第26話 綱吉

 八月の夜 隅田川花火大会

下屋敷から川を挟んだ向かい側、目の前で花火が上がった。

ひゅるるるるるるるるるるr

ドッカーーーーーン


縁側で紅、伯、覚兵衛と西瓜スイカを食べながら花火を眺めている。

「たまや~~~~~~」

ひゅるるるるるるるるるる

ドパーーーーーーン


「かぎや~~~~~~」

「姫さま、たまやとは?」

真面目な顔で紅が聞く。


「へ?花火大会と言ったら、たまやかぎやでしょ?花火が上がった時のかけ声だし」

「んーーー鍵屋ならありますが、たまやはありません」

「玉屋ないの?」


「万姫さま、未来にはたまやがあるのですか?」

覚兵衛も知らないの?

「私も玉屋が残っているのかわからないけど、かけ声だけは残ってるよ」


※玉屋は1800年代に創業するが火事で廃業


 江戸城天守

「母上、花火が上がりましたよ。美しい花火ですねぇ母上のように」

「坊、花火もいいですが今宵は花火にも負けない美しい女子おなごを連れて参りましたから・・ささ、大奥へ参りましょう」


「もう!母上は風情がありませんね。わたしは女子おなごに興味がないといつも言ってるではありませんか」


「またそんなことを言って!早くお世継ぎをこしらえてもらわないと、母は死んでも死に切れません」


「では母上は、ずっと生きていてください」

 

 綱吉公と桂昌院けいしょういんの会話をかたわらで聞いていた柳沢吉保は、光圀をどうやって失脚させようか桂昌院に相談しようとあぐねいていた。


そこへ下の階から綱吉の側近が上がってきて小声で吉保に報告する。

「ご家老・・隆光りゅうこうさまがお見えになりました、桂昌院様にお取次ぎをと申しております」


「なに?取り込み中だ、しばし待たせておけ」

「はっ」

(隆光なんぞに合わせたら、祈禱きとうだの占いだの、くだらないことで夜が明けてしまうぞ)


「桂昌院様、そろそろ・・」

「なんじゃ?おぬしはまだおったのか?」

(出て行けともいわれておらぬがな!)


「吉保からも母上に申してくれ!女子を連れて来るなと」

「上様、御母上様の言うことも間違いではございませんぞ。お世継よつぎの誕生は江戸中の関心ごとでございますからな」


「そうであろう?吉保もああ言っておるのじゃ」

「裏切るのか?吉保・・もうよい下がれ」


(まったく!桂昌院も諦めが悪い。上様があの態度では出来るものも出来ないではないか)


花火大会が終わりの合図を打ち上げると、隅田川沿いの観客から「おおおおおお」という感嘆の声が聞こえた。


 綱吉を大奥に連れてこれなかった桂昌院は、茶室で待つ隆光りゅうこうの元へ向かう。

「待たせてすまないの隆光」


「いいえ、桂昌院様。お忙しい中に訪問した拙僧せっそうがいけないのでございます」

「やれやれ、上様に隆光の爪のあかでもせんじて飲ませるべきかの」


「早速ではございますが、今朝の占いで吉報が出たのです。急ぎ桂昌院様にお伝えせねばと、参ったのでございます」

「何、吉報じゃと?」


 隆光は水盆すいぼんを出して真っ白なハスの花びらを浮かべる。まじないの言葉をつぶやくと、花びらが花筏はないかだのようにゆっくりと動き出した。


 花びらの上に筆で数滴水を垂らすと、クルクルと円を描きながら中央へ集まる。

花の中心で、水滴が三つクルクルと円を描きながら戯れるように踊り、一つになることなく寄り添って止まる。


「これがどうしたのじゃ?」

「三つのしずくが交わることなく寄り添っているのです。これは吉報でございます、今すぐにでも三人組のお身内を呼び寄せてくださいませ。必ずや良い知らせが舞い込むでしょう」

「三人の身内?」


 桂昌院は柳沢吉保に、三人組の身内を連れてくるよう伝えた。

それを好機到来と判断した吉保は、ニヤリと笑うと下屋敷の万姫たちに使いを出した。






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