過客

赤牟島行きフェリー「あかつき」号/熊野灘沖350km海上/日本国排他的経済水域E E Z

平成33年10月16日 午前5時45分(日本標準時)

 

 水城みずき和馬かずまはいつもの習慣通り、起床時刻0600マルロクマルマル時より前に目を覚ましていた。

 海は若干荒れ気味とのことだったが、船の揺れは、74式戦車ナナヨンのサスペンションを思い出す程度のゆったりとした周期のものだった。身の回りに置いていた釣り具ケースや、着替えを入れたリュックサックも、元の位置からは動いていない。


 寝具はあまり質が良くなかったものの、状況中の仮眠覆いポンチョや車長席での仮眠に比べれば、はるかに快適といえた。しかし、民間人シャバのにんげんにとってはそうでもないようだ。向かいのコンパートメントに、蒼い顔をしている若い男性がいることに気づいた。

 男性も水城の視線に気づいたようで、弱弱しく会釈をしてくる。


「お早いですね、僕はどうにも眠れなくて……」

 息も絶え絶えとばかりに、男性は言った。

「よければ、お水をどうぞ」

 キャップをゆるめた、水のペットボトルを差し出す。彼は丁重に礼をしてボトルを受け取り、水を一口含み、慎重に飲み込んだ。

「素直に飛行機にすればよかったです……。ちょっと仕事で長く海上にいたんですが、赤牟島で下ろされることになり、息抜きに本土に戻ってたんですけど、なんか、赤牟に戻らなきゃならないって気になっちゃって」

 もう一口水を含み、彼は続けた。

「前の配属も無茶な辞令だったのに、いきなりその役職から外すって言われて。いったい、上は何を考えてるんだか……」

「ははあ、大変なお仕事をなさっておられる」

 水城は折敷あぐらの体勢で、話を聞く構えをとった。


 何を考えているかわからない上司、というキーワードで、水城は内心苦笑しながら、いまの自分の境遇を思い返す――。

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