第36話 島津家(鶴丸城)

薩摩藩島津家19代元藩主 島津光久しまずみつひさ

折角せっかくいらしてくれたのに・・病におかされていてね、せたままで申し訳ない・・・」


 ※島津家20代現藩主 島津綱貴しまずつなたかは江戸の薩摩藩邸にいる。


「勝手に来たのは私ですから、お気になさらずそのままで」

「すまないねぇ・・・・近頃ちかごろは、昔のことばかり思い出してねぇ・・・そなたの御父上、子龍しりゅうのことは良く覚えていますよぉ・・・・江戸の屋敷にいた頃は、悪さばかりしていてねぇ・・」


 光久みつひさ様は若い頃の父上とも交流があったらしく、母と出会う前の光圀公の話しを聞かせてくれた。


 六歳で水府藩すいふはん(水戸藩)の世継ぎとして江戸の屋敷に連れてこられた光圀は、今でいうクソガキだった。

父親の頼房よりふさ公に厳しく育てられた反動からか、周囲の大人たちを怒らせるようなことばかりしていた。


 元服すると傾奇者かぶきものと呼ばれる派手な恰好をして、女子おなごには良くモテていたという。

 そんなある日、光圀がぷっつりと姿を見せなくなり江戸の屋敷に不穏ふおんな噂が届くようになった。


常陸国ひたちのくにで神隠しにあったのではないか?』


 頼房は家臣から噂話を聞かされると、『神隠し』ではないとキッパリ否定して光圀の心配などしていないようだった。


 次の年の十六夜いざよい

水府藩家老 三木之次みきゆきつぐの屋敷に突然現れた光圀は、人が変わったように落ち着いた雰囲気で、自分が行方不明になった時に亡くなってしまった之次ゆきつぐ位牌いはいに満身創痍で詫びをいれていた。


 それからの光圀は「俺には、やらなければならない事がある」と、ひたすら学問にはげみ教養を身につけていった。


「何があったのか・・わからないが、本当に『神隠し』にあっていたのかもしれないねぇ・・・・・今宵はあの時と同じ・・・十六夜だ」


「又三郎(光久)さま、父上は後の世に名を残す偉業いぎょうを果たしたかったのでしょう」

「そうかもしれんなぁ・・・・・」


 黒豚の話を出せなかった。病床びょうしょうの老人に豚肉を食べさせてくれなんて、とても言えないし貴次たかつぐも、城主が病に伏せていることは知っていたはずだ。


 城下町を歩きながら、貴次に問う。

「光久様が病に伏せてるのに、わざと会わせたでしょう?」

「お察しのとおり、医者からは長くないと言われております。想い出のある方たちにお会いして楽しい時を刻んでくだされば・・と」


「くろぶた~~~~~・・」

空腹に半泣きでよいこく、空をあおいだ。地平線からゆっくりと月がのぼる。


ガシャーーン

「きゃあーーー」

「あっこな!」


呉服屋ごふくやの店先に突然ボロボロの人が現れ、日除ひよ暖簾のれんを掴んでそのまま倒れていった。


 わらわらと人が集まり、ボロボロの人物を囲みどうしたものかとそれぞれに話し合っている。

目の前に倒れた人がいるのに、見てるだけなんて出来ません!


「紅、けが人を介抱かいほうするよ。覚兵衛は集まってる人を散らして。伯、何か担架たんかになるようなものを探してきて。たかつぐさんは薬屋を連れてきて」


 すぐさま、倒れた人物に駆け寄り側臥位そくがいいで寝かせる。

来ている服を緩めようと首元に手をかけたとき、倒れた人物が顔を上げて腕をつかんできた。


「・・・おりょう・・・」

一言だけつぶやいて、気を失った。

「おりょう?」






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