アイアン1-6より総員。降下5分前」

 彼らの表情に恐怖はうかがえない。それが訓練によるものか、彼らの脳内に染みついてしまった経験によって失われたものか、判る者はここには居ない。


「総員、酸素マスク装着」

 6人が寸分違わぬタイミングで、鼻と口を覆うマスクと、風防ゴーグルを装着する。高高度降下において、酸素の薄さだけでなく、極端に低い外気温も命取りとなる。体感温度摂氏マイナス60度にもなる降下中、確実な呼吸には酸素マスクが不可欠となるのだ。


 灰色のマスクと黒のゴーグルに加え、骸骨を思わせる側面を大きく切り欠いた鉄帽ヘルメットと、ヘッドセットを装着した彼らの姿は、赤の照明も相まってさながら悪鬼の群れのように見えた。


「降下扉、ひらけ」

 空中輸送員ロードマスターによって、機体後部の扉がゆっくりと開け放たれる。空の暗闇と海の群青が溶け合った光景が、彼方まで広がっている。夜明けはまだ遠い。


「アルゴよりヘルメス。ウェイポイント4通過」

『ヘルメスよりアルゴ。貴機を確認した。風は方位1-7-0より2メートル。現在の方位を維持』

 降下地点上空への航程での最終通過地点ウェイポイントを通過したところで、誘導員から風のデータを受け取る。降下に支障はない。

「アルゴ了解。進入する」

 目標空域上空到達。眼下には海の群青に変わり、地上の黒が広がる。


「緑点灯。緑点灯」

 降下タイミングを知らせる信号灯が緑に変わる。

『ヘルメスよりアルゴ、

「アイアン、総員降下」

 号令のもと、整然と5人が、扉の先の闇に飛び込んでいった。最後のひとり――アイアン1-6は機内を確認し、空中輸送員ロードマスターに向かって敬礼すると、同じように闇へと飛び込んだ。


 空中輸送員ロードマスターは彼らをしばし眺めていた。見事な空中姿勢だった。すべてが漆黒ピッチブラックに溶けたあと、彼は手順通り降下扉を閉じた。


 機内に、彼らの痕跡は何も残っていなかった。

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