第33話 そろそろ薩摩に行きませんか

万姫  「たこ焼きいかが~~~~?おいしいたこ焼きだよ~~~~そこのお兄さん!ひとつ食べてみて」


市十郎 「たこ焼きってのは何だい?どれひとつもらおうかね。ハフハフうん!うまい!あんたも食べていきなよ」


肥後屋 「そんなにうまいのかい?わたしにもひとつおくれよ」


万姫  「毎度おおきに!」


 宿の玄関先に臨時の屋台を設置して、通りを歩いて行く人たちに声を掛ける。

屋台の中でたこ焼きを器用にひっくり返しながら焼き、客引きをするのは万姫だ。


 タケノコの皮を船の形に加工して、たこ焼きを乗せる。

こうに売り子をやってもらい、客のフリ(さくら)をしてたこ焼きを頬張るのは市十郎と肥後屋の当主。


 あれから、屋台で売り出そうと女将が言うので、鍛冶屋の親方に鉄板のたこ焼き器を作ってもらい、屋台をこしらえて道行く人々に宣伝しているのだ。


 色白のスッキリ顔をした肥後屋の当主とワイルド系の市十郎が並んで立つだけで、若い年頃の娘さんたちはチラチラと目線を送ってくる。なかなかに良い作戦だね。


「姫様・・何なのですか?この茶番は!」たこ焼きを食べ終えた市十郎が、ずいっと屋台の中に入ってきた。

「ん?宿の宣伝とたこ焼きの客引きよ?」


「わざわざ姫さまがこんなことせずとも、瓦版かわらばんを出せば済むことではありませんか?」


ーーーーこんなこと?ーーーー


「市十郎は私のやることが気に入らないの?」

タコのように口を尖らせ、市十郎を睨む。


「そうではなくて・・・・」何かを必死に説明しようと、言葉を選んでいる。

「鈴木どんは、お姫様が町人ちょうにんの真似事をするのが心配なのですよ」


肥後屋が『まあまあ』と箸を屋台に置き、市十郎をなだめる。

「心配?なんで?」


「悪いやからに狙われたら、首が飛んでしまいます」

肥後屋の当主は首を手で切るようなしぐさをすれば、市十郎が自分の手で首を隠した。


「父上はそんなことしないよ」


「そうですよ、大殿は姫さまに甘いのです。市十郎さま姫さま(自分の首)が心配なら、そろそろ薩摩に行きませんか?そして一刻も早く江戸に帰るのです」

ずっと私がやることに口を挟まなかった紅だが、いつになったら船の手配をするのかと市十郎に催促さいそくした。


「ももも・・・もちろん行きますよ。船は、もうしばらくお待ちください」


市十郎は、そう言うと肥後屋と二人でそそくさと何処かに消えた。

「そういえば、覚兵衛と伯は?」

「二人とも親方の所です、脇差しを鍛えてもらっています」


「あの二人は、どこにいても武士だね」


 タコ焼き屋台の存続そんぞくは女将に任せることにした。大阪商人のたくましさで未来栄光【粉もん文化】で発展する事は間違いないだろう。



薩摩藩 肥後屋

「奥方様ーーー!どちらにーーー?」

「なんですか、大声出して」

きりりとした声のトーンで使用人女中をたしなめる。


 当主不在の屋敷を切り盛りする女主人、おはつは自室で帳簿ちょうぼの見直しをしていた。

「ご主人様から文が届きましたよ」

「また銭の催促さいそくでしょう?まったく!使いすぎなんですよあの人は」


 文句を言いながらも、渡された文をきちんと読むところが信頼できる人柄だ。

「おやまあ、水戸藩のお姫様を招待したから『もてなし』の準備をしておけと」

「どんな人なんでしょうね、その姫様って」


 女主人の読む文をのぞき見する女中だが、字が読めないので書いてある万姫の風貌ふうぼうすらわからないのだ。


 お初は文を丁寧にたたむと、番頭を呼び出し屋敷の使用人たちと『もてなし』の準備をするよう伝えた。



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