第28話 種まき

柳沢吉保邸

「なんてことをしてくれたんだ!桂昌院は水戸の姫を崇拝してるではないか?」

吉保は万姫の失態を期待していたようだ。

思惑通りに事が運ばなかったうえに、家中かちゅうの者は万姫の良い噂話をしている。


「何でも、水戸藩の万姫が上様の好みのおなごを用意したとか」

「上様は天女てんにょの生まれ変わりに会ったと申しているらしいな」


「そりゃぁ天女と夜伽よとぎができるなんて、よだれが止まらんよ」

「上様にとって水戸の姫は観音様かんのんさまだな?」


「ふじいぃいいいいーーーーーーーーーー」

吉保の八つ当たりにあう藤井もうんざりしていることだろう。


 桂昌院は万姫の言う通り、熊の毛皮で犬の耳と尻尾を作らせて大奥中の女子おなごに付けさせた。

万姫の読み通り、上様は毎晩大奥の寝所しんじょに行くようになったそうだ。



水戸藩下屋敷

「桂昌院様もこれで変な占い師とかに騙されないでしょ。大奥に通う上様に世継ぎが出来なければ種無たねなし決定なんだから」


「姫さまは不思議なこともご存じなのですね?」伸び始めた髪を紅がくしでとかしてくれる

「いいなぁ俺も上様に会って見たかった!」


「伯は失礼なこというからダメよ。それに伯が行きたいのは大奥でしょ?」

「そりゃぁ大奥も覗いてみたい」

畳の上でゴロゴロしている伯にハスの実を投げた。


ちょうど仰向けに寝転んだ伯の腹の上に、鞘にタネの詰まったハスの実が乗る。

「うぎゃあああああなんじゃこりゃああああああ」

飛び起きてハスの実を蹴り飛ばした。


「あはははっはhレンコンの種だよ。不忍池しのばずのいけから取ってきたの、このブツブツが気持ち悪いんだよね」


※ハスの実(レンコンの種)は漢方薬に使われる。


神田明神境内

安積あさかどの、水戸の姫様は知恵者ちえものだな。吉保が悔しがっているぞ」

徳昭のりあき、役目は分かっているな?吉保殿の動向を探り、大殿暗殺の計画を阻止することを」


 藤井紋太夫徳昭ふじいもんだゆうのりあきと覚兵衛は神社の境内で密会している。人に見られてはいけないのだが、藤井は能役者ゆえに何処にいても目立つ。


「今のところ、吉保のアホは計画すら立てられずにいるぞ」

「今回の上様呼び出しは、我々でなくても良かったのだろう?それをわざわざ吉保殿が下屋敷の者と指定されたようだ」


「家老はアホだからな」


 徳昭は神社の提灯ちょうちんに照らされ、他の参拝者に気づかれているのを楽しむかのように格好つけて燈籠とうろうに寄り掛かっている。覚兵衛は燈籠を挟んで参拝者から見えないように立つ。


「姫様はこれから江戸を離れるつもりだ。徳昭、裏切るなよ」

「何のことだ?俺は今もこれからも俺のまんまだ」

藤井はそう言うと、神社を後にした。



 夏の暑さを和らげるために、江戸の民は隅田川で涼をとるのが流行はやり

舟遊びをしたり、屋台で腹ごしらえをして銭湯で汗を流すのだ。


万姫たちも、夕涼みに川沿いを歩き屋台を覗く。

「お祭りみたいに毎日人が多いね。屋形船にも乗ってみたいなぁ」


「はいよ、お待ち!あんたいいとこの娘さんかい?」

屋台のおじさんが熱々のかけそばを出してくれた。お代は紅が払う。


「おじさん、屋形船は金持ちしか乗れないの?」

「おや、知らねえのかい?屋形は貸し切りだから庶民には手が出せねえ」


「へぇ」汗をかきながら蕎麦をすする

「江戸の庶民は、まだいいほうだ。蝦夷えみしは年貢の取り立てが厳しくてよ、そのうち百姓が暴れだすんじゃねえかって」


「えみし?」覚兵衛の顔を見た。

陸奥むつの人のことです」


「東北か、おじさん他の藩は?」

「他には・・伊予の国で旱魃かんばつが続いてるようだが」


「そうなんだ・・ありがと、おじさん」

どんぶりを屋台に戻す

「あいよ」


旱魃とは日照りのことだ、雨が何日も降らなければ作物に被害が出る。


熱い蕎麦のせいで汗びっしょりだ。うちわで仰ぎ、手拭いで汗をぬぐう

「大名は援助するどころか、むしり取るなんて酷すぎる」

「参勤交代で大金を使ってしまうので、藩主も援助出来ないのですよ」


「それを言われると、何も言えなくなるなぁ」

(暑さに強くて日持ちのする作物なら、米をむしり取られても百姓が飢えなくてすむ・・・・)


自由人の伯が若い二人組の遊女をナンパして、冷やしキュウリを奢っているのを眺めながら考える。

「うーーーーーん日照りに強くて日持ちする食べ物かぁ・・・干した野菜とか?ん?」


(茨城には干し芋があるじゃないか!)


「覚兵衛、さつま芋だ!サツマイモなら暑さに強いし日持ちする。こういう楕円形の甘い芋なんだけど」

「琉球の甘藷かんしょのことですか?姫様」


「琉球?薩摩藩なら作ってるかも。行こう!薩摩に」







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