第37話 土佐の脱藩浪士

 呉服屋の一間ひとまを借りることにした。

あまりにも倒れた人が汚れていたから、呉服屋の主人は眉をしかめて嫌そうな顔をしたが身分をあかして宿賃やどちんも払うと約束すると、快く承諾しょうだくしてくれた。


「すり傷がいくつかありますが、大きな怪我は見当たりませんでした。着物が濡れて臭いので川にでも落ちたのでしょう。風呂に入れて身体を暖めれば、気も落ち着くはずです。では私はこれで失礼します」


 貴次が連れて来た町医者まちいしゃてもらったのだ。

「ありがとうございました」

気つけぐすり葛根湯かっこんとうを受け取る


「おだいは後日改めてうかがいます」

覚兵衛が医者の見送りに出ていったあと、横たわる濡れねずみ(男)をどうするか話し合う。


「たたき起こして風呂に入れるか?」

伯が面白がって男に足蹴あしげりする

「起きて騒がれても困るから・・・男衆おとこしゅうでそのまま風呂に入れてあげて」


 男三人がかりで布団から引っ張り出して、風呂に連れていった。

私と紅で呉服屋の主人に安物の着物を数枚頼み、濡れてしまった布団を交換した。


「おまんら!なにもんぜよ?おい慎太郎しんたろう!・・・・おりょう?おりょーーーーーー」

ドタドタドタドタドタドタドタ   


パタン

「おりょうぉぉ」

「きゃああああああーーーーー」


ドカドカドカドカ

「待ちなさい!こいつっ・・・・なんという馬鹿力ばかぢから・・」

廊下がさわがしい。私の目の前で紅が身構えた。


 部屋のふすまから十本の指が入り込み、開かれようとしたその時

「ちぇすとーーーーーーーーーーーーー」

伯が叫んだ。(あ、ヤバいかも・・・)


私は思わず

「りょうまさん!ふせっ!」

ビタン


反射で廊下にせた男に刀を振り下ろす伯。

おでこギリギリに刀が振り下ろされた男は、目がり目になった。



「おりょう・・じゃない?」

六尺ろくしゃくふんどしを引きずり、尻を丸出しにして着物を片袖かたそでだけ通して正座する男に問われた。


「どう見ても違うでしょ。それより、坂本竜馬さかもとりょうまさんですよね?」

「まっこと坂本竜馬じゃき」


「竜馬さん、おどろかずに聞いてね。今は元禄でんろく6年、西暦せいれき1693年なんです」

「??なんを言っちゅう?そんなはず・・・」


バタバタバタバ・・

窓の障子しょうじを開けて外を見る竜馬。


「な・・なんちゅう?」

窓の外には城下町が広がっているだけだった。

「ここには残念ですが、おりょうさんも慎太郎さんもいないと思います」


「うおーーーっ?・・これで二度目じゃき!前は未来で今度は過去に戻ってきたのかぁーーーーうおーーーーっ」

二度目?しかも未来に来たことあるの?


「ね・・・・竜馬さん?竜馬さんは未来に行ったことがあるの?」

「なんでじゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」たたみに伏せて頭を抱える


「りょうまs・・・・」

「おりょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」天井を見上げて腕を伸ばす


「りょ・・・」

「うそじゃーーーーーーーーーーーーー」浴衣をつかみ顔を押さえる


「「「黙れ!竜馬!!」」」

私と紅、覚兵衛の声が重なった。


パシッ

伯はニヤニヤしながら、わらじで竜馬の後頭部を叩いた。


「おやおや、だいの大人が尻丸出しで何て恰好かっこうをしているのですか?」

皿に山盛りのかきを抱えて、貴次が部屋に入ってきた。


声の主に振り向いた竜馬が飛び上がり、貴次に抱きついた。

かつらさん!桂さんじゃないか!いたかったぜよ」

「わわw・・人違いでは?」

困り顔で視線を向けてくる貴次に、どう答えていいものか・・・・・

 

 人違いだとわかった竜馬は、ふんどしと着替えの浴衣ゆかたをキチンと着付け、どっかりと胡坐あぐらをかき、皮付きのままの柿にかぶりつく。


「いや~~まっこと桂さんにそっくりじゃき!長州藩ちょうしゅうはんの生まれで?」

「ご先祖様だったりして?」ツヤツヤの柿をつかみ、紅に手渡す。


 紅が柿の皮をむき、他の二人に渡す。毒味だ。

「いえいえ、元は薩摩の生まれですが今は大隅国おおすみのくにに根付いています」

「西郷さんを知っちゅうがか」

「竜馬さん、西郷さんはまだ生まれてません」


「なんでかぁ、おまんらわしゃあ知っちょるき?」

「教科書の写真そのまんまなんだもの。それより!竜馬さん未来に行ったことあるの?」大事なこと聞かなきゃ。


「未来かぁ?ありゃ~脱藩だっぱんする前じゃ、おとめ姉さんと剣の稽古中に崖から落ちて・・・・気がついたら見たこともない国に来ちょった」

「日本じゃないの?何時代だった?」


「???おなごが変な顔して~口と髪が白く、へそと耳に輪っか付いちょったぜよ」

「それきっと、ガングロ山姥やまんば・・・」


 







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