Phase 2
再会
文学部棟・民俗学研究室(露木研)、城南大学・円谷キャンパス/東京都品川区/日本国
平成33年9月27日 午後1時15分(日本標準時)
「へへー、まずショートケーキからだよねー」
久々に会った露木は、すっかり最初に会ったときの雰囲気を取り戻していた。
「にしてもセンセイ、この大学のセキュリティは緩すぎやしませんかね」
「えー? なんかあった?」
「教務課で名刺渡してセンセイの名前出して、『前都知事と同じ名前の奴が来たと伝えていただければ』と呼び出してもらったんですけどね、『お約束はございますか』とも聞かれなかったんですよ。『承知しました』の一言でここまで案内してくれましたよ」
「この分野の界隈は変人が多いから、名刺渡してくるのはだいぶ上等な部類ですよ、っと」
露木はすでにイチゴにフォークを突き刺していた。
「イケメンは顔パスでなんとかなっちゃうもんだし。にしても胡散臭い名刺だよねー、『株式会社イノセ・ソリューションズ』って」
「あえて曖昧な社名にしておいたほうが、どういう場所に行ってもそれっぽく振る舞えるのさ」
「あとさ、そろそろ『センセイ』はやめてくんない? 私立探偵の猪瀬さん?」
「――はいはい」
「んで、イノさん、今日はどういった御用向きでこんな場末の研究室に?」
露木は早くもケーキを横倒しにして、三分の一を豪快にえぐって頬張った。
「立派な研究室の
先の地震でことごとく落ちたのか、いくつもの空の本棚の前には本がみっしりと積もった段ボールが何個も置かれていた。
「ちょっとばっかり、古文書というやつに興味が出てね。生涯学習ってやつかな」
「講義依頼だったら授業料にケーキもういっこもらうよ」
「最初から全部食べるつもりだったでしょうに……。それで、見てもらいたいのはこれなんだけれど」
「どれどれー?」
鞄からA4の紙の束を取り出して、応接テーブルに載せる。
「これは……うわあ、原本を写真で撮ったやつをスキャンして引き延ばした?」
「正確には、それをさらにカラーコピーした」
思わず露木はのけぞり、天を仰いだ。
「ボッヤボヤのガッビガビな画質じゃないのさー、こりゃ内容を解読する以前の問題だよ」
「そこをなんとかさ、センセイのお力で」
「超能力者じゃないんだからさー」
「私たち、ちょっとだけあるだろ、あのときから」
――しばしの沈黙。
「――それを言うってことは、そういう資料なの?」
「そこらへんはね、探偵としての守秘義務を行使させてもらうよ」
「……んじゃ、読める文字だけひろっていくとするか」
それから10分弱、露木は唸りながら手帳に文字を拾っていたが――
「ううん、『
「それはどこらへんに書いてる?」
後ろからのぞき込むと、露木はペンで原本をつついた。
「ここ。文脈から行くと多分ここが神様の名前。
「ナウダネス……日本語っぽくない感じの名前に思えるな」
「地下と外国人名……隠れキリシタンか何かかな……。できるものなら原本を当たりたいんだけど、出所はわかんないよね」
「あー、それに関してなんだが――」
言いかけたそのとき、研究室のドアが勢いよく開き、学生と思しき女性が飛び込んできた。
「先生! 大変です! 警察の人が! ……って、あれ? お客様ですか?」
「どうも、猪瀬と申します。センセイとは……長野の一件からの知り合いです」
「長野の……ということは、あのときに先生を救助してくださった自衛隊の方ですか!?」
「前職、ですが」
「あのときは本当に大変だったんです……村がまるまる土石流で埋まったってニュースで見て、『先生のフィールドワーク先だ!』ってみんなで真っ青になって……。本当にありがとうございました。……ってなんで先生だけケーキ食べてんですか!」
ぺこりと私に頭を下げたかと思ったら露木にキレはじめた。見てて飽きない子ではあるのだが、いささか不穏な言葉を聞いた気がする。
「あー、んで、石森ちゃん、警察ってのは、僕に?」
「はい、そうです! 刑事さんっぽい人が『露木先生にちょっとお話を』って」
「んで、どう応対したのさ」
「『ちょっとお話だけで済むわけがありません! きっと先生がやったに違いありませんからちゃんと逮捕状を持ってまたいらしてください! 今日のところはお引き取りください』って言ったんですが……」
「……『推定無罪』って
「こちらにいらっしゃいます」
――そう言われて、ドアの影から申し訳なさそうに顔を出したのは、意外な人物だった。
「……どうも、ご無沙汰してます。露木先生に……ああ、猪瀬1等陸尉」
「え、土屋さん!?」
「元、ですよ、土屋刑事。いまはしがない貧乏探偵です。で、露木先生の嫌疑は?」
「いやあ、今日は自白されると困るんですよ、ちょっと別の要件でして」
石森と呼ばれた女学生は、あっけにとられていた。
「3人とも……お知り合いですか?」
「ええ、例の長野の
「そんなご縁が……」
「まあ事情は追々。ところで露木先生、本日伺ったのはほかでもありません。民俗学と古文書の専門家として、捜査にご協力いただきたい」
露木は、ケーキ最後の1口をポトリと落とした。
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