第31話 料理男子の肥後屋

 肥後屋の当主は、すぐに薩摩に飛脚ひきゃくを送り万姫一行の受け入れ準備を始めるそうだ。

大坂観光も何故か市十郎と一緒になって回ってくれているし、いい人だ。

 

 堺の茶屋街ちゃやがいを歩きながら屋台を探す。

「大坂と言えば、タコ焼きとお好み焼きでしょ!」


未来では祭り会場には必ず、タコ焼きとお好み焼きの屋台があるのだから歴史は古いはず。江戸の街はまだ無かったが。


「万姫様、大坂には『ふのやき』と言う茶菓子がございます。万姫様の言う『このみ焼き』に似ているかもしれません」

市十郎が得意げに声をかけてきた。


「へ~?ふのやきってどんなの?」

キョロキョロと食事処を覗きながら市十郎に聞き返した。


「小麦の粉を薄く焼き、味噌みそって丸めた物です」

「それクレープだ!クレープはあるんだ?どこ?どこで売ってるの?」


市十郎の胸倉むなぐらを両手でつかみ、グイグイ押していく。市十郎はずりずりと後ずさりをしながら態勢を保っている。

「そ・・そこまでは・・・」


「おやおや、姫様は鈴木どんと仲がよろしいようで。うらやましい限りですな」

市十郎に詰め寄っている姿が、仲良さそうにみえたのだろう。


「そうだ!肥後屋さんは、ふのやきって知ってますか?」

「ふのやき・・ですか?わたくしは、自前で作って食しますが?」


「作れるの?」

「ここは港町ですし食材があれば、可能ですよ」


 自分で作る発想がなかった。売ってないなら自分で作ればいいんだ。

学校の友達と良くタコパしてたのに・・・忘れていた。


 聞くところによると、肥後屋の当主は食材の流通を主に生業なりわいとしているようだ。

さらには、外国の食材を輸入したり調理法を外国船のコックから聞き出して自分で作っているそうだ。


市十郎は素晴らしい人を紹介してくれた。グッジョブ市十郎。

「小麦の粉や砂糖などを仕入れて、わたくしが宿で作りましょう」

「お願いします!」


 仕入れた小麦粉は製粉技術せいふんぎじゅつがまだ完ぺきではないから、少し茶色い粒が混ざっていて砂糖は黒糖(琉球産おきなわさん)だった。

肥後屋の当主が目の前で作ってくれるという。そうすれば毒見の必要がないからだ。


宿の調理場から道具を借りて、火鉢ひばちに炭を入れる。

鉄鍋てつなべ大豆油だいずあぶらを薄く塗り、火鉢に乗せ遠火で熱する。

小麦粉を水で溶き、鉄鍋に流しいれ薄く広げる。

表面がぷつぷつ膨らんできたら、裏返してきつね色になるまで焼く。

焼けたらお盆皿ぼんざらに広げて、砂糖と味噌を混ぜたものを塗る。

端からクルクルと巻いたら出来上がり。


クレープ生地はもちもちして、甘い味噌が五平餅ごへいもちを思い出させる。

「いかがですか?」

「素朴な味だけど、もちもちして美味しい。江戸で甘いものに飢えてたから尚更なおさら


「それはわたくしも作り甲斐かいがあります」

シンプルで美味しいが、何か物足りない。

「甘い味噌に胡麻ごま胡桃くるみを混ぜたら、もっと美味しいかも・・」


「では入れてみましょう」

給仕係きゅうじかかりに胡麻と胡桃を持ってこさせ、もう一枚焼き始める。

パタパタと給仕係が出入りするので、何が始まるのかと調理場から料理人たちが集まり、部屋をのぞいていた。


 胡麻と胡桃をそれぞれ混ぜた甘味噌あまみそを塗り、クルクルと生地を巻いた肥後屋の当主に頼んでみた。

「五人分に切り分けてくれる?」


「五人分ですね?わかりました」

包丁でクレープを切り分けると、それぞれ小皿に盛り手渡してくれる。

一つは自分で取り、四つは覚兵衛、伯、紅、市十郎にそれぞれ渡した。


「一緒に食べよう」

「姫さまいいんですか?」紅が驚いている


「おいしいものは、皆と一緒に食べたい」

「姫さまマジっすか、やりー」伯は遠慮が無いからすぐさまパクつく


「万姫様は本当にお優しいですね、我々家臣まで平等に扱ってくださる」

父上に無理難題を押し付けられてきた覚兵衛、私のお供の時くらい家族のように感じてくれたらうれしいのに。


「肥後屋さん材料がまだあるなら、あそこで覗いてる人たちにも作ってあげて」

甘く香ばしい匂いに誘われて、部屋をのぞく顔が押すな押すなの騒ぎに発展していた。

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