上陸

「あかつき」号/赤牟島沖20km海上/日本国領海内

平成33年10月16日 午前6時15分(日本標準時)


「――あの……どうしました?」


 水城は、男性の言葉で我に返った。


「なんだか、ボーっとしながら思い出し笑いというか、苦笑いしてましたよ」

「失礼、こちらの上司も無茶振りが過ぎるなと思い返しておりました」


 ふたりは顔を見合わせ、一瞬の間があってから、笑いだした。


「そうだ、まだ名乗ってませんでしたね。都内の大学で研究者をやっています、遠野とおののぼると申します。」

 そういって彼は、「城南大学 理学部物理学科 准教授 遠野 登」と書かれた名刺を差し出した。

「これはご丁寧にどうも。すみません、名刺を持ち合わせておりませんで。水城和馬と申します。をやっております。大学のご専門をうかがっても?」

「専門は……遠隔送電技術です。人工衛星に太陽電池を乗せて、宇宙で発電したエネルギーを地上に送る、という研究です。衛星は近々打ち上げられて、海上実験施設でエネルギーを受け取る予定になっています。これがうまくいけば、赤牟島で地上実験に移る予定です」

「太陽光発電を宇宙で、ですか」

「ええ。天気に関係なく発電ができます。問題は、その電力をどうやって地上まで送るか、というところです」

「まさか電線を宇宙から地上まで――ではないですよね」

「それも検討されたんですが、3万6000キロメートルの電線は自らの重みで切れてしまうんです。よって、電力をマイクロ波に変換して送り、地上施設でマイクロ波を電力に再変換するという方法を使います」


 遠野准教授の口調は、だんだんと熱を帯びてきた。


「そのような強力な――マイクロ波を照射することの影響というのは、どうなるのでしょう? 昔、ロボットアニメにそういうのがあったような……」


 水を差すのは気の毒ではあるが、水城は尋ねた。


「ええ、そのままでは電波障害や健康被害の恐れもあります。そのための安全装置の研究が、私の課題だったのですが……」 

 遠野が表情を曇らせる。

「突然、主席研究員が、共同研究していた合衆国からの技術者に変更となったんです」

「合衆国の?」

「一応、もともとがミスカトニック大学という大学との共同研究で、そこから派遣された民間の研究員ではあるんです。何でも、送電効率の飛躍的な向上が見込める新理論の研究者らしいのですが――」

「ふむ」

「なにか、発電だけの目的とは思えない……名目上は『災害時の迅速な送電復旧のためのバースト送電』ということで、時間制限つきで地上での受け取り出力1.21ギガワットまで高められるよう改修するらしいのですが、それほどの出力を災害時、何に使うつもりなのか……」


「なるほど……。とにかく、赤牟島ではのんびり骨休めといきましょう。磯の幸やら地酒やらあるでしょうし」

「……ええ、それもそうですね。そうだ、連絡先を交換させていただいても?」

「ええ、チャットアプリL I N Xでよろしいですか?」

「はい――ありがとうございます。なにか美味しいお店でもありましたら、ご一報ください」

「ええ。そのときは1杯奢らせてもらいますよ。それでは、よい旅を」

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