第32話 女将とタコ焼き

 翌日から、「クルミ入りの焼き」を宿の名物として茶菓子に出すと女将おかみが言う。


「水戸の姫様お墨付きと、看板に書いておきます。それから無礼とはわかっておりますが、姫様ご滞在中たいざいちゅうに、新しい献立こんだてを考えて頂けたら宿も広く触れわたるのではないかと」


 女将は遠慮がちに言っているようだが、かなり強引に話を切り出した。

「新しい献立ねぇ・・・・素人の私が考えてもいいの?なら、今すごく食べたいものがあるんだけど。たこ焼き」


「たこやきとは?タコを焼くのですか?」

「タコを丸ごと焼くんじゃなくて、丸く小麦粉を焼いた中にタコが・・・」


言葉に出してしまうと、益々ますますタコ焼きが食べたくなる。

(そうなるとまずは、タコ焼きを作る焼き型だな・・・)


「女将さん、近くに鋳物屋いものやはあるかな?もしくは鍛冶屋かじやでもいいんだけど」

「鍛冶屋なら宿のすぐ裏にございます」


「ほんと?すぐ行く!案内してください」


カンカンカンカン

 金属を叩く音が聞こえる。女将が先に店に入り鍛冶屋の親方と話をすると、怪訝けげんな顔をしてすすと汗にまみれた親方が出てきた。


「なんや?徳川の姫さんがわいに用て」

「初めまして、万姫といいます。いきなりなんですが、品物をひとつ作ってもらえませんか?」


「ほんまにいきなりやな、おい!女将、どういうことやねん」

「すんまへんな親方、うちが姫さまにえらいことお願いしてもうて・・・新しい献立を考えてくれへんかぁいうてな」


女将さん・・お客には標準語なんだ・・・・・・・


「女将の仕業しわざかいな。ほなしゃあないな、んで?」

「え~とですね、鉄鍋を加工してもらいたいんです」

「どないな感じに?」


「鶏の卵くらいの大きさで、丸くなべ底をへこませたいのだけど・・・・絵に書いた方がわかりやすいかも」

土間どまの床に火ごてで絵を描く。


「こんな形なんだけど、わかります?」

親方と女将が覗き込む。

「こないにへこましたら、鍋やあらへんで?」腕を組み首をかしげる親方


「この穴で焼くんです」

「ほんまですか?こないな穴で?」女将は目を見開き『何をいうてんのこの子は?』という顔をする。


「美味しいもの作りまっせ、期待してや!」

関西弁、感染うつってしもた。


 それからすぐに市十郎に鉄鍋を買ってきてもらった。鍛冶屋の店内で各々おのおのに指示を出す。

親方は土間の絵を見て鉄鍋に丸くへこみを入れている。


「肥後屋さんは、明石あかしのタコを仕入れてください。女将さんは宿の料理番に揚げ玉を作らせてください、あ!紅しょうがはありますか?」


「なんや姫さま目ざといな、紅しょうがは大暑たいしょけたばかりやで」

「やったー!ネギと紅しょうがさえあれば、完璧なたこ焼きができる!」



 宿の調理場に食材が集まりだした頃、親方が鉄鍋を持って現れた。

「姫さん、こんなん出来たで」

「親方ありがとう!」


出来上がった鉄鍋を見せてもらう

「どや?」

「丸の大きさ、深さ、表面処理、すばらしい出来だわ」

「せやろ?わいの腕がええからな」


 まずは試し焼きをしよう。宿の調理場には関わった人物が集まり、万姫の手元に目線が集中する。


かまどに鉄鍋を乗せて油を塗り、水と卵でいた小麦粉を流しいれる。

茹でて小さく切ったタコをひとつずついれ、刻んだネギ・揚げ玉・紅しょうがを散らす。

小麦粉生地が乾いてきたら、竹串ではみ出た部分を押し込むようにクルンと回す。

竹串でひっくり返しながらこんがりキツネ色になるまで焼く。


「ほう~~~~器用なもんだな」

「江戸には、こんなタコの食べ方があるのか?」

「噂では、水戸の殿様は変わったものが好きらしいからな」

「あーーー聞いたことある!らあめんとか言う蕎麦を作ったらしいな」

「ぎょうざとか言うのも作ったらしいぞ」


宿の料理番たちからそんな会話が聞こえてくる。

「万姫さま、これがタコ焼きとかいう食べ物ですか?」

「そうだよ女将さん、焼きあがったら一番に味見してね」


「はぁ、ほな楽しみに待ちますわ」


 焼けたタコ焼きを皿に盛り、醬油を塗って手作りのマヨネーズと削り節、刻み海苔を散らす。

マヨネーズは酢・油・卵黄があれば簡単に作れる。


「はい!女将さん。熱いから気をつけてね」

「ほな、お先に」


タコ焼き一つを箸で掴み、大きな口を開けて頬張る。

ブホッ

「ギャーーーーあちゃあちゃちーーーーーおかみ!」

女将の目の前にいた親方の顔に命中。


「しゃあないやん!めっちゃ熱かったんやし」

「あはははhだから熱いって言ったのに。半分に切って少し冷ましてから食べるんだよ」女将に食べ方のレクチャーする。


「なんや、はよいうてや」ふうふう言いながら女将も食べ始めた。

万姫のそばで見ていた肥後屋の当主は、すぐに作り方を覚えたようで次々に焼き上げていく。あとは任せて自分も食べようっと。


「うまっ!タコはやっぱり明石に限るね」




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