異動
科長室、開発実験団装備実験隊第8実験科/陸上自衛隊富士駐屯地、静岡県駿東郡小山町
平成33年■月■日 ■■時■■分 (日本標準時)
「
新しい上司となった女性幹部は、いたずらっぽく笑った。
「陸上自衛隊開発実験団、装備実験隊第8実験科、科長の
かつての
「長野豪雨災害と、先日のアウトレットモール立てこもり事案に関する報告、確かに確認しました。既に第6号防衛記念章が授与されているとおり、これは業務改善に対する多大な貢献となります。過去の
――さて、どこから聞いたものか。
「では、3点。第1、アックスとは、一体どのような類の装備を扱うものであるか。第2、自分は戦車乗りですが、その
白河3佐は満足そうに頷く。
「よろしい。第8実験科の『AXE』は
ここで白河3佐は、いったん言葉を止めた。よほどのことなのか、と身構えたが、彼女はニコリと笑った。
「例のレポートからうかがわれた、『目の前で起こったことをありのまままとめて報告する』、という水城1尉の能力によるものです。AXEで用いる機材は想定外の動作をする可能性がありますから、『なにをしたら、どうなったか』をきちんと整理して報告できる人材にはうってつけです。左遷ではないので、俸給に関しては心配なく」
左遷ではない、との言葉に思わず苦笑が漏れる。公には『豪雨による土砂崩れで女の子1人以外の全村民が死亡』『アウトレットモールにクマが出現し、買い物客が集団ヒステリーを起こし一部が立てこもり、警察官を含む死傷者が出た』とされる事案に、『未知の二足歩行爬虫類らしき生命体による住民虐殺』『未知の有翼生命体による集団殺傷』とレポートを提出したのだ。普通はよくて左遷、悪ければ傷病による除隊ものである。
「後ほど顔合わせしますが、他の科員もユニークな人材揃いです。指揮系統のうえでは私が上官という名目になるものの、任務の性質上、風通しよく意見具申できる環境とします。繰り返しになりますが、そう硬くならずとも結構、水城さん」
ここまでフランクなのもどうなのか、と思わなくもないが、それがここの流儀というなら慣れるほかないだろう。
「うー、しまった、部隊章支給がまだだったか……だからAXEの質問が出たのかー……」
白河3佐はバインダーの書類の束を取り外しながら独りごちていたが、
「ああそうだ、水城1尉、釣りの経験は?」
たわいない世間話のような口調で切り出した。
「自慢するほどではありませんが、それなりには」
「結構。私だとベラぐらいしか釣れないもので。カラフルでかわいくて美味しいのにね、ベラ」
「は、はあ」
いったいなんの質問なのか、と考えていると、白河3佐は取り出した書類をトントンと揃え、咳払いをした。
「さて。海自の“
「釣り具の……評価試験ですか」
「山奥はこりたことでしょう。あたたかな離島で気分転換、というのも悪くないのでは?」
白河3佐はまたニコリと笑った。
「本書類をもって、本件詳細を通達する。書類に関しては、言うまでもないことですが、細部までよくよく目を通すように。また、機材の元手は血税ですので、物品愛護の精神でよろしく」
白河3佐が書類を机の上に置こうとしたそのとき、部屋のドアがノックされ――。
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