桃から生まれてしまった男③
ー3 感情:嫌悪ー
桃太郎はまず、村の真ん中まで行きました。家を出る口実でしかない鬼退治ですが、約束は約束。知らぬフリで通すつもりはありませんでした。
「聞け、村の者よ。私は桃から生まれた桃太郎。これより鬼ヶ島へ出征する。故郷を憂い、義憤を抱く者は、ここに集まれ!」
何にしても頭数が揃わなくては始まりません。桃太郎は、村の若者を当てにしました。
しかし、誰一人として立ち止まりません。堪りかねた桃太郎は、片っ端から声をかけて回りました。
「聞いていただろう。これより鬼退治に行く。お前も協力しろ」
「そう言われてもなぁ。こちとら、刀の握り方も知らねぇんだ」
「途中で教えてやる」
「それとな、ニンゲン様には『生業』っちゅうもんがある。桃から生まれた化物には、分からんだろうが」
「鬼が暴れ回れば、その生業さえも不意になるのだぞ」
「屁理屈抜かすなよ、化物め。それにな、わざわざオレ達が戦わくても、お上が何とかしてくださるよ」
村人の反応は冷たいものでした。憤慨した桃太郎は、渋面のままで旅に出ました。
「なんという怠惰な奴ら。語るに落ちたり!」
街道を行く間、桃太郎は恨み言を連ねました。許せぬ、今に見てろと、思いつく限り罵倒を重ね続けます。
その時です。茂みから一頭の獣が現れました。
「むっ。何奴!?」
桃太郎は刀を抜きました。しかし、その獣は行儀よく座り、尻尾を大きく振ります。どうやら野良犬のようです。
「何だ、お前に用などない。どこぞに行ってしまえ」
「わんわん」
「ふむ……。もしやキビダンゴが欲しいのか? 鬼退治に付き合うなら、くれてやらんでもない」
「わんわん」
「理解したのか甚だ不安だが……。よかろう。存分に味わえ」
こうしてついに、旅のお供を加えました。同じ要領で、猿、キジも味方となりました。
「頭数も増えたし、陣形を決めよう。まずは犬。お前は私の左側を任せる。敵と見るなり先陣を切って戦え」
「わんわん」
「猿は右だ。犬が突撃した後、機を見て撹乱しろ。お前の知略に期待する」
「うきっきーー」
「キジは戦場の目となれ。敵軍の脆い場所や、大将首を見つけたら、我らに知らせよ」
「ピーーヒョロロ」
3匹は従順です。犬と猿は左右を固め、キジは桃太郎の肩に止まりました。万全の陣形は、道を行く間、全く乱れませんでした。
頼もしいまでの練度です。士気も十分で、恐れを感じさせません。
しかし、桃太郎の顔は曇りきっていました。
「鬼退治だというのに、この顔ぶれとは。我ながら正気とは思えん……。果たして、まともな戦ができるだろうか」
それでも桃太郎は前進を続けました。
やがて、大砂浜に辿り着きました。海の方を見れば、沖の真ん中に、大きな大きな島があるのが分かります。
人々は、かの島を『鬼ヶ島』と呼んで恐れました。
「ここまで来たなら引き返せん。お前たち、準備は良いか?」
「わんわん」
「うきっきーー」
「ピーーヒョロロ」
鬼ヶ島へ行くには、海を渡らなくてはなりません。しかし、猿が小船を見つけたことで、移動はスムーズでした。
「さぁさぁ、出てこい鬼ども! 貴様らを一匹残らず退治してくれよう!」
しかし、待てど叫べど、鬼は1人として現れません。確かにこの島には、恐ろしい鬼たちが住んでいるハズなのです。
「キジよ。様子を見てこい」
「ピーーヒョロロ」
「お前は本当にキジか? いや、今は忘れよう」
飛び立ったキジは、大空を羽ばたきました。すると、空をグルグル飛び回るばかりで、戻る素振りを見せませんでした。
何かあるようです。桃太郎は慎重になって、島の奥深くへと進みました。
「な、何だこれは……!」
そこに鬼は居ました。何十人もの鬼が。
ただし、全員が唸り声をあげて倒れており、立ち上がる姿は1つも見られません。
「おい、どうした。何事だ?」
桃太郎が声をかけます。すると、鬼がかすれた声で言いました。
「カキ……牡蠣にあたった……」
食中毒でした。島中の鬼達は今、食あたりに侵されてしまい、地獄のドン底へと突き落とされているのです。
「失敗した……。加熱用なのに、生でパクパクと……」
「可哀想とは言わぬ。私は貴様ら鬼を退治に来たのだ。悪く思うなよ」
ポコン、ポコン。
桃太郎は鬼を見つけるなり、片っ端から頬を殴りました。そして、全ての鬼を殴り終えた事で、悲願も達成です。
もちろん、金銀財宝も彼のもの。宝物庫から、数え切れない程のお宝を運び出すことも、決して忘れませんでした。
「これだけの量だ。持ち出すだけでも一苦労」
桃太郎は、小船をピストン輸送させることで、お宝の全てを運び終えました。
さて、後は帰るだけです。お爺さんやお婆さん、そして村の皆に財宝を届けよう。
ですが桃太郎は、ふと立ち止まります。
「いや待て、おかしい。村の連中は何もしていない。すなわち、財宝を手にする資格も無いだろう」
村人からは冷たくあしらわれました。あの蔑む視線など、思い出すだけで腹が煮えます。あんな連中を喜ばせるくらいなら、財宝など海に捨てた方がマシに思えます。
また、育て親のお爺さん達も大差ありません。情よりも打算の方が遥かに強く、事あるごとに『楽させてくれよ』と付け加えるのです。愛よりも責任を多く被せられる毎日でした。
もはやウンザリ。何もかもが嫌で仕方ありません。
「犬、猿、キジ。お前たちの労には報いてやる。しかし、大手柄を立てたとは言えない。だから、くれてやるのはコレだけだ」
桃太郎はキビダンゴの残りを差し出しました。すると、お供の犬たちは、狂ったかのように貪り食います。
何という光景でしょうか。桃太郎は、自分は一口さえも食べなかった事に、改めて安堵します。
「さて、犬よ。最後の命令だ。お前には遣いを頼む。これを村はずれの老夫婦に届けよ」
そう告げると、犬の首に布を巻き付けてやりました。その中には、金色の粒がいくつか入っています。
ここまで育ててくれた恩返しでした。やたらと桃だの草だのを食わされてきたのですから、数粒の金でも多いくらいです。
「ではさらばだ。それぞれ野生に戻るが良い」
ここで鬼退治の軍は解散しました。犬も、猿も、キジっぽい鳥も寂しげです。しかし桃太郎が一喝する事で、一斉に散りました。
「さてと。私も行くか。どこか遠いところへ……」
桃太郎は民家から荷車を買っては、いずこかへと立ち去りました。
1人きりの背中に、晩秋の海風が吹きつけます。それは後押しするようであり、どこか、孤独を匂わせるようでもありました。
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