桃から生まれてしまった男②
ー2 感情:驚きー
桃から生まれた青年は、桃太郎と名付けられました。愛らしい名前に反して逞しく、筋骨隆々です。その一方で、若年とは思えない思慮深さも兼ね備えています。
この野生と知性が同居した青年は、ある日、こんな事を言いました。
「お爺さん、お婆さん。僕は皆を苦しめる鬼を、退治しようと思います」
これには2人もビックリ仰天。白湯で満たしたお椀をひっくり返してしまうほどです。
「何を言い出すんじゃ、桃太郎。そんな危ない真似は止しなさい」
「いえ、お爺さん。僕は恩返しがしたいのです。何か出来ないかと考えた結果、鬼退治が妥当と考えました」
「そうは言ってもなぁ。そんな大それた事、都の兵隊にでも任せるもんだぞ」
「軍など来ないでしょう。こんな田舎村のために、わざわざ派兵すると思えません」
「そういうもんか? でもなぁ……」
お爺さんは弱りました。桃太郎は、手塩にかけて育てた介護要員です。鬼に殺されてしまっては、これまでの苦労が無駄になります。
しかし、桃太郎を説得するのは難しいようです。結局は、お婆さんに頼りました。
「婆さんや。お前からも言ってやりなさい」
「そうですね。こんな事もあろうかと――」
「こんな事もあろうかと!?」
「桃太郎や。キビダンゴを用意しました。鬼ヶ島までの旅は、何かと物入りになるでしょう。持っていきなさい」
「待て待て婆さん。背中を押してどうする!?」
「お爺さん。アタシは五分とみています。賭けとしては悪くありませんよ」
「五分ってのは、鬼に負けるか、退治するかって事か?」
「いえいえ。鬼に敗れるか、それとも金銀財宝を奪って戻るか、ですよ」
「き、金銀財宝!?」
「鬼どもはニンゲンから、あらゆる富を奪うそうです。しこたま貯め込んでると思いますよ」
「おぉ……それがあれば、ワシらは大金持ちか!」
「そうなったら大変です。都に豪邸を建て、大勢の下働きを雇い、飲めや歌えやの乱痴気騒ぎ。貴族並の老後と言えるでしょうね」
「なるほど! ならば桃太郎、存分に鬼を懲らしめてこい! そして財宝を持ち帰って来るのだぞ!」
結局は、快く送り出してくれました。こうして桃太郎の旅は始まるのです。
育て親の声援を背に受けて、彼はこう思います。
「良かった、これで家を抜け出せる。父はまだ良いが、母が恐ろしくて仕方なかった」
鬼退治とは口実でした。彼が自由の身となる為の。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます