第二章

第29話 いざ出航

「ご当主、俺たちは何のためにあの姫さんと江戸に来たんですか?ちっとも屋敷に呼ばれないじゃないか」


「平吉、私たちとは身分が違うんですよ。わきまえなさい」

仕入れの帳簿を書き込む仕事をする惣兵衛が平吉をたしなめた。

「そうは言っても、かしらぁ」


 安い旅籠屋はたごやで寝泊まりしている使用人たちの言いたいことは、「お屋敷でご馳走を食べたい」だ。

御隠居ごいんきょの命令とは言え、箱入り娘だろうから何も知らずに連れてこられたのだろう。


「屋敷に閉じこもって、お手玉で遊んでるだけじゃないのか?」

「ご当主ひでぇ」

「俺はガキの子守してるほど暇じゃないんだよ」


 紅花の売買、他藩名主たはんなぬし(庄屋)との会合、品物の買い付け、荷物を運ぶための人足の手配など仕事が常にある。

(だが、お姫様はいつまで江戸にいるつもりだ?)


「惣兵衛、姫様はいつまで江戸にいるんだ?俺たちはそろそろ帰ってもいいだろ?」

「そうですねぇ、あれから何も言ってこないから私たちは忘れられているんじゃないかと思いますよ」


「忘れてるなら都合がいいな、帰るか?」

「一応、使いを出しておきますね。帰ってから居ないって言われても困りますので」


 使いを出す前に呼び出された。

隅田の屋敷門に入るなり、姫様が目をキラキラさせながら目の前に飛んできた。


「姫さま!」

忍びの女従者が引き戻さなければ、間違いなく押し倒されていただろう。

「お呼びでございますか姫様」


「うん!呼んだ。早速なんだけど、薩摩さつまに行きたいの!船を手配してくれない?」

やはり御隠居の娘だな。前置きすら無いうえ、いきなり本題に入る。

「いきなりですね、手短てみじかに理由を説明していただけませんか?」


「では、座敷に上がって話しましょうか?姫さま」

女従者は教育係でもあるようだ、鼻息の荒い姫様を落ち着かせながらも品よく見えるように誘導する。


 座敷には、万姫の家臣二人も同席した。

「まずは、薩摩に行く理由ね。薩摩藩では甘藷かんしょと言われる甘い芋を栽培してるの、その芋は暑さに強くて、生でも日持ちがいいし、蒸して天日干しすると翌年でも食べられるのよ」


「はぁ・・芋ですか」

「その芋を水戸藩でも作ろうと思うの!それでね、作った芋の苗を他の藩に売れば、旱魃かんばつに苦しむお百姓も食べられるでしょ?」


「百姓のために芋を作るのですか?」

お姫様は作物など作ったことなどないだろうに・・


「それもあるけど、私が焼き芋や芋ンブランを食べたいのもある」

結局は本人が一番食べたいのか。薩摩なら新しい商売相手にしてもいいかもな・・・・


「わかりました、船の手配はお任せください」

後々、我らもガッツリ儲けさせてもらうぜ姫様。


 

 夏の終わり ひぐらしの鳴く声も哀愁あいしゅうただよう頃


「万姫様、船の用意が出来ました」

市十郎が呼びに来た。


「やったー!薩摩に行けるの?」

焼き芋、干し芋、大学いも、スイートポテト、いも天、鬼まんじゅう

薩摩芋づくしによだれが溢れる。


 両国りょうごく河岸かしに用意された大型の木造船に乗り込む。

貸し切りには出来なかったらしく、他にも大勢の商人たちが乗り込んできた。


動力は勿論、人。水夫すいふといわれる屈強な男たちだ。


客室は一つの船室に雑魚寝。

紅が柱に縄を結び付け、羽織などをかけて目隠しを作ると簡単なテントが出来た。


「市十郎様は、船の一隻も貸し切りにできないほどの財力なのですね」

「馬鹿なこと言うな、こんなデカい船の貸し切りなんぞいくらかかるか」


万姫が一番!の紅はチクリと嫌味をいう。


「しゅっこーーーーーーーーーーー」

「おおおおおおおおおえす おおおおおおおおおおえす」


ギーーーーーーーーーーザザン

船が動き出した。

緩やかな川の流れに乗せて隅田川を下る。外海そとうみに出るまで、ひたすら人力で船を動かすのだ。


甲板かんぱんに出てみよう!」

ワクワクしてジッとしていられないのだ。船室を飛び出すと、風が吹き抜ける。


「きもちーーーーーーーーーーーーーー」

「夕暮れ時の船からの景色は最高に美しいですね」


 甲板には同じように景色を楽しむ者、待ってましたとばかりに商売を始める者もいる。目的はそれぞれ違うけど、新しい土地に行く志は同じなんだ。


「坂本龍馬もこんな気持ちで船に乗っていたのかな・・・・」

「姫さま?」


「まんひめ~~~これ買っていいかあ~~~~~~?」

行商人と何やら交渉していた伯が品物を片手に叫んでる。


「たかくないならねぇーーーー」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る